1-14 飛竜の渓谷
ログイン完了。
実はもう行く場所は決まっている。それはアントリアの研究所を見つけた渓谷である。迷宮に入ったので、渓谷自体は探索できていないのである。
早速迷宮の出口にあったポータルに瞬間移動する。そこからカードキーを使って迷宮の外へ出る。
両側に切り立った崖、真ん中に急流の川、数本しか生えていない木。ポータルが無かったら帰ることさえ出来なそうなこの渓谷は先に続いている。
ひとまず平原側を見てみたが、俺が落ちてきたと思われる滝しか無かった。
しかし考えてみるとなかなかに鬼畜なエリアである。迷宮を攻略しないと帰ることさえ難しいのだ。迷宮も一朝一夕ではクリア出来る難易度でもない。俺らはなんとか一朝でクリアできたけど。
というわけで先へと進むことにする。
しばらく歩いた。
特に何もない。というのが素直な感想である。一応新しいアイテムは見つかった。
「コランダム」品質1
アルミニウムを多く含む石。磨けば宝石にも成り得る。
「ボーキサイト」品質1
アルミニウムを多く含む岩。精錬すれば金属に成り得る。
コランダム。別名は鋼玉だ。ルビーやサファイアはコランダムの一種である。磨けばルビーに変わるかもしれないということだ。生憎磨けるような道具は持っていないので、どうにか出来そうにない。
ボーキサイトはアルミニウムの原鉱石だったか。鍛冶屋の手に掛かればアルミニウムが作れるかもしれない。後でマッシュに見せてみよう。
この二つは落ちていたものだ。しっかり掘れば品質も高いものが出るかもしれない。おそらくこのあたりはアルミニウムが採れる場所なのだろう。
アルミニウムで軽い武器が出来たら動きやすいかもしれない。強度は低いので実用に足るかは分からないが。
道端で石を拾いながら進んでいく。勿論、道なんて無いけどね。
崖に穴が開いているのに気づく。しかもこのあたりの壁面一帯にかなりの数が開いている。大きさは3mくらいだろうか。
一番低い場所の穴を調べてみる。深さはそこまで無いが住めそうなくらいは長さがある。
突然、外で羽ばたく音が聞こえる。
ギャァア!
どうやら既に棲んでいるやつがいたらしい。
こっそりと外を覗く。目に捉えたのは最もファンタジーという言葉が似合う生物。竜である。二枚の翼と二本の脚を使い器用に歩いている。
人間が竜と戦えるものなのか?集団ならともかく、今はソロだ。戦ったら確実に負けるだろう。
呑気に考えていても仕方ない。この巣の竜が帰ってくる前に、見つからないように逃げなければならない。とかなんとか考えている内にさらに竜が帰ってきた。見えるだけでも4体はいるが、音を聞く限りもっといるだろう。
打つ手なしかと考えているとメッセージが鳴る。
『影鳥の卵 の孵化条件を満たしました。孵化を開始します。』
メッセージとともにインベントリから影鳥の卵が出てくる。
卵はこまめに振動しており今にも生まれそうだ。なぜこんな時に…。しかしここで生まれさすしかない。卵を持って見守る。竜が入ってきた時点で一巻の終わりだ。願うしかない。
ピシッ……パキッ…
卵にひびが入り始める。ひびは徐々に広がっていき、殻を持ち上げるように影鳥の雛は顔を覗かせる。
「キュゥイ!」
「おっと!静かにしていてくれ。竜が来てしまう。」
「キュイ?」
「そうだ。良い子にしていてくれ。ところで名前とか決めた方が良いのか?」
「キュゥ。」
ふむ。名前どうしようか。影鳥だし影丸…はダサいな。うーん。影…黒、ノワール……ノアにするか。
「よし、お前はノアだ。」
「キュッ!」
『スキル〈使役〉を獲得しました。』
「よし、大丈夫だな。それじゃあ何とかして逃げるぞ。」
「キューイ!」
「おい!大きい声出すなって。」
注意したときにはもう遅い。洞窟の入口には竜が立っていた。竜はゆっくりと入ってくる。
ギャア?
ん?見つかって無い?
状況を確認する。目の前には竜。それは間違いない。しかし何故か見つかっていない。
よくよく辺りを見回すと気付いた。俺は洞窟にいなかった。というか洞窟の壁の中にいた。いや、正確には洞窟の壁の影の中にいた。
ハッとノアを見る。ノアは自慢げにこちらを見ていた。どうやらノアの魔法らしい。影の中に潜る魔法だろう。影魔法の一種だろうか?
念のため声を殺しつつ、影に潜ったまま穴を出る。
上を見上げると、ぱっと見えただけでも30体は竜が見えた。そんな景色を見ながら竜の巣のエリアを抜ける。
途中で影から弾き出されたが、竜に見つからずに抜け切れた。ノアの魔力切れみたいだ。
渓谷の先は巨大な洞窟に繋がっていた。高さは100mはあるだろう。斜めに下がっていっており、光っている植物が見られるため形は把握出来るが、深さは見当が付かないほど続いている。
先はまだ長そうなので渓谷との境にあったポータルを登録して、一休みする事にした。
ポータルの登録名は「飛竜の渓谷」。どうやらとんでもない場所に足を踏み入れたようだ。
しかし飛竜の渓谷の隣にある洞窟が、一筋縄でいくわけが無いことにこの時の俺は気づいていなかった。




