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5.猟奇の城の猟奇殿下

 王都から遠く離れた、針葉樹が影を落とす深い森。そこに築かれた古城。

 黄昏の空にはカラスが黒羽を散らしてぎゃあぎゃあ舞っています。よどんだ水をたたえた堀の跳ね橋はあがったままです。


 〈彼〉は黒い手袋に包まれた手を胸壁にあずけてこちらを見おろしていました。


 ラヴィル・ラウレンティア・エルシリア。

 エルシリア王国の王弟殿下です。


 艶やかな闇色の髪、妖しい光をたたえた紫水晶の瞳。見る者すべてを魅了せずにはいられない白皙の美貌には、眼下の民を靴底で踏みにじる傲慢な表情がよく似います。

 しかもすらりとした長身を、襟元を飾るクラヴァットから上着に外套にいたるまで、すべて黒でまとめているものですから、おどろおどろしい背景に見事にはえています。


 幼い頃から傲岸不遜な人ではありました。

 しかもやたらと頭の回転が速くて、気にさわったことは忘れずきっちりかっちり陰から倍返しに報復する、陰険な王子様でした。

 はっきり言って近づきたくないです。ですが。


(やるしかない)


「あ、あの、私はリヒャルト陛下の使者として参ったのですが……」

「レミリアは相変わらずレムルみたいで可愛いな」


 殿下の第一声が放たれました。こちらの言葉はガン無視の、独り言かといいたくなる一方通行なお言葉です。


 しかもレムルってあれですか。ペット初心者が先ず飼い方の練習をするちっこいふわふわの齧歯類。可愛いけれど、鼻をひくひくさせてキュイッと啼くことしかできない非力な存在。それに可愛いと一応誉め言葉のようなことを言っていますが、浮かんだ表情と口調が見事にこれが揶揄であることを示しています。


(……相変わらずだ、この殿下)


 前もって訪問する旨は早馬で知らせておきました。今の私の手元には王の印が押された命令書もあります。なのにまさかまともな会話すらさせてもらえないとは思いませんでした。

 もともと傲慢だった彼ですが、何もここまで悪の帝王といった風に成長しなくてもよかったのにと、あまりの変わりはてように涙ぐんでしまいます。


「殿下ー。冗談はそれくらいになさってくださいー。宮廷へ顔をださねばならない必要性は手紙にも書いたはずです。ついでに私の家督相続の問題も。このままじゃ殿下はずっと私の婚約者のままですよ」

「兄上の要請ならこれ以上の話は必要ない。だいたい別にいいだろう、噂くらい。俺は気にしない。お前の事情などさらに気にならない。というよりお前のそんな顔が見れるなら、婚約は維持でも俺はべつにかまわんぞ」


 ぶちっ。私のどこかで何かが切れる音がしました。

 こっちは五日がかりでこんなところまでやってきたのですよ? 代替わりでたいへん忙しく、さっさと帰って関係各所を回らないといけないのだからゆっくりなんてできないのですよ? 

 それにこうしている今も、婚約の行方はどうなったと心配している家の者たちや、関係改善に胸を痛めている陛下がおられるわけで。そのことをこの殿下はまったくわかっておられない!


 肩をふるわし、無言で傍らの小石を拾い上げる私を、あわてて傭兵たちが止めてきます。


「どうどう、お嬢!」

「無理っ、そんなちっこい石じゃ」

「だいたい相手は王弟殿下だし、いるのは城壁の上でしょうがっ」


 殿下がふんとこちらを見ろして笑います。


「そこまで言うなら話を聞いてやろう。ただし王の使者殿に立ち話も失礼だ。俺は玉座で待っている。では、な」


 言うなり殿下は外套をなびかせて胸壁の向こうに消えてしまいます。が、〈待っている〉と言いながら、眼の前の跳ね橋は降りてくる様子はありません。


 門前払いです。


 陛下の真摯なお声が脳裏によみがえりました。今まできっと幾多の使者がここで首を垂れて帰っていったのでしょう。ですが。


「……おもしろい、うけてたとうじゃないですか」


 ばちっと私の瞳の中で、やる気の火花が散りました。


 とにかく、言質はとったのです。手段はともかく、相手の言う玉座までいけば話を聞くと。なら、そこへ行くだけのこと。


 確かに父似の事務方で一日屋内にいるインドア派ですが、それでも私はカストロフ家の直系。雄々しい傭兵一族の長の血筋なのです。攻略不能の城を前に、傭兵王とうたわれた祖先をもつ血がたぎるというものです。


 王族への敬意も何のその、低い笑みをもらしはじめる私に、背後に控えた傭兵たちがぼそりとつぶやくのが聞こえてきました。


「なんかこう、俺、二人の背後に、咢を開いて威嚇する毒蛇と、前足をあげて臨戦態勢をとるマングースの幻が見えたんだけど」

「殿下は毒蛇でいいけどお嬢はせめて孔雀って言ってやれよ、あれで繊細なとこもあるから」


……あの、聞こえていますから、ね?


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