27.閑話・王弟の立場
エルザ様との会見後。
レミリアは公務を離れられないエルザ様に代わって、父親に付き添われて侯爵家の領地へと帰っていった。
俺が関心をもつと皆に知られると、エルザ様の骨折りが無駄になる。なので表立っては消息を聞くことはできなかった。が、近衛見習となったディーノ経由で、そちらでのびのびと暮らしていると聞いてほっとした。
折々に聞く話では、彼女は幼い頃の体験に、あの墓所やお茶会での恐怖がトラウマとなって影響し、己の記憶を改ざんしているところがあるらしい。回復するのかと心配になるのと同時に、意地悪殿下と完全に俺の記憶がすり替わっていることを聞いて、壁に頭をぶつけたくなった。
が、まだその頃は良かったのだ。
そしてさらに数年がたって、俺たちはまだ大人とは言い切れないが、それでも社交界に出る年齢になった。
まず、兄が。そしてディーノが大人の仲間入りを果たした。
遅れて俺も正式に社交の場に出るようになった。
初めての夜会。群がる令嬢たちの中に、いつも彼女の姿を探していた。彼女の歳が俺たちに追いつき、社交界デビューしてもおかしくない年になると、彼女が来ているかもしれないと胸が騒いで、行きたくもない夜会でも、毎回、顔を出していた。
だが、彼女は来なかった。
ディーノは口を濁したが、トラウマがまだ治らず、同年代の令嬢たちがいる場には出れずにいるらしい。
胸が痛んだ。守り切れなかった昔の自分が悔しくて。
そうこうするうちに、エルザ様が亡くなった。
事故だった。夫妻で乗っていた馬車が崖下に転落したのだ。
早すぎる死に、後を継いだディーノも忙しくなった。彼女は領地にこもってディーノの補佐をすることにしたらしい。
しかたがないと思った。
会えないのはつらいが、王子が軽々しく一貴族の領地には行けない。それに何より、まだ彼女を迎えに行けるだけの自信をもてなかった。完璧主義の俺は、もう二度と失敗を繰り返すつもりはなかったのだ。
それに俺のほうも兄の補佐をしなくてはならない立場になっていた。
俺は王太子の弟という立場を、血筋の予備と考えている。
もっと派手に動いて兄王子を支えるべきという者もいるが、俺がへたに表に出ればよけいなことを考える者が出る。王家に二人の王子がいるとそれだけで騒乱のもとになるのだ。俺は兄上の地位を脅かすつもりは欠片もなかった。
だからいざという時のための教養は積んでも、俺は政治に関わることはしなかった。兄上もそこは理解してくれていた。
ところがそれが覆った。
父王が壮年の、これからという歳で亡くなったからだ。
未だ二十歳という新王を、さっそく臣下たちが食い物にしようとうごめいた。王家の盾と呼ばれるカストロフ家も代替わりしたばかり。後を継いだ若い二人、ディーノと兄を守らなければならなかった。
当然、俺は表に出る。注目を今以上に浴びるようになって、案の定、悪い虫がついた。
ビアージュ伯爵。
一応、王権を支える親族だ。理由もなく遠ざけられない。
そんな複雑な折に、若き王を取り込める好機と思ったのだろう、隣国テオドラが大使という名目で王女を送り込んできた。
粗略に扱うわけにはいかない、だが油断のならない相手。
そんな俺たちを見かねたのだろう、ディーノが動いた。
家を捨てる覚悟で、俺たちを救ってくれた。俺たちに言えば反対されると知っていたからだろう。彼は誰にも何も言わないまま姿を消した。
勝手に動いて、と感謝しながらも怒った。
そしてレミリアを迎えに行く道が完全に閉ざされたことに気づいた。こうなった以上、レミリアは家を継ぐと言う。だが〈誓約〉がある限り、当主は王族との婚姻はできないのだから。
ああ、俺の初恋は告白もしないままに終わったのだなと思った。
この期に及んで、今までは往生際悪く、名をつけることができなかった思いを、俺はやっと恋だったと認めたのだーーーーー。




