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41.金色の夜会

「ふ、ん。サイズはちょうどのようだな」


 夜会当日の夜、着飾って部屋を出ると、殿下の声がしました。

 

 でも顔をあげられません。

 彼の前で化粧なんてしたのははじめてで。うっすらと白粉をはたいて、唇に紅をのせただけですが、それでも一大決心をしておこなった初めてづくしが恥ずかしくてたまらないのです。


「どうした、顔をあげないとドレスが合っているかどうかわからない」


 ちょっと不服そうに言われます。

 しかたがありません。おずおず顔をあげます。


 とたんに、きっちり髪もととのえて、豪華な黒の正装に身を固めた殿下が見えて、あわててまた下を向いてしまいました。


(こ、この人の隣に並ばないといけないの……)


 成長した殿下の正装姿なんて見るのはこれがはじめてです。ですから覚悟が足りていませんでした。へたな美女など足元にも寄れない美形ぶり。それだけではありません。ちょっとした手の角度や、表情や。すべてが余裕と王族の貫禄に満ちていて、完璧なのです。


 つまり。その隣に並ぶと、社交の場などこれが初めて、満足に笑みも浮かべられない私のぎこちなさが際立ってしまうということで。

 

「す、すみません、不慣れで。強引に誘って申し訳ありませんでしたっ」


 びしっと九十度の角度で頭を下げます。

 あああ、私は何と無謀なことをしたのか。


 今さらながらに、こんな初心者を押し付けたことに、エスコート役としてフォローしなければならない殿下の苦労を思ってもだえてしまいます。


 だって恥ずかしいですが、私、ダンスもまともに踊れないのです。

 領地で一度兄が教えてくれようとしたことがあるのですが、兄の足で踏まれたら私の足など一瞬でぺちゃんこ。あわてて他の人たちが止めて、以来、私は同年代、同体格の相手ができるまで、ダンスの練習は禁止となったのです。そして引きこもりの私には何故かそういう相手が現れず、都から本職の教師を呼ぶ発想もなく、今に至ってしまったわけで。


 ぼそぼそとそこら辺のことを事後承諾の形で告白すると、殿下があきれたように言われました。


「だったらもっと早くに俺に教えを乞うなど社交の準備を怠ったことは後で教育的制裁をくわえてやるが。俺に面倒をかけることを気にしているなら、無用の配慮だぞ。それこそ、何を今さら、だ」

「え?」 

「なんだ、その間抜けな反応は。覚えていたから俺の相手に名乗りでたんじゃないのか? お前の初エスコート役は俺、ダンスの相手も俺、昔そう約束した。お前があの頃好きだった絵本にならって、俺が衣装も用意して、白馬に乗って迎えに行ってやると。だから毎年ドレスをつくっていたし、いつ足を踏まれてもいいように、初心者のダンスの相手をする練習はしていた。……今夜は同じ城内を移動するだけだから白馬はないが、それは我慢しろ。一応、厩には一頭つないである」


 ……何ですか、その少女趣味な約束は。まったく記憶にありません。


「すみません、思いだせません、それはいったいいつのことですか、頑張って思い出しますから、当時の状況を詳しく話してくださいませんか」

「頑張らないと俺とのことを思い出せないのか、お前は……」


 殿下がこぶしを握ってうめきます。重ね重ねすみません。私はいったいいくつ忘れていることがあるのでしょう。そしていったいいくつ、彼は覚えてくれているのでしょう。


 でも、私だって忘れていないことはあります。

 それは、殿下が私の今夜の相手を務めてくださること。


 からかうように殿下が手を差しだしました。


「どうかお手を。レミリア嬢」


 殿下に手を引かれ、床の上をすべるように進みます。階段をおりるとドレスの裾がふわりとひるがえりました。まるで宙を飛んでいるみたい。まさしく童話の中のお姫様扱いです。


 私たちが広間に現れると、皆がざわめきました。

 当然です。王家と一線おかなければならないカスタロフ家次期当主の娘を、殿下がエスコートして現れたのだから。ざわざわと皆が話しているのは誓約のことでしょうか。それとも殿下と陛下の不仲のことでしょうか。


