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48.ロッセラ城脱出

「お嬢、正門付近の罠は全て起動、安全装置はずしてあるから面白いほど奴らがかかってますぜ。次、掃討戦にはいりますっ」

「南の堀も水深、戻りました、こっちはもう大丈夫です。見張りを残して他へ人は回します」


 次々報告が入ります。

私は目立つけれど矢や礫は届かない、塔の天辺に陣取って、それらを聞きます。


 ドレスを脱ぎ捨て、動きやすいカストロフ家の正装に戻って、私は指揮を執る、いえ、指揮をとっている姿を相手に見せつけることになりました。


 影の軍師ユリアナ王女や、元当主の兄なんてここにはいない、ついでにラヴィル殿下は私兵を養ってなんかいないよ、というパフォーマンスです。存在することに意義がある。お飾りと言われようとかまやしません。


 塔のてっぺんに立つと、堀の外にいるテオドラの兵士たちが、砂糖の城に群がる蟻の群れのように見えました。


「東の空が白んできたけど、まだまだ暗いね……」

「でももう少しですよ」


 助言者として隣にいてくれているレオがうけあってくれます。


「内部への侵入さえ防げれば、こっちの勝利ですから。よく持ちこたえました。そろそろ次の手を考えたほうがいいでしょうね」


 次の手。

 それはこの城が落ち着くのを待って、殿下を王都へ送るべく、脱出する手はずのことです。


 テオドラの目的はユリアナ王女と兄。囲みを突破さえすれば殿下への追手まで割く余裕はありません。ある意味、兄たちを囮に使うやり方ですが、時間がないので仕方がありません。それぞれの目的と優先度が違うのですから。


 〈碧星獅子旅団〉の連絡係は無事、待機部隊と合流できたでしょうか。夜の森は深く濃く、その懐に抱くものを垣間見させてくれません。


 それでも眼下の城を見まわした私は、ある一点で眼をとめました。


 ラヴィル殿下がおられました。

 顔を隠して、傭兵の一員のような恰好をしておられますが私にはわかります。剣を手に、敵の頭らしき男と切り結んでいます。


(な、何をしているんですか、王弟殿下ともあろう人がっっ)


 ぎょっとして矢狭間から身を乗り出すと、レオが苦笑して言いました。


「殿下を責めないでください。同じ男として気持ちは分かりますから。お嬢にいいとこを見せたいんですよ、あの方。お嬢って安全のため、あの方に地下室でユリアナ王女たちの護衛を頼まれたでしょう? あそこにはディーノ兄貴がいるから必要ないのに」


 だって大事な殿下を隠すのは当然のことじゃないですか。


「そこはそれ、男心ってやつですよ。ここまで来てまた戦力外かと歯ぎしりしておられたんですよ。今まで変人殿下の芝居ばかりでお嬢にいいとこ見せられてなかったから、こここそはって期待されてたんでしょうねえ」

「なんですか、それ……」


 そんな真似をしなくても、殿下の凄いことは私が一番よく知っています。これ以上、見せ場など必要ありません。


 それよりは自分の身の安全を考えてくれたほうがこちらとしてはありがたいです。


 だってこんな手の届かないところから見ているだけなんて心臓に悪すぎます。


「……レオ、後は任せていい?」

「ええ、戦況もおちついてきましたし、さっき、地下のユリアナ姫から、旅団の斥候が近づいた符牒が聞こえたと連絡が入りましたから」


 もしや少し前に聞こえた狼の遠吠え、あれがそうだったのでしょうか。


「お嬢、そのまま殿下を連れて王都まで走ってください。途中の駅や関所で馬を交換して駆ければ、馬車のビアージュ伯爵たちより先に王都へ入れます」

「でも」

「お嬢と殿下の戦場はここだけじゃないはずです。俺たちはもう大丈夫。傭兵団が来るまで、あと少し持ちこたえればいいだけですから」

「ありがとう、頼みました!」


 レオの生温かい微笑みが気になりましたが、私は身をひるがえしました。階段を駆け下り、孤軍奮闘している殿下のもとへ向かいます。


「お嬢! 殿下と逃避行なら馬がいるでしょう?!」

「ちょうどいい綺麗な白馬を拿捕しときましたぜ!」


 駆け抜けざまに、部下の傭兵たちが手綱と鞍のついた馬を渡してくれます。

 ありがとう、と叫び返して、ひらりとまたがりました。


 堀にかかる跳ね橋、それを渡り切った先の中郭に、殿下がいます。敵の頭と剣を合わせ、飛び退って距離を取っています。


 今です!


