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49.玉座の間での決着

 王都へついたのは、ロッセラ城を出発して四日目の昼でした。


 カスタロフ家の傭兵たちに周囲をがっちり守られて、誰にもラヴィル殿下の姿を見られないようにして王宮の裏門から滑りこむと、リヒャルト陛下腹心の侍従が待ちかまえていました。


「早馬の連絡を受けてお持ちしておりました。さ、こちらへ! 湯あみの用意ができております。旅の埃を落としてください、カスタロフ家の正装と宝剣もとりよせてございます!」


 殿下とはいったん別れて、人目につかないよう王宮の一室に案内されました。ずらりと手伝いの女官たちが並んでいます。


「陛下は聖堂での祝福を終えられたところです。衣を改め、陛下はこれより王宮大広間にて諸侯の祝辞を受けられます。陛下はそこへラヴィル殿下が出席なさることをご希望です。王家の仲が良好と、皆に示すために。レミリア様も。カストロフ家の代表として、広間の貴族たちの間に列席なさってください」

「わかりました!」


 ビアージュ伯爵父娘もぎりぎり滑り込みで、セーフ。聖堂にいるそうです。ちっ。

 ですが負けません。最後に笑うのは絶対にこちらです!


「さ、こちらへ」

「お早く」


 身支度を整え終わった私たちは、侍従たちの手で広間まで案内されます。


 いよいよです。

 二人で広間に続く扉の前に立ちます。


 この場でビアージュ伯爵より早く、殿下が陛下に祝辞として、今までの内偵のことを告白なさり、陛下の御代を寿がれれば、形勢逆転です。

 祝辞は身分順におこなわれますから、伯爵であるビアージュ伯爵より、当然、殿下のほうが先。この広間に無事入りさえすれば、ことは成就するのです。


 殿下はこちらにエスコートするかのように腕を差し伸べかけて、やめられました。今の私はドレス姿ではなく、カストロフ家の正装をまとっていますから。それに私が並ぶのは貴族の列です。殿下が広間に入られて皆の注目を集められた隙に、するりと潜り込む予定です。


「……レミリア、道中、楽しかった」

「殿下?」

「最初、お前がロッセラ城へ来た時、兄上は何と言うことをなさるのかと思ったが。今は感謝している。最後にお前と過ごせたことを」


 はい?

 いきなり別れの言葉めいたことを言われて、私は目を瞬かせます。


 すると、殿下は、周りにも聞こえるような、少し大きな声で続けておっしゃいました。


「なるほど、その姿で公の場へ出ることを選んだか。無事、お前は俺を宮廷に連れ出した、これで満足か? お前は王命を果たした。カスタロフ家も継げる。よかったな」

「え……?」


 この期に及んで何故、侍従たちにも聞こえるようにそんなことを。

 とまどう私をおいて、殿下が一人、広間に入られます。


 前を行く背、取り残される寂寥感。

 昔、子どもの頃に感じた、大人になる兄たちを見送った時のおぼつかなさが胸によみがえりました。


 それで私は気がつきました。


 この扉の向こうには、ビアージュ伯爵がいます。マチルダ嬢も。殿下はこの場で彼らを選び、ご自分の祝辞では沈黙を守ることもできるのです。


 まだ、彼が例の計画を進めるつもりなら。


(まさかっ?!)


 扉が音を立てて開きます。式官が大声で、殿下の名を呼びます。


 皆の注目があつまりました。

 その中を、殿下がゆうゆうと進まれます。


 私は王座をふり仰ぎました。沈痛な顔をしたリヒャルト陛下がおられました。もう自分に弟を引き止めることはできないと、運命の時を待っているかのようなお顔に、冷水をかけられた思いがしました。


 私は悟りました。陛下が何故、私を殿下のもとへ遣わしたのか。陛下は私が殿下に計画を思いとどまらせてくれることに期待なさったのです。弟君を失いたくないから。


 そしてここは最初から定められていた場所。

 お二人が当初決められた計画では、この場でラヴィル殿下は王に逆らう王弟としてビアージュ伯爵たちを道連れに、自爆なさるおつもりだったのです。


『できれば、終止符はお前の手でうってくれ、レミリア』

『本当は巻き込みたくなかったが。どうせなら、お前の刃で死にたい』


 そんな殿下の声が聞こえた気がしました。


 駄目!


 そう思った時、私は動いていました。


 こんな公の席で、こんな真似をしてはいけないことくらいわかっています。でもカスタロフ家の娘として、いえ、一人の人間として後悔したくないのです。


 ゆずりたくない!


