46.絡み合った糸(後編)
とにかく。
それで分かりました。噂に聞いた傭兵集団〈碧星獅子旅団〉の獅子のような新頭領はディーノ兄。毒蛇のように頭の回る軍師はユリアナ王女。そして凶悪な新兵器を提供していたのはラヴィル殿下なのでしょう。
だからこの短期間で二人は一つの傭兵団の頭の座を勝ち取り、しかも団自体を売り出し中の人気者にできたのです。
なんという連係プレイ、適材適所。
ちらりとラヴィル殿下のほうを見ると、彼が肯定の眼差しを返してきました。
「偽金貨をばらまく時、本物の金貨を回収する必要があったんだ。へたにビアージュ伯爵一派に集められて鋳溶かされてはたまらないからな。この城の南の塔に保管してある。すべてが終わったら、じょじょに偽金貨とさしかえていけばいい。市場の混乱がおこらないように」
なるほど。各国をまたいで活動する傭兵団を、金貨回収の資金源にしたのですか。
ばらばらだと思っていたいろいろな事象が、すべて一つの目的に収束してきます。
「だが最期の最後にディーノたちがここに来るといってきかなかった。おかげでお前にすべてばれてしまったな」
「だって、一目みたいじゃないか、かわいい妹なんだから! さすがの俺も王都には近づけないし、この機会を逃したら、今度はいつ姿を見れるか。それにレミリアにでかい決断させることになるんだし、つきそってやりたくて……」
「私もレミリア様とお話ししたくて侍女役を願い出ましたの。だって義妹になる方ですもの」
ユリアナ王女が大人の女のゆったりした笑みを浮かべます。
「もうご存じでしょう? 私、本当はリヒャルト陛下を落とせと命じられてこの国にまいったのですわ」
そうでした。この人は陛下の妃候補としてテオドラが送り込んできた人でした。
「リヒャルト陛下も国と国との関係がありますから、無下にお断りになれなくて。私、それにのって押せ押せしてましたのですけど。そこをことあるごとにディーノ様に妨害されましたの。その内妨害するだけでは飽き足らず、私のことが好きだ、駆け落ちしようなんて言い出して。それしか陛下を守る策を思いつかなかったのでしょうけど、もう、謀略も何もない、真正面からのアプローチで。笑いをこらえるのに苦労しましたわ」
ころころとユリアナが笑う。
「でも宮廷という名の毒蛇の巣で、道具として育てられた私にはそんなところが驚きの連続で。気がつくと惚れてしまっていましたの。あの最低の母国を捨ててもいいと思えるまでに。だって私がリヒャルト陛下の妃になれば、この国には戦乱が起きますわ。そしてまわりまわってテオドラの悪評はさらに高まったでしょう。テオドラはここらへんで一度、拡大政策を休止したほうがいいのです」
「そういうわけで。俺もいつの間にか、まあ、本気になって」
だから国のためってばかりでもないんだ、と兄も照れたように笑います。
「彼、まだ私に指一本ふれていませんのよ。神の前で私が潔白だと誓い、誰にでも嫁げるようにと。私はまだリヒャルト陛下の婚約者候補で、テオドラの王女だからと。私が正式に神の身前で婚姻の式を挙げるまではと言い張って。……ほんとうに、愚直な人ですこと」
「お、おい、そんなことまで話さなくても……」
「だから、愛していますの。この方を」
あわてる兄をさえぎって、ユリアナがきっぱりと言う。
「彼は私が守ってみせますわ。宮廷で培った私の能力のすべてを使って。あなたの兄上は私が必ず新たな傭兵王としてみせます。ですから安心なさって、レミリア様」
「ユリアナ……」
兄がそっと、頭を下げるユリアナ王女に寄り添います。
それを見て、私は、ユリアナ王女が亡き父母に代わりカストロフ家の代表となる私に、兄との婚姻を許してくれと言っているのが分かりました。
ああ、私にも姉ができたのだなと実感します。
ディーノ兄は私以上に単純なところがありますから、ユリアナ王女が補ってくださるなら安心です。いい人を見つけたなと思います。
ラヴィル殿下が嫌そうな顔でユリアナ王女を見ているのは、似た者同士だからでしょうか。それとも大事な幼馴染の妻として、これからもつきあっていかなくてはならないからですか。
兄とユリアナ王女は無責任に駆け落ちしたのではなかったのです。
互いに互いの立場と家のことを考えて、つらい逃亡の道を選びました。そして力強く新たな道を切り開こうとしているのです。
城内に現れたテオドラの刺客は、ユリアナ王女と兄の行方を探っていたのでしょう。テオドラとしては、逃亡中の二人になんらかの処分をくださなくては、エルシリアに手を出せませんから。
「暑苦しい兄妹の再会はもうそれくらいでいいだろう」
眉間にしわをよせたラヴィル殿下が、兄たちとの間に割って入ります。
「そうですわ、今はそれどころではありませんでしたわね。ビアージュ伯爵父娘はこの城を出て、王都を目指したのでしょう? 他の招待客と共に」
そうでした。ビアージュ伯爵の狙いはこの城でのことを公表して、殿下の戻れる場所をなくすこと。殿下を取り込むために。その策は成功しつつあります。
「でもまだ策はなったわけではありませんわ、レミリア様。最後のカードである殿下はこうして私たちの手の内にまだおられますもの」
ユリアナ王女の冷静な声に、私の顔に生気が戻りました。
そうです、まだビアージュ伯爵の策はなっていません。ラヴィル殿下を急ぎ宮廷へ連れて行き、そこで皆にすべてを話せば。殿下が王命で、反王派を探るべく、あえて手を汚し、悪評をたてられる態度をとっていたのだと公表すれば。
殿下さえその結末で我慢してくだされば、加担した貴族たちの処罰だけで済みます。今後の陛下の治世ににらみを利かせるのなら、私がカスタロフ家の力を使って絶対にやりとげてみせます。
(追わなければ! ビアージュ伯爵たちを!)
その時、今は夜だというのに、烏たちが騒ぐ声が聞こえてきました。
窓のほうを見た私に、殿下が舌打ちをもらされました。
「侵入者だな。しかもかなりの数だ」
「え?」
「この周辺の烏は餌付けをして、警備の人手の足りない外郭の胸壁や塔にねぐらをつくらせている。そいつらが騒ぎ出したと言うことは、つまり」
攻め込まれたのです。
ユリアナ王女とディーノ兄様の身柄を求める隣国、テオドラの一隊に。




