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英語は得意じゃないので間違ってそうです…
そのときはまたツッコミを入れてください…
……だが、これで終わったかと言えば全くそうではなかった。
学生達は転移装置で今すぐマボへと帰るでもなく、携帯を弄り始めたり、スヌーベウの田舎町の入り口辺りをぐるぐるし始めたりと退屈を紛らわせている。
「ねぇちょっと、ネット繋がらないんだけど」
「電波通ってないのかぁ…まぁ田舎だもんね」
「なぁ、そういや近いんだから海行こうぜ、海」
「水着持ってきた?」
「ねぇよ。しかもちょっと町から離れてるな。魔物出るんじゃねぇ?」
「ぶっ倒せばいいんじゃねぇの?」
「…いやまぁ、何にしても学校よりずっといいよ。分かる内容の授業のためにずっと座ってんの退屈だし」
「そうそう。そんなん俺ら何年も前に家で習ったって話だよなぁ」
最早ここに来た理由を隠そうともしない彼らに呆れながらもイグニス達とリスキーは違約の手続きを始めていた。
学生達の言が真実なら、頭の悪そうな言動に反して彼らの成績は相当いい方なのだろうとは思う。
でもそれとこれとは別だ。帰りたい。のだが、向こうにその気がないのが厄介すぎる。
置いて帰りたいところだが倫理がどうこう以前に、未成年を放置して帰ってはお人好しが足生やして歩いてるような相方に雷を落とされるだろう。それはかなり嫌だ、比喩じゃなくて本当に鼓膜が破れる。
それにさっきの“黄札持ち”の少女の一件もある。あれを解決出来るとは思っていないが、あの扱いをされてると分かってて置いていくのは気が引けた。さっきの騒ぎ以降、ラウボス達が少女に絡むことはしていない。お互いに関わらないようにと距離を取っており、視界の端をウロチョロしている。
「えぇ…と……何と言うか、二重にも三重にも申し訳ない……」
「いや、これはリスキーのおっさんのせいじゃないだろォ」
リスキーもラウボス達と距離があるからか、疲れた顔を隠そうともしない。
カズも彼を慰める。完全に無駄足だった上に面倒がその辺りを歩き回ってるというのに軽くそう言って苦く笑うだけで済ませるのは心が広いと言うべきか。そうでなければ文句の一つ吐いて帰ってもいいようなものだ。
ササッと違約手続き書にサインを書くと、鉄煌石はこれからどうするかと相談を始めた。
向こうも帰りたいのは山々らしいのだが、帰った後のラウボス達の動向が心配でならないらしい。学生達はリスキー一人で何とかなるでもなく、でもがっつり見張っては反発を買いかねないし、かといって目を離した隙に万が一にでも町から外に出たり、町の人間に絡んでしまっても具合が悪い。
イグニスも同じ意見だったためどうしたものか、と顔を突き合わせて悩んでいると、
「………あれっ」
ふと、学生の一人が声を上げた。
「ラウボスは?」
トイレじゃねぇ?
と返す声はあるが、リスキー達は顔を見合わせ、念のために人数を確認する。
二人足りない。
イグニス達の顔から血の気が引いた。顔を突き合わせて悩んでいると言っても精々数分にも満たない、それなのにまさか違約したとはいえ護衛対象が消えているなど傭兵ギルドとしては大失態だ!