 私は外套をひるがえすと、殿下を追って広間に駆け入りました。

 そして殿下の前に立ちはだかります。


 突然の礼を失した私の行動に、皆がざわつきます。でも他の眼などかまいやしません。とにかくこの人を止めなくては。


「わ、たしは。あなたとともにありたいんです……!」


 殿下だけを見つめて、訴えます。 

 私たちを置いていかないでくださいと、眼に力を込めます。あなたはあの夜、私を好きと言ってくれましたよね? ずっと好きだったと。なら私情に流されてください。思いとどまってください。


 私は必死で、彼に乞います。


「王家に二人の王子がいれば皆も二つに割れる。なら、殿下、どうか今ここで王族の地位を、王籍を捨ててください。王弟ではなく、ただのラヴィルになって私の手を取ってください!」


 殿下がこの世から自分を消そうとなさるのは陛下のため。ご自身が持つ王位継承権のため。


 そして私と殿下が恋仲になれないのは、カストロフ家当主と王族が結ばれてはならないという誓約のせい。


 なら、お願いです。捨ててください、すべてを。私と陛下のために。

 どうせ捨てる命だと言うのなら、出自だけを捨てて、他はすべて私たちにください!


「どうせ捨てる命でしょう? なら、私がもらいます! だからあなたも選んでください、私と生きる道を!」


 ぐい、と腕を伸ばし、背伸びして、ラヴィル殿下の襟首をつかみます。無理やり身をかがませて、そして、私は……。


 殿下の唇に、口づけました。


 どよっと周囲がざわめくのを感じました。


 衆人環視の中で自分からこんなことを。顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしいです。

 というか私はいったいいくつの宮廷規範違反をやらかしたのでしょう。前代未聞だと思います。処罰の羅列が怖い。


 でもここが正念場。

 絶対、この人を他の誰にも渡せないのです。恋仇が死神であるならなおさらです。


 広間の喧騒を背に、私は唇を離し、額をよせて殿下に訴えました。

 もう半分泣きかけです。きっと顔はすごい不細工になっているでしょう。それでも嗚咽をこらえて訴えます。


「まさか乙女に恥をかかしたりしませんよね? うちの入り婿になってください。私に家を継ぐのに婿がいると言ったのは殿下ですよ? 私が上げた候補をけなされたのも。だったら殿下がなってください。そもそもこんな人前で言っちゃったんですからもう私はおさまりがつきません。他に婿の成り手だっていません。だから……」


 深く息継ぎをして、言いきります。


「勇気を振り絞って告白したんですから、責任をとってくださいよ、殿下。うちにお婿にきてください……」


 私を、選んでください。妃ではなく、妻として。


 だって私は王家の二人の王子が好きでしたけど、皆が言うように妃の座がほしかったわけではありません。ただの殿下、ただのラヴィルという人が好きだったのです。


 さんざん私を野心家のカストロフ家の娘、妃の座狙い。そう言ってきた皆の前で、はっきりあなたが好き、妃の座なんていらないと宣言して、肩の荷が下りた気がしました。


 今まで誓約にこだわって、想いを表に出すことができなかった私です。皆の眼を気にして彼の傍に居続けることすらできなかった。


 でも、もう他の眼なんて知りません。

 この人は私のものだと宣言します。


「……ったく、そうくるか、お前は。どこまで俺の見せ場を奪えば気がすむんだ」


 脱力するように言って。私はぐいと殿下にひきよせられました。


 唇に感じる、熱い感触。


 私は私がしたものよりもっと激しく、熱い、殿下の口づけを受けていました。私をかき抱き、噛みつくように唇を重ねられる殿下。立っていられなくなった私を、殿下が支えてくれます。そしてささやかれました。


