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39.夜会の準備その1

「お嬢、なにやってるんっすか、それ、さかさまですぜ」

「え? あ、ああ、ごめんなさい、ぼうっとして」


 私は手にしたリストをあわてて持ちなおしました。


 まだこの近辺に残っている、もしくは移動中でも引き返してきてくれそうな貴族たちのリストアップ中です。一刻でも早くリストを仕上げて招待状を手に、説得に回らなくてはなりません。噂の真相を突きとめる調査も続行中だし、食事をとる暇もないくらい、仕事に忙殺されています。


 なのに、焦れば焦るほど妙な失敗をしでかすという悪循環に陥っています。


『お前、俺と兄上、どちらの味方だ』


 前に殿下に言われた言葉です。


『俺が叛意を抱いているという疑いを払しょくできなかったら。お前は俺を討つか?』


 マチルダ嬢に煽られて、とっさに、私も招待客を招くと宣言し、殿下から「できるならやってもいい」と許可はもらいましたが。それ以上の言葉はありませんでした。


(殿下は、何を考えておられるの?)

 

 眉をひそめられなかった。ならば私の行動は殿下の考えておられる予定に抵触していないとは思うのですが、それでも何の言葉もなかったことが気になるのです。


 殿下がまだ隠し事をしておられるのは確かです。本人もそうおっしゃいました。


 なのでそこは理解していますが。それでも少し不満です。


 昔のかばわれていた子分の時代なら仕方がないかと思いますが、今の私はもう裏事情も分かっているのです。


(もう少しくらいは打ち明けてくださってもいいのに)


 なら、私は殿下の望む方向がわかって、もう少し、的確に動けるのに……と、思いかけて、気づきました。


(もしかして、言いたくても、言えなかった……?)


 だって。


(私の立場が、わからないから)


 王の使者としてきたカストロフ家の娘。

 だけど同時に、幼馴染として殿下に恋心も持っていて。


 殿下の味方ではあるけれど、同時に陛下の味方でもあるのです。私にとっての正義と殿下にとっての目的が食い違う可能性があるのです。


(だからどちらつかずな娘をどう扱えばいいか。殿下も言えずにいらっしゃる……?)


 自然とまた手が止まりました。

 一緒にリスト作成をしてくれているレオがため息をつきました。


「お嬢、もういいじゃないですか、爵位だの、領地だの」

「え……?」

「母君も亡くなった。ディーノ兄もいない。ご親族も物分かりの良い方たちで、お嬢がこうすると言えば反対はしないっすよ。なのに何故エルシリアにこだわるんす。この世界にゃ他にもいっぱい国はあるのに」

「カストロフ家も俺たちももともと自由な傭兵なんだ。俺たちの主君は自分自身。その時、つきたいほうへついて、自由に生きればいいんすよ。無理に毒蛇どものすむ宮廷抗争なんかに首を突っ込むことなんかねえんっすよ」

「そうそう、誓約だなんだは知らないが、先にカスタロフ家が邪魔だって言ったのは先王陛下、つまり王家じゃないっすか。もうあんな誓約、守る必要はないっすよ」

「皆……」


 ……確かに、気持ちいいでしょう。風の向くまま気の向くまま。自分の心に正直に、決まった主を持たずに生きるのは。


 窓の外を見上げます。

 秋の青い空はどこまでも高く、広いです。そして太陽はどこまでもまぶしく、澄んだ光を投げかけています。


 だけど……。


「……ごめんなさい」


 私は顔をうつむけました。自分が踏みしめている床を見ます。この国の大地につながる足下を。


「私は……。自由に生きるには、ここに未練が多すぎるの、たぶん」


 思いきれません。


 この地上、どこへ行っても昼になれば太陽がすべてを照らしてくれます。だけど、温かな日差しのような王家の二人がいるのは、エルシリアの宮廷だけなのです。


 殿下とあの時間を過ごしてしまった今、私はもう自分の心に嘘はつけません。


 王命だから、国のためだからだけではありません。


 どちらをとる、ではないのです。

 どちらも欲しい、のです。


 殿下が好き。恋人として。

 ですが同時に陛下のこともお慕いしているのです。幼馴染の主君として。


 お二人が共に生きられる世を願わずにはいられません。そしてその傍らとまではいわないけれど、それが見えるところに私はいたい。


「その、だから皆に頼んでるこの仕事には私の私情がはいってしまってる。その、だから無理に付き合わせようと言うのはおかしくて、今気づいたけど、やっぱりこれは私がするから……」


 言って、皆の手からリストをとろうとした時、レオがぽつりと言いました。


「……しゃあないなあ」


 レオがくしゃっと自分の髪をかき回します。


「おい、クロード。お前、女たらすの得意だよな、それが年輩の未亡人でも」

「ああ、まかせとけ。ヴェルヌ男爵夫人のことを言ってるなら、必ず出席するよう口説き落として見せるさ。ついでに隣の領のヘンダㇽ伯爵も任せてもらっていいぞ。あの男は妻の言うことならなんでもきく」

「ク、クロード? レオ……?」

「あのな、お嬢、お嬢と俺らが何年の付き合いだと思ってるんだ? 俺らはお嬢がこーんなちっこい時、子どもの時からずっと一緒だったんだぜ? もう家族ってーか、父親の心境だよ」

「ずっと頑張ってきたお嬢のはじめての恋なんだ、応援してやらなきゃ男じゃないぜ」

「そうそう、俺らはお嬢の兄代わり、親代わりなんだから。どーんとまかせとけ」

「たまには年長者に主導権をゆずるもんだぜ。安心しな、お嬢、俺らのこれも私情だ。だから遠慮せず頼ってくれよ」

「み、皆……」


 かっこよすぎるでしょう。


「だけどお嬢、勘違いするなよ。俺らはラヴィル殿下の心を信じているからこんなことするんじゃない。あの人は会ったばかりのよく知らない他人だしな」

「だが、俺たちは俺たちの頭を、カストロフ家の次期当主を信じる」

「お嬢、あんたの人の見る眼を俺たちは信じてる。俺らが使者になって招待客を迎えに行きます。いざとなったら首根っこをひっつかんで……は殿下の印象が悪くなるから却下として、きちんとからめ手から責めて必ず出席させますよ」

「だからお嬢は誠意を込めた招待状と受け入れ態勢のほうをよろしく」

「ありがとう……!」


 万感の想いを込めて私は皆に頭を下げました。


 幼い日、はじめて王宮に伺候した時から。

 他の貴族たちがカスタロフ家のことをどう思っているか知った日から、私はいつも歯を食いしばりつつも、うつむいてばかりだった気がします。


 周りの眼を気にして。周りの声に踊らされて。言いたいことも言えずにうずくまっていました。そんな中、堂々と人を見くだす殿下にどれだけ救われたか。


 だから今度は私が殿下を救う番です。

 周りの眼など、糞くらえ。絶対この夜会を無事終えて、彼を兄君の待つ都へ連れていきます。


 急いで手紙をしたためます。カストロフ家の娘として今までの不親交を詫び、陛下と殿下のためなのだと事情を記した、各人にあてた、心を込めた招きの手紙を。そして近隣にある親戚の領地へも。人手を送ってほしいと要請の手紙を書きます。


 それぞれ早馬で送り出して、それから私は城の地下へと向かいました。

 厨房へ行って、執事と使用人たちに招待客を倍増させたことを謝ります。人手が足りないなら部下を貸すと言うと、バルトロと厨房長が渋く片眼をつむってみせてくれました。


「殿下とレミリアお嬢様のためです、腕によりをかけますよ」


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