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42.私とあなたはすべてを偽る

 ざわざわと人が騒ぎ始めました。

 王国に出回っている粗悪な偽金貨。しかもこれだけの量、たまたま手に入れた、などと言い訳できません。


 ふと、マチルダ嬢と眼があいました、その眼は「もうこれで殿下は後戻りできないでしょう」と、言っていました。


 それで私は悟りました。

 この爆発、この偽金貨、この夜会。これらがすべてビアージュ伯爵が仕組んだ茶番劇だと。


 偽金貨鋳造は明らかな陛下への反逆行為。関与をにおわす設備を見つかった以上、皆、殿下が叛意を持つと考えます。言い訳など通用しません。殿下が生き残るためには、ビアージュ伯爵たちと手をとりあって本物の反王派となり、陛下に反撃するしかなくなるのです。


「……では、偽金貨も伯爵が運び込んだの」


 だってあんなもの、悪い噂を払拭するため、城内を捜索した時、ありませんでした。

 そして伯爵一行は多くの馬車とともにここへやってきていたのです。宿泊可能となってからは追加の馬車も来ました。あの中身はマチルダ嬢の着替えだけではなかったのです。


 でもすべて私の推測です。

 限りなく真実と信じていますが、皆に示せる証拠がありません。なのでこの流れを覆すことはできません。


 ビアージュ伯爵の声が響きました。


「我々はお暇をしたほうがよろしいようですな」


 皆の注目を浴びて、伯爵が勝利を確信した笑みを浮かべています。


「殿下は……お取込み中のようですから」


 招待客がすべて帰った広間は燦燦たるありさまでした。私はしばし呆然と立ちつくし、ふと、この場にいるべきなのに、いない人に気づいたのです。


「殿下は? どこへ行かれたの……?」




  ****




 数々の宝石の原石が光を放つ、夜空のただ中に浮かんでいるような小部屋で、ラヴィルは一人、壁にかけられた絵を眺めていた。


 笑みを浮かべた父、そしてまだ幼かった二人の兄弟。

 王宮の兄のもとにあるものと同じ構図、同じ画家の絵だ。ここへ移る時、何気なくもってきたものだが、時がたつにつれ、一人で眺める時間が増えた。


 絵の兄を見ていると、記憶の中の声が聞こえてくる。


『この部屋から出なさい、ラヴィル。人を呼んできてくれないかーーーー』


 ふうとため息をついた時、背後に馴染んだ気配がわいた。

 軽い足音。自分はどんな雑踏の中でもこの音を聞きわけ、愛することができるだろう。



******


 

「レムルか」


 ふり返らずに殿下がおっしゃいました。

 足音をたてたつもりはないのに、敏感です。


 私は戸口から数歩入ったところで歩みを止めていました。それ以上、進めなかったのです。だって空気が重い。そして張りつめています。


 殿下は肖像画を眺めておられました。

 割って入れない空気。 

 ですが問いたださなくてはなりません。真実を知らなくては。


 何故、ビアージュ伯爵父娘があの地下室の存在を知っていたのか。話したのは誰? そしてそれは何のために?


「……殿下、どうか王都へ戻るのが嫌だという本当の理由を聞かせてください」


 私はようやく、それだけを口にしました。


「……お前がそんなだから言えないんだ」

「殿下!」

「何故、逃げない? 俺はお前が察したように、あの地下室で偽金貨を鋳造した。そんな男が王の使者であるお前を生かして返すと思うのか?」

「あなたを信じていますから」


 はるか高い空で輝く太陽のように。幼い頃から私の心は変わっていません。そんな偽悪者ぶっても駄目です。私にはもう通じません。


「……私は村の住民に話を聞いた時、警戒されました。それは私たちが余所者で、しかも体格のいい傭兵たちだからかと私は思っていました。が、そうではなく、もし〈都から来た査察の使者〉というくくりで見られていたのだとしたら?」


 この地には何度か陛下から派遣された使者がきています。私たちも、彼らの一員とみなされていたのだとしたら。


「噂にあった、この近隣の村から姿を消した若者たち、彼らはあなたが使っているのですね、殿下」


 私は言いました。もう推測はできているけれど、殿下のお口から聞きたかったのです。

 今度こそ、私をかばうための誤魔化しではなく、真実を。


「そして贋金貨をばらまく密偵として使った。家族に金を届けたのは殺害したことへの口封じではなく、密偵まがいの仕事につかせた謝罪と彼らの給金、そうですね」


 貧しい村の者たちは喜んだでしょう、仕事ができて。彼らは殿下に感謝し、都からの使者を敵視しました。

 そしてそれを殿下自らがビアージュ伯爵に匂わせたのだとしたら? 

 自分が反王派になりうると信じ込ませるために、わざと隙を見せたのなら?


「陛下の反勢力を泳がしつつ監視するには、自分がその一員になるのが最も確実だから。私が知る殿下なら、兄君のためにきっとそうなさいます!」


 そして内部から出回る贋金貨の量を調節する。

 噂にはなるように。だが決定的に国が崩壊するところまではいかないように。敵味方の眼をあざむいてコントロールする。そんな真似、頭の回るこの人にしかできません。


 そして、仕上げにこの人は中立派や王派をも含めて皆の前で偽金貨鋳造に関わっていると見せかけたのです。殿下がビアージュ伯爵の思惑通り、伯爵の手駒になるしかない、追い詰められた、そう、伯爵に信じ込ませるために。


「だからビアージュ伯爵に夜会を開かせることを許したのですか? そして私の滞在を許したのも、彼を煽るため? 同時に私なら対抗するために異なる立場にある客たちを証人としてこの場にそろえるだろうと読んでおられたから。そしてビアージュ伯爵があの地下室のことを皆に暴露する計画であることも察して!」


 だから、止めなかった、この人は。ビアージュ伯爵の滞在も、夜会に出席する人を増やすことも。


 そして思惑通りすべて暴露されました。


 目撃した招待客たちはもう散ってしまいました。

 三日後にはリヒャルトの即位記念式典がはじまります。そのまま都を目指した者もいるでしょう。ビアージュ伯爵の思惑通り、陣営を異にするもの皆がラヴィル殿下に叛意ありとの報をたずさえて都へ行きました。噂の伝播はもう止めようがありません。


 それが最初からの筋書き。

 そして殿下にとって私の存在はイレギュラー。


 幼なじみだから分かる。分かってしまうのです。

 最初はもっと真面目な、発言力のある貴族を王の使者としてよこしてもらう予定だったのでしょう。


 なら、私への対応がぶれていたのにも納得がいきます。突き放すようで、それでいて共にいたいようなそぶりを見せたりしていた殿下の態度が。


 迷っておられたのです、殿下は。私を巻き込むか否かで。

 そしてあの夜、決められた。私を巻き込むことを。つまり計画を実行に移すことを。


 聡すぎる眼で子供の頃から大人たちを見てきた殿下です。でも根に純粋なものを持ち、欲はなく、生にすら執着していない方でもあります。そして何より、自分が存在するだけで大事な兄君の脅威となることを知っておられる方なのです。


 そんな方が今の状況を見れば、何をどう考えられるか。

 私はせつなくて、苦しくて。声を絞り出すように問いかけました。


「あなたは、リヒャルト陛下の治世を盤石のものとするために、反対派すべてを道づれに滅びるおつもりだったのですね」


 殿下は答えてくださりません。その顔は静謐そのものです。


 その無言に、私は悟りました。

 自分の推測がすべて正しかったのだということをーーーーー。


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