「ちょっ待っ…!――あっそこの兄ちゃん、白い服来た少年少女見てねぇ?」
急転直下の事態に大慌てでカズは近くにいた町の人にいなくなった二人のことを問う。
その町人は見慣れない子供が町の奥にいくのを見たという。依頼がなくなった、というのは何となく聞こえていたため、町の探索に向かったのだと思っていたらしい。
だが彼は知らない、いなくなったのはよりにもよってラウボスと、彼から殴られそうになったあの“黄札持ち”と呼ばれていた少女だったのだ。何故、何のためにその二人が同時にいなくなったのかはこの際問わない、ただ何か嫌な予感しかしない。
「あーもうあの坊っちゃんはぁ!俺とエトルで見てくっからリスキーのおっさんは学生達見ててくれよォ。…あ、すれ違って戻ってきたら困るからブケブロも残っててくれよ。通信石持ってるだろォ?もしあの二人が戻ったら俺達に連絡くれ!」
通信石とは通念石同様魔石の一種で、離れた者同士とで文字通り通信が出来る石だ。
確かに携帯電話――正式名称、IVCM(インプローヴメント・ヴァージョン・コミュニケーション・マシン)もある。通信石をベースに作られたこの携帯なら仮に電波がなくても通話だけなら問題なく繋がる。
ただそれと違って通信石なら電池切れはなく、隣の島にいるなど極端に距離が空いていたり、電池の代わりに消費する自分のマナ量が生命維持可能限度を下回るような事態に陥らない限りはいくらでも会話が出来るのだ(携帯は携帯で通信石にはない機能が山程ある。どっちが便利かは状況や島々の環境、好みにも寄るだろう)。
当然生徒達も電話なら繋がるはずと既に何人かが電話をしているようだが、繋がらないらしい。
微妙に覚え辛い名前の鬼族がリーダーの指示に対して頷くのを確認してから、カズはエトルと呼んだもう一人のギルドメンバーとイグニスの肩を叩いた。一緒に来いとのことらしい。言われずともそのつもりだ。鬼族の彼…もとい、ブケブロが残るのならリスキーだけでは抑えられない学生達も何とかなるだろう。
正直人手は欲しいし手伝ってはほしいが、それを学生達に任せるのは不安でしかない。例えそうしてラウボスを見つけられたとしても、あの少女に対してはどうだろうか。…正直信用は出来ない。イグニスもカズも言わなくても何となく似たようなことを考えていたため、彼らには何も言わなかった。
とにかく、イグニス達は手分けして町の人に聞いて回った。町の奥に向かったとは言ってもカズとイグニスと三人で回るには少しばかり広い。
「その二人はこの道をまっすぐに行ったよ」
「あぁ、見た見た。あっちの道を右に曲がってた。…でも遠目だったからどこに向かってたのかは分からなかったな」
「あぁちょうど良かった、さっきすれ違ったぜ。挨拶したけどどっちも返さなかったな。」
「しかも男子の方は女の子に『もっと早く歩け』って叱ってるのが聞こえて来てな、何か変な雰囲気だったからあんたら呼びに行った方がいいかなって思って探してたんだよ」
聞き込みで得た情報は三人ですぐに通信石越しで共有した。聞いて、礼を言って、また走る。
傭兵達が学生二人を探してると聞いた町の人もまた手伝ってくれ、手がかりをイグニスに伝えてくれた女性もいた。
「学生二人を探してると聞いて…あの、白い服の子供なら、さっき見ました!…でも、すれ違った後、何故かすぐに景色に溶けるように姿が消えてしまって……昼間にお化けでも出たのかと思ってビックリしてしまって……!」
消えてしまった、というのは恐らく、【潜伏】系の魔術を使ったのだろう。あれなら術式に寄っては体を透明にし姿も気配も、自らが立てる音まで全てを消すことも可能だ。
自分達の目をあっさりと逃れたのもその魔術のせいだろう。
目撃情報が多数あるため持続時間はかなり短いようだが、それでも流石は貴族だと思った。使いこなせてしまえば誰にも見つからずお宝を奪取したり、或いは自分より強い魔物をすり抜けて進んだり…ざっくり言うなら善事も悪事も難易度が一気に下がる。
その分、術自体の難易度は比較的高いため習得者は決して多くない。そして使用時間が伸びれば伸びるだけ消費するマナが桁違いに多くなる。イグニスも十年程ギルドはやっているが長時間、或いは連続使用が可能なのは一人しか知らない。
