43.昔語り・回想、俺の望む幸せには
『この部屋から出なさい、ラヴィル。人を呼んでおいで』
王としての顔をした兄をはじめて見たのは、病に伏した父の寝室でだった。
長らく胸の病に苦しんでいた父の余命はわずかだろうといわれていた。だが父は最期の執念を燃やしつくすように、病床で政務をとった。自分がすすめたカスタロフ家排斥と、エルシリア貴族の優遇を推し進めた。誰の眼から見てもカスタロフ家がつぶされるのは時間の問題だった。
『兄上』
寝室に入ったとたん、苦しむ父と、薬の入った瓶を握りしめたまま近寄らない兄と、それらが一度に眼に入って、俺は悟った。兄が何をしようとしているのかを。
寝台の中で苦しむ男を見る。
この男が、均衡をやぶった。
カスタロフ家を排除してどうなる。私欲にまみれた無数の狼に国を開け放つようなものだ。互いに反目し合い、自分の利益しか考えない国内貴族どもに舵を渡したら、この国はどうなるか。そしてディーノやレミリアは。
そこまで考えて、俺は父ではなく、兄にうなずきかけていた。
そして踵を返す。驚愕の眼でこちらを見る父の視線を振り切って、寝室を出る。
外にいた侍従に、医師を呼びに行くように命じる。
それと、王の苦しむ姿を見せたくないから、誰も通してはならないと衛兵に命じる。
再び寝室に戻ると、兄は変わらず、同じ姿勢で寝台の傍にいた。
『兄上』
後ろ手に扉を閉めて、俺は兄に近づいた。視線を父にあてたまま、兄がたずねる。
『ラヴィル、私はお前に人を呼びに行くよう言ったはずだが』
『侍従に代わりに行かせました。父上が発作を起こされた。騒ぎが起こってはまずいから、主席侍医を呼びに行くようにと。主席侍医は今、交代で城から下がっていますから、しばらくここへは誰も来ません』
俺の答えを聞いても、兄の顔は変わらない。同じ表情の失せた顔で、苦しむ父を見つめている。いつも穏やかな兄が、心の底に火炎の獣を飼っていると、あの時、俺は初めて知った。
『兄上だけに罪は犯させません』
すべての罪を背負う覚悟でいる兄の隣に、俺は並んだ。父を見据えながら手をつなぐ。
私たちは兄弟なのですから。
語らない言葉で語り合い、二人で父の最期を看取った。その息が完全に止まったのを確かめてから、兄が手にしていた薬瓶の中身を寝台の上にまき散らした。
『陛下は苦しみのあまり、薬をこぼされたのだ。私たちにはどうしようもなかった。いいな、ラヴィル』
俺は黙ってうなずいた。
ーーーその時からずっと俺の道は兄とともにある。今、こうして遠く居場所をへだてても。