 そんなざわめきを殿下がひと睨みで黙らせて、楽団に合図をなさいました。


 音楽がはじまります。

 招待主として、二人で広間の中央へ歩み出ます。一歩、二歩、三歩。優雅な動きで殿下が私をリードなさいます。彼の眼が愛おしいものを見るように優しく細められていて居心地が悪いです。そのお顔を見ていると、どうなることかとがちがちに緊張していた体から力が抜けました。


「ほら、思い出しただろう?」


 殿下が耳元でささやかれます。


「子どもの頃、大人の真似をしてよく踊った。薄情なお前の頭は忘れたようだが、体は覚えていてくれたんだな」


 私はかああ、と頬が火照るのを感じました。


 周囲から称賛の声が上がって、他の男女も手を取り合ってフロアに出てきます。

 ひるがえるドレス、きらめく宝石や金銀の飾り。軽快なリュートの音色がいつもは陰鬱な城を華やかな幻想の世界へといざないます。


 これは仕事です。でも楽しくて。

 ずっとこの時間が続けばいい。そう思った時、〈それ〉は起きました。


 皆が紅に頬を染め、うっとりと美酒に酔いしれた時、突然、どおんと、大きな音がしたのです。


 床が揺れます。

 そして炎があがりました。


 窓のガラスが外から砕け散り、どっと押し寄せた白煙とともに異臭がただよいます。招待客たちが悲鳴を上げ、咳き込み、その場に崩れ落ちます。


「な、何ごとだっ」


 とっさに殿下が私をかばってその殿下を私が懸命に腕を伸ばしてかばって。二人して身をかがめて、振り返ります。砕け散った窓の外に異変が起こっていました。


 はっとしました。


 主塔の北側を満たしていた堀の水が、渦を巻いて底にできた穴へと吸い込まれていきます。そしてその暗い濁流の間から、めらめらと炎をあげて燃える地下の空洞が見えました。


 それで私は察しました。何が起こったのかを。

 地下の実験室が爆発したのです。


(ど、どうして、殿下はここにおられるし、あそこは今は無人で)


 火の管理はバルトロがしっかり行っていたはずなのに。

 突然の事態に、私はとっさに動けません。そこへビアージュ伯爵の野太い声が大きく響きました。


「おお、爆発はおさまったようですな、危険はない。おや、なんと! 堀の水も引いていきますぞ、下に何かある!!」


 わざとらしいまでの大げさな身振りで、ビアージュ伯爵が窓のほうへと人を誘導します。

 これ以上の爆発はないとの言葉に安堵した招待客たちが、怖いもの見たさで、いったい何事かと窓辺へ押し寄せてきます。


 まずいっ。


 あの地下室には偽金貨を鋳造できる設備があるにです。一見だけでそれと察する玄人はそういないでしょうが、間の悪いことに、今、殿下にはいろいろな悪評が流れています。そしてその中には、陛下への反意から偽金貨をつくり、ばらまいているというものもあるのです。


 鋳造設備についてよく知らない者たちでも、こんなそれっぽい部屋を見れば、両者を結びつけて考えてしまいます。


「だ、大丈夫です、それより窓側に近寄られては危ない、どうか下がって!」


 私は腕を広げました。必死に人の波を止めようとします。その時、横手で、甲高い声が上がりました。


「大丈夫です、あっちですわ。あちらからなら地下に降りられましてよ、もう火も消えましたし、どなたか勇敢な方、けが人がいないか私と捜索にきてくださいませんこと?」


 マチルダ嬢です。

 彼女が取り巻きたちを誘導して、広間を出ていくところでした。


 そう、そちらには地下へ降りる階段があります。バルトロも身分ある客人たちを腕ずくで止めることもできず、押されています。


 駄目です。堀から見える実験室はわずかですが、正規の扉のほうからあの地下室を見られてしまったら。


「マ、マチルダ嬢っ、待ってっ」


 必死に追います。ですが慣れない踵の高い靴とドレスでは追いつけません。


 私がようやく立ち止まった客人たちに追いついたのは、扉を破壊された地下室のすぐ前でした。

 そこは、黄金のきらめきで満ちていました。


 金貨です。大量の金貨の山が、麻袋からこぼれ落ち、金色の流れを作っていました。

 しかもこの輝き、偽物のほうです。


(何故、こんなものがここにっ?!)


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