28.殿下、何故ですか?
もやもやします。
殿下からバルトロ経由で私の大好きな艶々の砂糖衣のかかった梨のタルトが届けられましたが、食欲がわきません。重症です。
いえ、別に子ども扱いされたとか、マチルダ嬢に勝ち誇られたのに何もできなかった自分の意気地なし具合を引きずっているのではありませんよ。
もちろんそれもありますが、それより気になってしかたがないことがあるのです。
あの殿下の口ぶり。それに、
(殿下は、大人の話がある、とおっしゃいましたよね……)
あれはどういう意味でしょう。あの時は子ども扱いされたとムカッとしましたけど。文字通り、大人の話、政争の話だったとしたら?
考えたくありません。
でも殿下は伯爵を受け入れられました。その意味は何でしょう。あの殿下が猟奇の城にひるまなかった親子に興味を持った、なんて行き当たりばったりな理由で伯爵の滞在を認めるわけがありません。そもそも伯爵たちは大人数で突然押しかけてきました。なのに何故、こんなにスムーズに部屋の用意ができたのでしょう。バルトロが優秀だからと言えばそこまでですが。
「ねえ、お嬢、そんなに悔しいなら、やっぱ嬢も参戦したらどうです」
休憩がてらそのままついてきて、部屋でお茶をしている傭兵たちがお菓子をぽりぽり食べながら言いました。
「難しく考えることないっすよ。これだって仕事の内っすよ」
「仕事?」
「マチルダ嬢をおさえて先に殿下を落としちまうんっす。殿下だって男だ。惚れた女の言うことは聞くでしょう。惚れさせて、可愛く、一緒に宮廷に顔を出して、婚約破棄して、ってねだればいちころじゃ」
「そ、それは、今まで考えたこともなかったです……」
確かに今は一つ屋根の下で寝起きしています。この状況を生かさない手はありません。
でも……。
「ごめんなさい。せっかく考えてくれたけど、こればかりは無理」
だって。
「殿下が私にころりといくわけないもの。幼馴染だから気安くしてくださってるけど、どちらかといいうと玩具扱いというか」
玉座の間でもさんざんいじられました。正餐の席でも真面目に語れば突っ込みが入りました。今朝は顔を見るなり回れ右をされましたし、一人前扱いしてもらえていないのは一目瞭然です。
「殿下の中では、私はまだ七歳のディーノの妹なんだと思う」
そんな相手に殿下はひっかかったりなさらないでしょう。何をやってるんだ、と眉をひそめられて終わりです。
「えー? レミリア様はそうおっしゃいますけど、じゅうぶん特別扱いされてると思いますわよ。ちょっとひねくれてると言うか、わかりにくいですけど」
傭兵たちに混じって、くいと酒杯を傾けながらアナが言います。
「バルトロから聞きましたもの。昨日の正餐のメニューは手違いでしたのよ。レミリア様のお好きな果物や絵本で好きだった二羽の小鳥のモチーフを使えと言われたシェフが、勝手に血の滴る肉と合わせたり骨格標本にしたりしただけで。殿下ったら出来上がりを見て頭を抱えて、ごまかそうと部屋の灯りを落とされたそうですわ。逆効果でしたけど」
「だよなあ。今日、城を調べたでしょう? 昨日の罠の辺りも見たんすけど。俺らの体重で反応する罠はえげつないのばっかだったけど、お嬢で反応する奴は、なあ」
ああ、と傭兵たちがうなずきます。玉座の間の落とし穴は、底にふかふかのマットが敷き詰められていたそうです。
「槍衾だってよく見りゃ刃先つぶしてあったし、怪我しない程度に重さも抑えてあったし。現にお嬢、あの時落ちてる槍、一人で拾って使えたでしょ?」
そう言えば。備品チェックで何度もさわった槍ですが、昨日のは軽かったです。あの時は興奮していましたし、火事場の馬鹿力という奴かと思っていたのですが。
むー、とうなって考えます。ですが答えが出ません。そんな手加減こそが子ども扱いではないかとか、考えれば考えるほどわからなくなります。
それに。
やはり殿下の陛下に対しての態度がわからないのです。
何故、陛下に不満があるともとれる態度をとるのか。人に馬鹿にされるのが我慢ならない性格なのに、悪い噂を記録するだけで放置しているのも何故?
行動にばらつきがあるというか。幼い頃の兄想いの殿下のことを考えるとどうしても納得いきません。
(だって殿下は別に王位が欲しいとか、そんなこと考えておられませんでしたよね……?)
どちらかというと宮廷の力関係を煩わしいと感じていて。
だから関われば嫌でも反王派に祭り上げられる伯爵父娘など避けるはずなのに、殿下は伯爵たちを受け入れておられる。
釈然としません。
釈然としないけれど、備えはしておいた方がいいというのだけは理解できて。
「……やっぱり。色仕掛け要員なら、もっと成功率が高そうな人材をひっぱってくるほうが無駄がない気がするのだけど」
「あー、ぐるっと戻ってやっぱそこに着地しますか。でもひっぱってくるってどこから? 今、へたな人間を城に入れるわけにはいかんでしょう」
「ではアナが」
「あら、お忘れですの、レミリア様。私、今はレミリア様の侍女してますけど、もともと殿下陣営ですのよ。殿下を篭絡しても、レミリア様が望む方向にあの方を説得するなんて無駄な労働いたしませんわ」
「で、ではここにいる誰かが女装して」
「「「何故そうなる!」」」
うーん、やっぱり無理か。ならとりあえずこの件は保留にして。
「では、目下の敵への対処として、逆を考えてみましょう。攻撃策ではなく防衛法を。こちらが殿下を落とすのではなく、マチルダ嬢に落とされないようにするにはどうすればいいか。そう、殿下の貞操を守る、そういう方向で考えてみましょう!」
「そうっすか? うーん、じゃあ、とりあえず心配しないといけないのは今夜っすかね」
「今夜?」
「ええ、到着したばかりだけどあっちの気合は満々だし。初日だと城側も油断してるから突破しやすいし。動くなら今夜でしょ。さっきのお嬢の邪魔立てで焦ってるはずだし、戦術の基本っす。先手必勝、相手が防備をととのえる前に夜襲をかける。つまり夜這いっすよ」
「それは……」
まずいです。万が一、殿下がマチルダ嬢に押し切られれば未来の王弟妃誕生です。
「バ、バルトロに了解をもらって、すぐ殿下の寝室周辺の通路を閉鎖、隔離して……」
「あら、そんなことより簡単な方法がありますわ」
アナが言って、胸の谷間から何やら細い小瓶を取り出します。
「殿下に一服盛って行動不能にすればいいのですわよ。マチルダ嬢の行動を制限できないなら、殿下の側から懸念の種を元から断つ。よい考えでしょう?」
アナの大胆な作戦に、傭兵たちが、おおーと声をあげます。
いえ、だからアナ、あなたは殿下の正規の恋人ではありませんでした? そんなことをせずともあなたが一晩、傍にいれば済む話では。
そもそも王族たる殿下に一服盛るなど臣下のすることでしょうか? 今もきっと可愛い(?)弟君を心配しておられるであろう陛下に申し訳が立ちません。
私は主張しました。が、通らず。
折衷案をとって、殿下を酔いつぶして行動不能にする案を採択することになりました。
陛下、申し訳ありません。弟君への不忠は彼を都へ連れ戻す成果でもってお詫びいたします。