「俺はもう十六年も前からお前を選んでる。今まで俺を待たせたのは、お前の方だ」


 十六年? それって盛りすぎではありませんか。だってそれでは私が生まれた歳からになりますけど。


 そう訊ねる暇もありませんでした。

 首を傾げたところをまた口づけられました。意識が飛びそうになる中、騒ぐ声が耳に入ってきます。


「なんということだ、久しぶりに王弟殿下が宮廷に現れたと思えば、陛下の御前で!」

「しかも先にしかけたのはあのカスタロフ家の娘?! 王家との誓約を何だと思っている!」


 声高に列席した貴族たちが騒ぎだします。その時、明るい日差しの差し込む窓際に立っていた一人が異変に気づきました。声をあげます。


「おい、あの宝剣の柄!」

「見ろ、色が変わったぞ、さっきまで確かに碧だったのに!」


 その声に私は腰に佩いた剣を見ました。

 皆が言う通りです。柄にはまったエメラルド、その色が真紅に変わっています。


「こ、れはアレクサンドライト? いつの間に」

「陛下に頼んでな、前もってカスタロフ家から借り出して、付け替えてもらった。大変だったんだぞ。これだけの大きさの石を探すのは」


 ぼそっと殿下がささやかれました。

 それから、殿下は皆に向き直られました。


「皆、聞いて欲しい。私の今までの悪評、そして陛下と不仲とされたことの真相を!」


 声を大きくして言われます。


 今までの王宮不在の真意を。ご自分が王命を受け、反王派を内偵していたことを。

 そして。その過程で、同じく陛下の密名を受け、奮闘していた私と心を確かめ合ったことを。カストロフ家は当主が代わろうとも、先代陛下に排斥の憂き目にあわされたことを水に流し、これからも王家を支持し続けると、私が意志表示したことを。


「レミリア嬢、改めてこの場で皆に宣言してくれないか。誓約に関わらずカストロフ家は王家の盾となると。その想いを受けてほしいと」


 殿下が私に話をふられます。

 私はあわてて同意します。そして自分の口ではっきりと、陛下に忠誠を誓います。


「宝玉の色が変わっても、我が心は王家のものと。陛下、どうか私に侯爵位を継ぎ、陛下の治世を守るご許可を!」


 必死に身振り手振りもつけて訴える私に、もういじけて領地に引きこもった幼い子どもの面影はありません。

 まだ兄ディーノのように堂々と、まではいきませんが、そこは熱意でカバー。切々と陛下に訴えます。王派や中立派の皆の眼が和んでいくのを、私は肌で感じました。

 この場に立ててよかった。この場に発言の機会を与えられて本当によかった。私はすべてに感謝しました。


「……お聞きの通りだ。誓約のことで先ほど何やら申していた者、これで文句はなかろう?」


 殿下が皆を見回して言われます。

 そして改めて、殿下は玉座に向かって深く礼をなさいました。


 陛下に即位二周年の祝いを述べ、自分が今日たずさえた成果こそが陛下への祝いの贈り物だと披露なさいます。


「陛下、許しを得る後先が逆になりましたが、どうか私に王籍を捨てる許可を。そしてカストロフ家と婚姻を結ぶ許しをいただけませんか。今後とも末永く、陛下の治世を守るために」


 陛下と口裏を合わせ、ある程度、根回しはされていたのでしょう。陛下を支持する人々を中心に、この殿下の贈り物を歓迎する声が上がっていきます。


 王弟自ら、共倒れの危険を冒してまで危険を排除しようとした。


 それを計画した殿下と、弟を信じ許した陛下。殿下と陛下の兄弟の絆を称賛する声も大きくなっていきます。殿下の心、カストロフ家を気づかう想い。それが嬉しくて、ありがたくて。私はもう何も言えません。


「ここまで場が盛り上がっては、私も王として黙っていられないな」


 玉座の陛下が、楽しげに笑いつつおっしゃいました。


「レミリア嬢、あなたは先ほど、誓約に関わらずカストロフ家は王家の盾となると誓われた。その想いを受けよう。あなたに非はない。どうかそのまま侯爵位を継いで私の治世を守ってほしい」


 それから、と陛下が片目をつむられます。


「ついでに元王弟ラヴィルの見張りを頼んでいいかな。今後一生、我が弟が兄を想うあまり、また暴走などせぬよう。私の心を安んじるために」

「陛下……」


 言葉に出されない陛下の想いの深さに、私はそれ以上何も言えません。


 いつの間にか、私は殿下に腰を引き寄せられていました。二人、玉座の前に並んで、殿下が言われます。


「レミリア、これでもうお前は俺のものだ。もう逃がさないからな」


 私が逃げた幼い日をふまえた殿下の発言です。私は力強くうなずきます。


 色を変えた不実な宝玉。

 今度は決して色あせることのない自分の心に誓います。


「私もです。もう逃げません、離しません。私はずっとあなたと共にありたい」


 頬に、殿下の手が重ねられました。そしてまた、唇が重ねられました。


 いつ終わるともしれない二人の恋人たちの睦み合いに、広間にいる皆が、目のやり場に困ったのは言うまでもありません。私も、後で思い出して、顔から火が噴き出るかと思いました。


 リヒャルト陛下が、あきれ返った声を出されました。


「あー、お前たち、続きは後でやるとして、そろそろ式典の続きをおこなってもいいかな?」

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