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35.問いかけ

 レオ曰く、テオドラという国は子どもの英才教育に長けたところだそうです。


「例えば刺客用だと、見どころのある子を集めて、怪しげな薬をのませて通常とは違う筋を発達させたりするんです。普通とは重心が違うから、まず、動きを読めません」


 隣国テオドラ。

 国土こそ小さく、豊かな資源があるわけでもない国ですが、その力は油断がなりません。何しろ姻戚関係にある同盟国がやたらと多いのです。


 テオドラ王家のやり方は単純です。王家に生まれた美しい王女たちに特殊な教育を施し、他国へ嫁がせる。嫁いだ娘はじわじわと婚家で勢力をのばし、やがて国を乗っとる。そうしてテオドラはこの乱世を生き延び、勢力を拡大してきたのです。


 一年前、テオドラ第七王女、ユリアナ様がエルシリアの宮廷に現れたのも、表向きは友好使節としてでしたが、明らかにリヒャルト陛下狙いなのは皆にも分りました。

 国交問題があるので、ユリアナ様の滞在を拒むことはできませんでしたが、その扱いには陛下も困っていらしたといいます。


(ある意味、ディーノ兄様は国を救ったのですよね)


 もしリヒャルト陛下がユリアナ様を妃に迎えていれば。

 今頃、反王派が騒ぐ隙をついて、テオドラが堂々とエルシリアに手を伸ばしていたでしょう。

 ユリアナ様が駆け落ちという醜聞をおかしたおかげで、テオドラも次の王女をエルシリアに送り込むことはできずにいるのです。兄とユリアナ様の恋がテオドラの侵攻をはばんだのだといえます。


 そんなテオドラの刺客が、何故この城に?


 いくら私がディーノの妹でも、王女探索に一人でも人手を割きたいであろうこの時に、貴重な刺客を差し向ける意味が分かりません。兄への見せしめ、それとも私を人質にして兄とユリアナ様をおびき出そうというのでしょうか。


 それとも殿下を狙ってでしょうか? 

 殿下の私室は同じ主塔内にあります。たまたま侵入経路を探っていた姿を私に見られて、口封じに襲ってきたとか? テオドラがまだリヒャルト陛下の妃の座をあきらめず、陛下の治世をおびやかす殿下を消そうとしたとか。


 いくらでも理由はこじつけられて、考えれば考えるほどわからなくなります。


「刺客のほうは動機こそ謎ですけど、テオドラの者に間違いないとして、ではもう一人、私を助けてくださった方はなんでしょうね」


 助けた動機は? そんな真似をしてどんな利益が彼にあるのか。これまたわからない。


「素手でテオドラの刺客を倒すなんて、並みじゃありませんよ。俺らでも難しいっす」

「となると、あなたたち以上の手練れか、本格的な訓練を受けた密偵?」


 さらにクロードが難しい顔をします。


「これは不確かな情報だから、黙ってたんですが。お嬢、〈碧星獅子旅団〉って知ってますか」

「ええ、今、売り出し中の傭兵集団でしょう? 最近、頭が変わったとかで。ますます侮れなくなったとか。できる軍師もいて剣の腕だけでなく、毒まで使うとか。エルシリアは我がカスタロフ家がきっちり守ってますけど、大陸各地はまだまだ乱れたまま。傭兵の需要はありますものね」

「実は俺の古い馴染にその〈碧星獅子旅団〉にいる奴がいるんですけど。そいつをこの城の外の森で見たかもしれないんですよ。ちらっと遠くからなんで、はっきりあいつだって言えないんですけど」

「マジか? それってやばいんじゃ……」


 他の傭兵たちが色めき立ち、私も自分が青ざめていくのを感じました。


 今、皆で払拭しようとしている殿下の悪い噂。領内に私兵を集めていなくても、傭兵団が領内にいるのなら、兵を集めているのと変わりません。申し開きなどできなくなります。


 先ほどのお茶会での甘い表情、王家の王子として女官たちに裁きを下していた幼い顔、いろいろな殿下が脳裏に浮かびます。


(殿下……)


