4.ヴィルナ地方のロッセラ城
そうと決まれば動くのは早いほうがいい。
私はさっそく殿下の所領、ヴィルナ地方のロッセラ城へ向かいます。強行軍になるので女性の侍女たちは連れていけないけれど、父母の代から仕えてくれている頼もしい傭兵たちが護衛にと一緒に来てくれることになりました。
「お嬢、心配しなくていいっすよ」
「そうそう、いざとなれば俺らが殿下の首根っこつかんで陛下のもとまでつれていきやすから」
「ありがとう、でもそれは最終手段にしてね」
今でも侯爵領を根城に各国に出稼ぎに行くことの多い彼ら。旅には慣れています。あっという間に準備も整って、普通は半月はかかるヴィルナ地方への道中をたったの五日でこなしてしまいました。
道中の手配も彼らがしてくれるので、私はゆっくり馬車の座席に埋まって、遠ざかっていた間の都の情勢を頭に入れます。今までは兄がこなしてくれていた中央との交渉事だけど、これからは私がしなくてはなりません。
「……私が領地に引っ込んでる間にいろいろあったのね」
ラヴィル殿下は私が領地に引っ込んだ約一年後に、王都を離れたそうです。その後も社交シーズン開幕の夜会や、各種、国の催しには一応、顔を出していたらしいのですが、それも去年まで。今年に入ると陛下の要請があっても城から動こうとしないのだとか。
そこを陛下に敵対する勢力に眼をつけられて、反抗の旗印に挙げられてしまっている感じです。
(もしかして殿下が都に出て来られないのは、陛下とごたごたをおこしたくないから……?)
ひいき目かもしれないけれど、幼い頃の二人を考えると、それが一番しっくりする気がします。
そうこうするうちに、殿下の所領が見えてきました。と、傭兵たちが感嘆の声を出します。
「へ、え、王領とはいえ荒れていると噂だったのに、見違えましたね」
さもありなん。報告書によると、この地の立て直しをするために、殿下自身が名乗りを上げ、乗り込んだらしいのです。
殿下は幼い頃から利発な方でした。性格はあれですが、有能なのです。幼い頃、王宮での講義を見学した時に殿下が実に嫌味な見下し目線で教師や学者たちを言い負かしていた姿を覚えています。陛下も、弟は私より治世能力があるよなどと褒めておられました。その才が今、生かされているのでしょう。有効活用できているようで、少しだけ、幼馴染として誇らしくなります。
馬車はさらに進んでこの地方では城下町にあたる、小さな街に入ります。ちょうど家畜の競りがおこなわれていて、大にぎわいです。文字通り銀貨や銅貨が飛び回り、豪勢なことに金貨の金の輝きまでちらほらまじっています。
(あれは……)
と、違和感のあるきらめきがうつって、私は目を凝らします。
馬で並走する傭兵たちが聞いてきました。
「どうなさいやした、お嬢」
「さっきあの商人が落とした金貨、少し色が違う気がしたの」
「へえ、色が違うって、贋金じゃないっすか。出回ってるらしいですね、今。陛下の改革に反対する誰かが糸を引いてるんじゃって噂ですけど」
「また出動要請、出るかもしれませんね。べルナ平定から帰ったばかりだってのに」
王の即位二周年の行事をひと月後に控えているというのに、きな臭いです。
馬車は街を抜けて森へとはいります。いよいよです。私はそわそわ落ち着かなくなってきます。
別に喧嘩別れをしたわけではないけれど、もう何年も音信不通の相手なのです。どう挨拶すればいいのでしょう。初めましての初対面でもないし、かといって、やあ、と友だちのように手をあげるのも変な気がします。
(今の私は陛下の使者なのだし、職務優先、王族に対して敬意を払う使者路線でいけばいいのかな)
それが一番無難でしょう。
いよいよ到着です。
針葉樹が影を落とす深い森。そこに築かれた古城。堀の跳ね橋はあがったままのおどろおどろしい城を見あげて、私の思考は一瞬、真っ白になりました。
(うわあ、なんて生き生きした悪人顔をしてるのだろう、この人)
そこには、彼、がいました。可愛い天使が成長し、悪魔から魔王と呼ばれるにふさわしい姿に変化した、王弟ラヴィル殿下の姿が。