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40.夜会の準備その2

「それよりレミリアお嬢様には大事な仕事があるのではありませんか」

「え」

「殿下が拗ねて……あ、いえ、待っておられましたよ。夜会の出席者を増やしていいかは言いに来たのに、肝心のお嬢様が出席するかどうかおっしゃらなかったとかで」


 そういえば。

 私も中立派の貴族の一人です。


「……頭数をそろえるなら出たいけど」


 そもそも私は社交界デビューもしていないのです。この歳になって。


「それにそう言うつもりでここへ来たのではないから、準備が。そのエスコートしてくれる人もいないし」

「エスコートはともかく、ドレスでしたらちゃんと衣装室にご用意がありますよ」

「え」

「そもそもお嬢様、失念されていませんか。殿下が主賓なら、殿下はどなたをエスコートなさると思います?」


 あっ。しまった。夜会など出たことがないので、そこのところを失念していました。


 今のままでは、当然、マチルダ嬢がお相手となるでしょう。


 いくら私が中立派や王派を招いたところで、その前で堂々と殿下がマチルダ嬢をエスコートすれば、即、反王派についたと宣伝されてしまいます。


(どうする、誰か招待客の中から、無難な令嬢を選んで、出席してもらう?)


 アナのことも考えました。けれど、彼女は身分的に出席できません。

 ……と考えて、殿下に恋人疑惑を否定されたことを思い出しました。頬が自分でも赤く染まるのを感じます。


 あわてて対策を考えると、バルトロが退路を断つように言いました。


「お嬢様、お気が及びですか? ビアージュ伯爵様は御息女を殿下のお相手にするためにこの夜会を計画なさったのでしょう。なら、他の令嬢を殿下のお相手に推薦すれば、妨害するため何かをしかけてくるかもしれませんよ。その対策が必要です」


 確かに。罪のない令嬢たちを巻きこむわけにはいきません。


「幸い、このバルトロ、執事として殿下の日常は管理、あ、いえ、存じておりますが、まだお相手は決めておられない様子。ここはマチルダ嬢に先んじて行動すべきかと進言いたしますが」


 バルトロの眼が、レミリアお嬢様しかいないでしょう、と言っています。

 その理屈は分かるのですが。


 ぐるぐる考えます。私は誓約があります。正式に社交界デビューしていない半端な身です。いくら地方の居城での私的な夜会とはいえ、そんな私が殿下の隣を奪えば。いったいどんな反発があるか。


(それでも、絶対にマチルダ嬢に相手を奪われるわけにはいかない!)


 そして他に人はいないのです。私が殿下とともに出席すればいろいろ言う人がいるでしょうが、それよりも重要なことがあります。


「おや、お嬢様、ちょうどあそこに殿下が。申し込まれてはいかがですか」


 言われて見ると、実験室の帰りでしょうか。殿下がちょうど扉の外を通りかかられたところでした。


 早い者勝ちです。

 出て来た結論を、私は勇気が萎えないうちに、一気に殿下にぶつけます。


「殿下、夜会の日は私をエスコートしてください! お願いです!」

「……逆勧誘されたのははじめてだ」


 あきれたような声がしました。

 でも殿下はぽんと頭に手をのせてくれました。それは了解の証です。


「部屋まで迎えに行く。用意してろ」


 低く囁かれた声が、妙に色っぽくて、仕事優先と思っていたのに私は頬が熱くなるのを感じました。


  ***


「よく決意なさいましたわ、レミリア様!」


 部屋に戻ると喜色満面のアナが出迎えました。

 殿下と夜会に出ると決めたのはついさっき。なのに、何故もう知っているのでしょう。


「さ、時間がありませんわ、手入れは数日前から始めるものでしてよ。まずは湯あみを。腕によりをかけて私があなた様を美しく飾ってみせますから! ああ、当日のドレスは何色がよろしいですかしら」


 アナが衣装室の扉を大きく開きます。中には緑や青、それに白を中心に、さまざまな意匠のドレスがずらりとかけられていました。


「さあ、どうぞ好きなものをお選びください」

「え、あ、あなたのドレスを借りるわけには。サイズも違うし、その、私はあなたのような女らしい体型ではないから。バルトロが何着か私のドレスの用意があると言っていたのだけど……」


 独身男性の居城に大量にあるドレスの理由を私なりに考えたのです。恋人疑惑は消えましたが、それでも他に候補がいないので、殿下がアナにつくったのではないかと。


 なのにアナが目を丸くして否定します。


「何をおっしゃっておられるのですか。これはすべてあなた様のドレスですよ」

「え?」

「殿下があなた様の爺やさんに聞いて、毎年どころか毎月のようにつくっておられたのです。領内のお針子を育成するためとか建前をおっしゃってましたけど。いつかあなたがここへ来てくれる日をずっとお待ちだったのでしょうね。自分から迎えに行けなかったから」


 嘘、どうして。でも、かあっと頬が熱くなってきました。


 アナにすすめられて、銀の光沢のある青緑色のドレスに腕を通します。なめらかな繻子の心地よい感触に、ぞくりと肌が泡立ちます。

 肩を飾る薔薇の造花から細い袖、袖口の白いレースへと眼を流していって、


 ふと、むき出しの手で視線が止まりました。思わず眼を逸らせます。

 ペンばかり握ってきたからインクが染みついています。無骨なペンだこが優美なドレスに似合いません。


 その手を、アナがそっととりました。


「大丈夫、優美な手袋がありますわ」


 優しく妖艶な美貌が笑っています。


「おまかせくださいませ、レミリア様。私があなたを女神のように変身させて差しあげます。マチルダ嬢になどまけませんわ」


 器用な手つきで、アナが私の髪にふれます。「どんなふうにしましょうか」と、いろいろ夜会向きの髪型を示されて、私は驚きます。


「そんなにたくさん髪型があるの? えっと、その、アナはそれを全部、結うことができるの?」

「ふふ、誰にでも得意なことはありますわ。ドジで、色香だけで主を惑わして居座る愛人志願と思ってらした?」


 はい。それに近いことを考えました。恥ずかしくて、下を向いてしまいます。


「ふふ、正直ですこと。でも安心なさって。殿下と私はそういう関係ではありませんから。私、こう見えて既婚者ですのよ。夫を愛していますわ。私、あなた様のことが妹のように見えますの。つい、かまいたくなってしまいますわ」


 事前に殿下にお聞きしていたからだけでなく、アナのその言葉は真実だと信じられました。だって首筋にふれる彼女の手がとても温かいです。


 まるで姉か母に身支度を手伝ってもらっているような。

 母はすでに亡く、女の家族などいないから想像でしかないですが。


 湯あみをしている間に、アナがドレスに合わせて装飾品や靴もすべて選んでくれました。

 鏡の前へ誘われます。やさしく頬に白粉をはたかれて、紅をつけるために唇をおさえられた時、つい、殿下にふれられた夜のことを思いだしました。


 見開いた瞳に、近すぎる殿下の顔が見えて。

 そして頬に彼の息がかかりました。


 複雑な立場の私たち。殿下もあれから何もおっしゃりませんでしたし、その後も態度は変わっていません。


 いろいろ考えないといけないことがあります。でも、今は。

 今だけは彼のために装いたい、せいいっぱい女らしくしたい、そう思いました。


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