15年越しの後悔【2】
心無い言葉を吐き捨てると、女子高生はどこかに行ってしまった。
何なんだ、あの女子高生は。思春期という理由では済まされない態度だ。
せっかくの誕生日なのに、酔いも冷めてしまった。
『放っとけよ』
女子高生に言われた言葉が、何故か心に突き刺さったままになっている。
その言葉を忘れようとすると、余計に深く突き刺さる。
もういい。考えるのは止めよう。赤の他人が言った事なんて、俺が気にする必要はない。
早く帰って寝てしまおう。
『放っとけよ』
『お前と出会わなければ良かったんだ』
ああ、いつもの夢だ。何の変わりもない。
変わりもない、はずだったが今日はいつもと違った。
『……なんて事を言ってしまったんだ』
『ただの八つ当たりじゃないか』
『悪いのは……俺なんだ』
蹲った俺が泣きそうな声で、さらに呟いた。
そうだ。俺はアイツに言った、あの出来事をずっと引きずっていた。
認めたくなかった。俺は間違っていないと。何も酷い事は言っていないと。
そう思うほど、余計に引きずって、夢にまで見るようになってしまった。
でも俺は、本当は、あの時に酷い事を言ってしまったのではないのか……?
蹲っていた俺が、すくっと立ち上がり振り返った。
その姿は、高校時代の俺だった。
泣きそうな、嬉しそうな、なんとも言い難い表情の俺が、今の俺を見つめていた。
翌日、俺はいつものようにデスクワークをこなしていた。
「戻りましたー」
外勤に出ていた会社の先輩、立花さんが疲れた表情で自身の席につく。
「なあ、城田。お前って高校生くらいの弟いる?」
「ナチュラルに脈絡のない話が良く出来ますね。弟なんていませんよ」
「そっかー。いや、さっきね、お前の実家がある地域を周ってたんだけど」
何でこの人は俺の実家の場所を知っているんだ。この会社は社員の個人情報セキュリティがガバガバなのか。
俺が職場に不信感を持っている間も、立花さんは話を続けている。
「お前に似た男の子がいたんだよ。制服を着てて、見た目は高校生っぽい感じでさ。何かオドオドしてたというか……そんな様子だった。お前の実家近くだし、顔も似てたから弟と思って声を掛けようかとしたけどさ、ほら、今時はすぐに動画を撮られてSNSにアップされたりするから……」
俺に弟はいない。
しかし、昨日妙な夢を見ていた事とは無関係だろうか。
高校生の俺によく似た男の子。オドオドした様子。
何か引っかかる感じがある。
立花さんの話を途中から聞き流し、俺は仕事帰りに実家方面に寄ることを決めた。
俺の実家は会社からも自宅マンションからも、さほど遠くない。
帰ろうと思えば、いつでも帰られる距離だ。
とはいえ、最寄り駅に着いた頃には辺りは暗くなっていた。
実家付近は戸建てが並ぶ住宅街で、街灯は点々と立っているものの薄暗い。通行人の顔も街灯の近くでないと、はっきり分からない。
こんななかで俺に似た高校生を探せるか不安だったが、探したい気持ちが強かった。
どこだ。どこにいるんだ。
あちこち探して回るが、それらしき人物は見当たらない。
立花さんが見かけてから時間が経っているから、もういないのか?
もしくは、あと探していないところといえば……。
とある住宅地を遠く離れたところから見た。
ひとり、人影が見える。
その人物が街灯の近くを歩いた時に、顔が見えた。
あれは――昔の俺だ。
「もっと近くに行ってみれば?」
後ろから声を掛けられ振り向いてみると、そこには昨日の女子高生が立っていた。
「昨日はゴメンねー。あれくらい言わないと、君は向き合わないと思って」
女子高生は、先程の人影がいる辺りを指差した。
「この先に誰の家があるか分かるよね。何で近寄らないの?」
何だ、この女子高生は。
いきなり現れて、馴れ馴れしく話しかけて、それでもって俺の心を見透かしているのか。
「ほら、答えられない。本当はこの先の家に行きたくないんだよね。“船瀬雪斗”くんの家だもんね。でもさぁ、気になるからここまで来たんでしょ。何か心当たりがあるから胡散臭いドッペルゲンガーの話を無視しなかったんでしょ」
女子高生は怪しげに微笑みながら俺に告げた。
「教えてあげるよ。あれは君の“分離衝動”が実体化したものだ」