25.閑話・二度目の別れ
その日、俺は荒れていた。
レミリアがお茶会に参加して、池に突き落とされた。なのにその犯人を公にすることができなかった。自分の無力さに腹が立っていたからだ。
油断していた。ここしばらく何もなかったからと。
お茶会に行く情報は得ていたのに、すぐディーノが合流するからと彼女を止めなかった。母である王妃がレミリアのことは疎ましく思っているのは知っていたのに。
それでも嫌な予感がして、講義を切り上げて兄と様子を見に行ったのだ。何事もなければ陰から見守ってそっと帰ろうと思って。だが遅かった。レミリアは害された後だった。
彼女が傷つけられた、それも衝撃だった。だが何より、
とうとうレミリアは自分に向けられた悪意に気づいてしまった。
彼女を侯爵家の迎えの手にゆだねる時、小さく、「今までいろいろ気づかなくてごめんなさい」そう消えそうに言ったのが忘れられない。
彼女はそれから王宮への伺候をやめてしまった。
見舞いを送っても、代筆と分かる儀礼めかした返事が届くだけになった。
強引に会いに行くことはできなかった。彼女を守り切れなかった後ろめたさがあった。それにその頃から祖父が体を壊し、俺の行動も父王に制限されてしまったから。
彼女と会えない日々に考えた。これからのことを。あの二人を守る、そのことを最優先にして。悔しいが自分の手でという思い上がりは捨てて、必死に考えた。
ディーノはいい。その頃、もう十四歳になっていた彼は、その天賦の才で騎士見習として一目置かれつつあった。誰も彼に手出ししない。それだけの風格がすでにあった。
だが、レミリアは。
まだたった七歳だ。なのに俺や兄が踏み込めない女の世界で、独りで戦うことになる。
俺は、二人の母君であるエルザ様に非公式の面会を申し込んだ。今までのことを洗いざらい告白し、レミリアを王宮から遠ざけてくれるよう頼んだ。
……さんざん考えたが、それしか方法を思いつかなかったから。
ののしられるのは覚悟のうえだった。だが彼女は言ったのだ。
「レミリアを遠ざけるのはいいけど、あなたは大丈夫なの?」
「……僕を責めないのですか?」
「責められないわ。責められるわけがない。母親なのに仕事にかまけてあの子に気を配らなかった。他人のあなたが必死に守ろうとしてくれていたのに。責められるべきは私の方よ。……私もずっと、宮廷のほうは見ないようにしていたから」
ああ、この人は確かにあの兄妹の母親だ。そう思った。自身も王に疎まれるという難しい立場にありながら、その子である俺のことまで心配してくれる。
そして打ち明けてよかったと思った。彼女なら確実にレミリアを守ってくれる。
だから心を強くもてた。
言うまいと思っていた本心が言えるほどに。
「……ご心配なく、僕は執念深いんです。あきらめたりしません。母君の前で言うのもなんですが、彼女を手放すのは今だけです」
そう、大人になったら。
誰からも彼女を守れるだけの力と自信がついたら、迎えに来る。
レミリアが俺たち王子二人を嫌って王宮に来なくなったのではない。俺たちの立場を思って身を引いた、それが分かっていたから。
俺は久しぶりに来たカストロフ家の客間を見回した。ここでレミリアやディーノと誰の目も気にせず戯れていられたころが随分と昔の気がする。
この邸の中には、今、レミリアもいる。だけど呼んでくれとは言えない。
いくら会いたいと思っても、心のままに動くわけにはいかない。まだ俺たちは完全な自由の利く大人じゃない。
だけど、大人になったら。
(もう一度誓うよ、僕のレミリア)
必ず、迎えにくるから、と。