 私は馬の腹を蹴ると、一気に間に割って入りました。


「この人はもらっていきます!」


 堂々と敵に宣言すると、白馬にまたがったまま、殿下をぐいと鞍の上にかかえあげる……はかっこいいですができないので、殿下に自力で乗ってくださいと合図します。


 剣を生業としない頭脳派とは思えない身軽さで、殿下がつきだされた剣を跳ね飛ばし、返す刀で相手を斬り伏せます。そして私の後ろにまたがりました。


「……お前な。何故せっかくの見せ場を奪おうとする。しかも俺が用意していた白馬でとは嫌味か。俺は乙女か、姫君か? せめて同乗する場所はお前の後ろにさせてもらうぞ」

「攫われるお人は黙って乗っていてください、舌を噛みますよ」


 進路を確かめに顔をあげます。

 敵の小部隊が群れている向こうに、森へと向かう城門がありました。


「いってください、お嬢!」

「ヒュー、二人で駆け落ちっすか、かっこいい!」


 傭兵たちのひやかしに手を振ってこたえると、馬首をめぐらせます。背後に同乗している殿下がまたぼそりと言いました。


「……白馬の王子にしては平和な面構えだな、お前は。まるで遊園地の木馬に乗ったレムルだぞ」

「そちらこそさらわれる姫君にしては血染めの剣をかかえてなど物騒ですね、殿下」


 敵が襲いかかってきます。それを手綱を絞って、馬の蹄でなぎはらいます。


「殿下、突破します、かなり揺れますが……!」

「大丈夫だ、俺を誰だと思っている」


 顔は見えないけれど、彼の声は平静です。

 信じて、命をゆだねてくれています。こんなちっぽけな、元子分の私に。


 なら、行きます。


「どいてっっ」


 鞭をふるい、囲みを抜けます。


 後は王都まで一直線。後ろを見ず、まっすぐに前だけを見つめて駆けます。


 途中、村を通り抜けると、騒ぎが聞こえたのでしょう、起き出した村人たちが、手に手に鍬や鋤をもって家の外に出てきていました。駆け抜ける私たちを目ざとく見つけて、手をふってきます。殿下の密偵として働く身内を持つ彼らには、状況が分かっているのでしょう。


「愛されてますね、殿下」

「日頃の行いがいいからな」


 私は使者として陛下の許可証をもっていますから、各駅所にある早馬は優先的に使えます。


 王都まで休みなく駆ければ四日、きっとカスタロフ家からも迎えの部隊がこちらに向かっているはずです。彼らと合流できれば速度はさらにあがります。ビアアージュ伯爵が妨害の手を残しているかもしれませんが、それも発覚を恐れて王都へ近づくほど減るはずです。


 そう思うとほっとしたのでしょうか。それとも緊張が続いて思ったより神経がつかれていたのでしょう。一瞬、めまいがしました。


 手綱を握った私の手を、後ろから伸びて来た殿下の手が握ります。


「殿下……?」

「お前は一人じゃない。少しは俺を頼れ」


 殿下が私の腰に手を回しました。ぎゅっと後ろから抱きかかえられます。手綱は私の手とともに、彼の手に握られていました。


「身を預けて休め、まだ先は長い」

「で、では順番です、今度はあなたが休んでくださいよ?」

「ああ、わかってる」


 子供をあやすように言われて、ちょっとむっとなります。でも肩のこわばりが取れていきました。


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