それをただの学生が短時間とはいえパカパカ使えているのは流石エリートというべきか、…もしくは呆れるべきか。学校では悪戯やもっと重篤な悪事に使われる可能性があるとして、この系統の術は教えることは禁止されている。一体どこで、何のために覚えてきたのか…(当然カズ達にもこの情報は共有した。)。
……それはさておき、町人達の協力のお陰もあって、ありがたいことに想定よりずっと早く二人の行き先が判明した。
「――町の最奥にある、旧教会!?」
それはカズから伝えられたものだった。スヌーベウに昔からある古い教会で、実際にそこで集会から結婚式まで様々なことをやっていたようだ。
今では老朽化もそうだが、坂道の上にあるために老人達が徒歩で行くことが困難になり、殆ど使われなくなってしまったとのこと。
「スヌーベウには少子高齢化の波が襲ってきていて、教会を改修する余裕もなければ直したところで使う人間もあまりおらず、かといって壊すのには人手が足りず廃材を捨てるための場所や金もあまりなく、どうしようもなく放置している」との情報もおまけについて来たのだが……今は一先ず置いておいてほしい情報だった。
「何故、そんなところに、あの二人は」
今聞いた情報にあったであろう坂道に差し掛かって、イグニスは駆け上がる。走りながらだったため振動で質問がとぎれ途切れになってしまったが、それにエトル――本名・エトラプジムが答えた。
『町人が使うようなものは既に回収したため、教会に残っているとするならもう一つだけ―――【老人達のそのまた祖父母の代にはもうあった】と言われる程、古い転移装置が残されていたらしい。ただそれも封印が施されていて、その理由も解除方法も残されてはいないようだが。』
「祖父母の代からある程、古い………つまりは、それも一種の“遺構”か?」
『まー、古代の技術って訳じゃねぇけど、ギリそう呼べなくはないかもなぁ。でもあの兄ちゃん、それ分かってて行ったと思うかぁ?』
割り込むようにしてカズの声が、ペンダント型に加工された通信石から聞こえてきた。少しの沈黙の後エトラプジムは、微妙だな、とだけ返した。
「何とかと煙は、高いところが好きって、やつじゃねぇか……っと、」
言い終わる頃にはイグニスは坂道を上り終えていた。そして山、というには麓辺りにも満たないが、確かにここは老人が来るには少し急勾配ではある。幸い、息は然程上がっていない。
クルリ、と辺りを見回すついでに見えた意外と景色は悪くない。発展こそしてないがのどかな町、その向こうに見える海、森。十分な景観だった。こんな状況でなければゆっくり拝みたかった。
反対側に目を向ければ、ボロボロになった木製の建物を目測二十メートル先に見つけた。木に囲まれているそれはどうやら建物としての原型は一応留めてはいるが、教会かどうかは正直よく分からない。
あまりにもボロボロ過ぎる、というのではなく、現代の教会と形がかなり違うのだ。文化の違いか、或いは昔故の違いなのかそこまでは分からない。本来来る予定だった調査団なら、これだけでも何か分かったのかもしれないのだが。
…そして、自分以外は誰もいない。一番乗りを果たしてしまったようだ。
「……旧教会……かもしれない、建物を見つけた。俺が先に中見てくる。もし違ってたらそっちは別のところを探してくれ」
『あれま、…んじゃ火竜のあんちゃん、そっちはよろしく頼むぜェ。』
「了解した」
カズの指示に応答して、イグニスはすぐにその建物に向かう。
そして建物を目の前にしても、そんなに大きいという印象は持てなかった。…何と言うか、教会というより本当に田舎町によくあるような集会所みたいな形と大きさだ。外れたような気が――いや、違う、それならそれで何で町中に作らなかったのか、という話にもなる。
この辺りには危険性のある野性動物も魔物もいないとはいうが、腰の得物に手を伸ばしてしまうのはどうも、癖のようなものだ。静かな場所こそつい警戒してしまう。
(…折角あいつら見つけたのにうっかり反射で抜き放つような真似だけは避けねぇとなぁ……)
一息置いてから得物から手を離し、木の繊維があちこちささくれ立った引き戸に手をかけ左に引いた。錆とゴミに引っ掛かって少しばかり抵抗はあったが、力を込めれば割とあっさり開いた。
ただそれがもし、一度開けられた後だからこその軽さだとしたら――
イグニスは中に足を踏み入れた。