 私は思わずふり向いて、殿下のお姿を探してしまいました。


  ******

⦅殿下視点です⦆


 その頃、城の地下では。

 俺は一人、保管した書類を眺めていた。レミリアたちがどこまで調べたか、見られてはまずいものは見られていないか、逆に見られたいものは確実に発見してもらえたか、チェックする。


 遠くでまた悲鳴が聞こえた気がする。それに加えて、どすどすと重いものを抱えた何かが地下へと降りていく足音が。


(また刺客か。凝りないことだ)


 この城の防備は万全だ。いろいろ猟奇な仕掛けをつくったのは趣味だけでない。非力な使用人は別棟で眠らせているし、この主塔に残した者は皆、自力で戦えるものばかり。仕掛けの隙間を縫って内部に侵入する者がいても、今の城内には熱湯をかけて窓から突き落としてもぴんぴんしている、あれがいる。完璧だ。


(それに今はレミリアたちもいるのだったか……?)


 初日にむくつけき男たちを従えて、あの罠の数々を突破した彼女だ。刺客と遭遇してもなんとか乗り切ってくれるだろう安心感がある。かえって城の警備を強化しましょうと張り切るかもしれない。


 なんとなく、心が和んだ。共に悪戯を繰り返した頃を思い出して。


 眺めていた書簡を置き、燭台の火を見る。時折きらめく火の粉が、レミリアの怒った瞳を思いださせて、ラヴィルは自然と口の端をゆるめていた。


 少しも変わっていない彼女の怒った顔が面白くてたまらない。

 女官のドレスに毛虫を仕込んだり、偉そうな親父のかつらを釣竿でひっかけさせたり。普通の貴族の令嬢なら、そんな真似できませんと眉をひそめるだけだろう。

 だが彼女は凄い凄いと言って俺についてきた。自慢げに子分ぶっていた。そんなレミリアは本当に可愛いかった。

 それが自慢で、だがそれを真っすぐに言葉にするにはあの頃の俺は子どもすぎて。

 照れて、お前の顔は子分にするにはおもしろ身に欠けていると言った。すると翌日、レミリアは顔にインクで髭を描いて現れた。これで面白くなりました、殿下? と大真面目に言って。


 信じられないくらい一途で。だからだと思う。今でもふとした折に彼女をいじめてみたくなるのは。

 相手は無邪気に微笑んだだけなのに、どうしようもないほど捕らわれた。そのことが悔しくて。それでいて、どれだけ怒らせても傍から去らない、そのことを確かめたくて。


 だから。彼女をいじっていいのは俺だけだ。

 彼女を白い眼で見る者は許せない。


 俺が地下を出ると、ビアージュ伯爵が待っていた。


「殿下、そろそろはっきりとした返事をいただけませんかな。まさかとは思いますが、あのカストロフ家の令嬢のせいでお迷いですか? カスタロフ家と王家は結ばれてはならない定め。それにあの令嬢はディーノ殿のことを知れば、エルシリア王家を許さないでしょう」


 私は陛下とディーノ殿との密約を知っているのですよ、と ビアージュ伯爵の細めた眼が笑っている。


「カスタロフ家排除は先王陛下のご意向。リヒャルト陛下は先王陛下のなさったことをすべて無になさろうとしておられる。若さ故とは思いますが、私どもには現実を知っておられる殿下のような主君こそが望ましい」


 俺は眉をひそめる。この男には、ディーノの献身も強者におもねる弱者の行為としかうつらない。

 だから適当に話を合わせる。あの兄妹を巻き込むのは不本意だが、こうなってはしょうがない。


「王家の剣たるカスタロフ家、それを私が奪えばどうなると思う? 兄上が王位にしがみついていられるのも、いざとなればカスタロフ家を動かせると思っているからだ」

「なるほど、リヒャルト陛下を丸裸にするおつもりですか。さすがに容赦がない。ではレミリア嬢は駒とお考えで」

「よそ見はするなよ、ビアージュ伯爵」


 低い声でささやく。


「私は私を第一に考える者しか傍に置く気はない」


 この男にはもう少し、働いてもらわなくてはならない。


 ビアージュ伯爵がうやうやしく膝をつく。

 片手を差し出すと、印章を刻んだ指輪に伯爵が口づけた。


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