分離衝動【3】
雪斗の話によると、18歳の姿の雪斗は15年前に分離衝動として生まれた。
実体化した時期は不明だが、本体の雪斗は分離衝動の雪斗を、ある場所に閉じ込めた。
本体が徐々に分離衝動について理解するようになり、その後何度か突き落としを受けて新たな分離衝動が発生。実体化したものに吸収されていった。
自我が芽生えた時期も分からないが、そこからの記憶はあるとの事。
その分離衝動が外に出たのは1ヶ月前。本体が意識を失った頃だ。
それで俺を探してきたらしい。
本体が今まで何をしてきたかは不明。
ただ、ずっと言い聞かされていたのは、俺がきっかけで分離衝動が発生した事や発生する仕組み、本体の近くにいるとドッペルゲンガー騒ぎになるから近寄ってはいけない事、分離衝動は本来存在しないものだから特定の人に長く関わると認識され、分離衝動の概念が生じて相手の未来に影響を与える事。
そんな事を言われ続けたら、存在などしていたくない。
分離衝動の雪斗はそう思ったらしい。
「本体に近寄るなと言われていたから、僕が知っていて他に頼れる人はアオちゃんしかいなくてさ。雪斗の母親の事は聞かされていなかったし。元の姿のままだと騒ぎになるから女装して別人を装って君に会いに来た。そしたらどうだ、君も分離衝動を発生させていた。15年前の事を引きずるメンタル弱い人じゃあ頼れない。ましてや、雪斗の事で頼りたいのに、雪斗の事で悩んでる」
俺を見ながら大きくため息をついた。
「まずは君に雪斗の件を向き合わせて、君の分離衝動を消失させる必要があった。だから初対面でインパクト強い事を言ったんだよねー。許してね」
雪斗はニッコリと笑って見せた。全く心がこもっていないのがよく分かる。
「そういう訳で、君に僕を消失させてもらいたい。消失すれば、それがきっかけとなって本体も意識を取り戻すかもしれないし」
「……何となく分離衝動の事や状況は分かった。俺も雪斗を助けられるなら出来る事は手伝う。ただ、一つ確認したい。お前と関わる事で、俺の未来も何か変化が起こるのか」
「そうだね。僕と関わり続けることでアオちゃんの未来は変わると思う。ちょっと関わったくらいだと概念がなくて認識されてない事になるけど、長く関わると概念が生じて、僕の存在が消失した後も何かしら影響はある。でも仕方ないよねぇ、だって僕が生まれた原因は君だから。だから責任取ってって言ったんだ」
コイツは人の事を何だと思っているのか……。しかし俺も言い返せる立場でない。
「でも大丈夫。僕が消失すれば君の認識がなくなり、概念もなくなって分離衝動の関する記憶が全て消えるから嫌な思いをしたことは忘れられる。まあ、僕以外に実体化した分離衝動を認識すれば、一度概念として生じた分離衝動の事を思い出す場合はあるみたいだけど」
「つまり、お前と関わる事で俺の未来に影響が出るが、そもそも未来の俺は、お前の事自体を覚えていない状態って事か」
「そういう事。だから未来を変えてしまう僕の事を憎らしく思っても、僕が消失すれば憎しみを抱いた相手の存在や憎しみ自体も消える。意識を取り戻した本体を憎く思う事もない。僕としてもいつまでも恨まれずに済むしねー」
悪い話じゃないでしょ、と提案する雪斗はしたたかに見えた。