分離衝動【2】
分離衝動が消失した翌日、俺はいつも通りに仕事をこなしていた。
「今日は早めに戻りましたー」
立花さんが外回りから帰ってきた。
「お疲れ様です。今日はどの辺りまで行ってきたんですか」
「今日もお前の実家付近。最近あの辺りが多いんだよなー」
え、怖……。地元がウチの会社に侵食されそう。
そうだ、立花さんに俺の分離衝動を見られているから、適当にごまかしておかないと。
「立花さん、この前、俺に弟がいないかって聞いてましたけど……」
「弟?そんな話はしてないけど」
「え?2日前くらいに、俺の実家付近で俺に似た人を見かけたって言ってたじゃないですか」
「実家付近に行ったのは確かだけど、お前に似た人は見てないよ。どうした、何か自意識過剰か?」
もしかして、俺の分離衝動は存在しなかった事になっているのか?
これ以上立花さんに確認しても混乱を招くか、俺がおかしいと思われるか、解決はしなさそうなので、その話をすることは止めた。
仕事が終わり、俺は屋台に寄らず、まっすぐ家に帰った。
考え事が沢山あったからだ。
分離衝動の事は、俺しか覚えていない。
俺の分離衝動が消えたから、みんなの記憶からも消えている。
元々存在しないものだから?
存在しないものならば、俺の記憶からも消えるもんじゃないのか?
俺も最初は分離衝動が実体化しないと、その存在を知らなかったのに。
そして俺の目の前に現れた雪斗。
アイツも分離衝動が実体化したものと言っていたが、俺のものとは違い、自我を持っていた。
そして自由に行動が出来ている。おそらく普通に社会に溶け込めるアイツの事を認識している人は多いんじゃないのか。
「難しい顔してると、余計老け込んじゃうよ」
俺の前に青りんごソーダの缶ジュースが突然現れた。
「はい。好きなんでしょ、これ。ちょっと休憩すれば?」
「そうだな。俺は頭脳派タイプでもないし、深く考えると余計分からなくなる」
差し出されたジュースを受け取ろうとした時、俺は状況がおかしい事にようやく気づいた。
「ゆ、雪斗……。何でここにいる?どこから入ってきた?」
俺は後ずさりし、距離を取った。
間違いなく分離衝動の雪斗だ。まだコイツの存在がはっきり分からない。
つまり、恐怖でしかない。
「やだなぁ。アオちゃん、考え事して帰ってきたから玄関の鍵閉めるのを忘れてたんだよ。ちなみにアオちゃんの住んでるマンションの場所はずっと前から調べ済み」
雪斗は缶ジュースの蓋を開けて飲み始めた。
「うーん、何が美味しいんだろう、コレ」
「……何しに来たんだ。15年前の事、恨んでるんだろ」
「そんな怖がらないでよ。それに僕は恨んでなんかいない。僕が生まれた原因は君だから、君にお願いしに来たんだ」
ちょっと話そうよ、と雪斗はもう一つ持っていた青りんごソーダを俺に差し出した。