幕間
現代の物品や服装もありますが、どれも加工されたり錬金術使ったりしてより頑丈に出来てます
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イグニスとの通信を終えたカズは手に持っていた石をしまうと、悔しそうに噛み締めた。
どうしてこうなってしまったのか。
別ギルドから派遣された男は今日が初見の人間ではあったが、悪い噂は聞いていない。確かにあの男の人となりが分かるかと言えば何も分からないが、それでも悪いやつではなさそうだったのに。
何故止められなかったのか。
置き去りにされた少女が一体何をしたと言うのか。マボかどこかで何かをしたから黄札持ちとなったのだろうが、そういう悪いことをしたような印象をどうしても持つことが出来なかった。甘い考え方だとエトラプジムには叱られるだろうか。
…いや、個人的な感情や評価を差し置いても、どちらも無事に帰すことがギルドとしての責務だったというのに。
そして何よりその原因を作った人間が一切反省するつもりがないのが腹立たしい。
こればかりは許し難くてつい怒鳴ってしまったのだが本人は“知るか”“俺の命の方が大事だろうか”“俺に歯向かっていいと思ってるのか”とそればかりを繰り返していた。
エトラプジムがリスキー達の元まで連れて行ったため本人はもうここにはいないが、その声が聞こえなくなるまで自分の責任ではないと喚き散らしていた。
殴り付けるにも壁は遠く、足元の古い転移装置はすっかり焼け焦げて変形し、さほど大きくもないのに見えるヒビと破損箇所も多く、周囲は今もまだ少し焦げ臭い。
イグニスの知り合いなら或いは、とのことだったが、これを直すなど本当に可能なのだろうか。
どんなに派手であっても本来、魔術は物質には殆ど影響を及ぼさない。火の魔術で火事は起こせないし、水の魔術で洪水を起こしたところで街が流されることもない。
魔術とは目に見える呪いであるとも言われている。人や生物の願いや思念、感情を元に作られた魔術は、万能のように見えるが生体にしか効果はないのだ。
怒りの感情だけで壁は崩せないし、悲しみの感情だけで雨を降らせることは出来ないのと同じように。
だが例外はある。魔術を元にして作られたマジックアイテムなど――今回で言えば転移装置など、術式を使った機械や道具はまともに他人の魔術の影響を受ける。
確かに最近作られている装置や機器類は他人の魔術の影響を受けないよう処置をされているものが多く、逆にそれを利用するようなマジックアイテムも存在はする。
だがこれは昔々の装置だ。そのような処置は施されていない。
ラウボスの魔術を受けて、元々備わっていた転移装置としての術式が狂い、マナの流れる経路が変わり、余計な負荷が過度にかかったことで爆発してしまったのだ。
『大将、ギルド“櫑呑大蛇”の技師、並びに火竜の片割れ、どちらとも連絡ついたぞ。すぐに来れるってよ』
ブケブロの連絡に了解の意を返して、踵を返した。
ここにいても出来ることなと何もない。それならばせめて表で目印代わりに立つ方がまだ役に立てる。
錬金術でこの穴だらけの床を補修でも出来ればまだ良かったのだが、その才能は少しもない。腕っぷしに自信はあるが、こういうときはかなり歯痒いものだった。
「―――ブヘァッ」
歯噛みしていた彼だったが、戻る途中で見誤って脆いところを踏んでしまったらしく、右太腿まで一気に嵌まってしまった。床に両手を付いて、左足にも力を込めて引き抜こうと踏ん張るが、その手を付いた箇所からもミシミシと嫌な音が鳴っていてカズは表情を歪めた。
「あぁくそっ……!」
だがその周りはもっと脆いか既に穴が空いているかの二択であり、結局今足をかけている場所に這い上がるしかなさそうだった。
先程より慎重に力を込めようとして――はた、と気付いた。
臭いがした。
今さっき嗅いだのとは違うが、近いような臭いが。
暗くてよくは見えないが、どうやら踏み抜いた床の周辺から漂っているらしい。床と顔が近くなったから感じるようになったようだ。
(ここも何か焦げ臭ェ……でも、転移装置とは違う……木が燃えたみてぇな……?)
微かながらにも臭いが残っているということは、燃えたのは極々最近なのではないか、とカズはざっくりと予測を立てた。
…いや、こんな予測を立てたところで何だと言うのか。
考えるのを一旦止めて、這いずるようにしてようやく足を引き抜いて上ることが出来た。きっとボトムスは木屑だらけだ。それなら払うなりささくれを引き抜けば取れるが、ここは古い建物だ。腐食も進んでいた。あまり良い予感はしなかった。
そしてそれ以降はやらかすことなく外に出る。日は真上を通り過ぎたようだ。
身内はまだ来ていない。目印になるならもう少し坂道辺りまで向かった方がいいだろうか。そう思いながら何となく自分のボトムスを見やる。
(あれ、)
ポロシャツの上に軽い皮鎧を装着し、灰色のボトムスを履いていたのだが、いずれもあちらこちらが黒くなっていた。足を抜くとき這いずったせいで皮鎧にも付いてしまったようだ。
木の腐食部分が付いた―――のかとも思ったが、どうもそれではなさそうだった。
しゃがんでよく見てみる。
黒の正体は細かい細かい粒子や塵のようなものであり、それが炭の破片や煤だと分かるまで時間はかからなかった。
(――ここ、殆ど人も来てなかったんだよなぁ…?)
カズは教会だったもう一度建物を見やる。確かに表も建物内部もボロボロだったが、火事か何かでそうなったわけではないのは明らかだ。それは間違いない。
(じゃあ誰かが最近、あの場所で…建物内で火を起こしたってのかぁ…?いや…何で…何のために…?)
カズはここまで考えて、浮かんだ疑問を払うように首を振る。
優先すべきはそうじゃない。彼らが少しでも早く帰れるようにすることだ。
思考を切り替えて、自らの頬を両手で張ると、この場所に至る坂道に向かってカズは歩き出した。仲間の早期到着と、取り残された二人の生存を祈りながら。
櫑=酒樽のことだそうです