24.調査開始!
とにかく、眼に見える脅威が現れた以上、ゆっくりしていられません。
ラヴィル殿下の悪い噂潔白証明は続行しますが、それと同時並行で、彼に宮廷に戻る重要性を説きます。先にビアージュ伯爵に殿下を丸め込まれたら目も当てられません。
先ほどと同じく、まるで私から逃げるように城内を動きまわる殿下を追って、再びの説得工作に乗りだします。
「どうか宮廷にいらしてください。陛下は殿下のことをずっとお待ちです」
「ほう、陛下主体か。まだ兄上を初恋の君とか言ってるのか、お前は」
「お二人が不和となれば乱をのぞむ者が動きだします。そうなれば民はどうなります、これは大義です!」
「俺が大義ごときに動く男と思うか? 動きたい奴には勝手にさせておいたほうがいいぞ。そうすればお前にも出番ができる。獲物がいるかぎり猟犬は殺されない。よかったな」
「ええい、あなたは何も言わず私について来てくださればいいんです!」
「それは俺に嫁にこいと言っているのか」
駄目です。言葉をつくしましたが、相手になってもらえません。
というか、逃げる殿下を捕まえてつきまとえばつきまとうほど、のらりくらりと遊ばれているような。
こちらが懸命になるほど殿下の意地悪な顔の奥から、抑えきれないとばかりにどんどん楽しげな眼差しがのぞいておちつきません。最初は私に付き添っているアナ目当てでそんな顔をなさるのかと思いましたが、途中からバルトロに代わっても同じです。
これは新たな殿下の攻撃でしょうか。無自覚にやっておられるのなら策士としか言えません。
しょうがありません。こちらはまた後で対策を考えるとして、日中にしかできないことをすることにします。
数班に分けた傭兵たちが、それぞれ近辺の村へ調査に出かけるところだったので、そのうちの一班と合流して城の外へ出ます。
陛下関連と分かっては真実を語ってもらえないかもしれないので、皆、カスタロフ家のお仕着せは脱いで、私服の上に外套をはおっています。
が、外套のフードを深くおろしていても、傭兵たちの醸し出す雰囲気から察せられるのか、村人たちはこちらに警戒の眼を向けてきます。
「うわー、嫌な雰囲気」
「何かあれば村中の男が獲物持って現れそうですね」
そう言いつつも、皆、散らばってくれます。聞き込み開始です。
「お嬢、ちょっといいですか」
しばらくすると、村の酒場で聞き込みをしていたレオが合流してきました。
「おもしろいもの見つけましたよ。お嬢が行きがけに見たの、当たりです」
ぴん、と放り投げられたのは、王都でも見たことのある贋金貨です。
結構出回ってるっぽいですよ、と言われて、眼を見開きます。
代々、貴族の力が強いエルシリアでは、王がすべての決定権をもつのは直轄領の王領だけ。各領主が治める領地は自治を認めています。王といえど手は出せません。
けれど貨幣鋳造だけは違います。
王の横顔を浮き彫りにした貨幣。これらを造れるのは王家直属の造幣工房だけ。貴族たちもその権利を侵すことはできない、つまり王の権威そのものなのです。
それを犯されるということはリヒャルト陛下に国をまとめる力がない、そう内外に知らしめるのと同じ。ですから今、都に出回る偽金貨も、陛下に反発する誰かがやっているのだろうといわれています。
その偽金貨が何故ここにあるのか。
当たり前と言えば当たり前ですが、最近出回り始めた偽金貨は本物と比べれば数が少ないのです。確率の問題で、発見されるのは金貨の流通の多い都市部に集中しています。こんな隣国との境、街道もないどん詰まり。そもそも金貨なんて出回らない田舎で見つかることがおかしいのです。
「出どころは? 聞けたの?」
「酒場ではらった硬貨は隣のパン屋の支払いに回され、小麦の代金に農家に戻る、そんなところですよ」
「村内で循環してるってこと?」
「はい。試しによそ者が来たか聞いてみましたけど、何か月か前にお城を目指した王都のお役人が素通りしていった、くらいでした。お嬢の前に説得役として来た陛下の使者が泊まったのはもっと都寄りの設備の整った街だし、ここらで財布を開いた形跡はないですよ」
と、なると。
「考えられるのはラヴィル殿下が払った、城の備蓄品の購入代金ですね。お嬢、都で出回っていた噂に、殿下が反王派と結んで、偽金貨を鋳造してるってのがありましたよね」
「そんなはず、ありません!」
つい私情にかられて声をあげてしまいます。
「あの方は性格は悪いですが、陛下に叛意をもったりはなさいません。……逆に考えられません? 殿下に罪を着せるため、わざと流しているとか」
「どっちにしろ城を調べたほうがいいっすね。現に支払いがされてるんだ。内部に裏切者がいるかもしれない」
急いで城に戻ります。別班が調べているはずですが、まさか皆の財布の中を調べろとまでは言っていません。
城に着くと、城内を調査していたイザークが駆け寄ってきました。
「お嬢、あのビアージュとかって伯爵の連れてきた連中が妨害しやがるんっすよ」
「え?」
駆けつけてみると、城の塔を調べようとした傭兵たちの前に、ごろつきのような伯爵の配下がたむろっています。
「おい、そこどけよ」
「俺たちは伯爵様の部下だぜ。あんたらに命令されるいわれはないさ」
こちらは公務です。こんな妨害、許せません。私はずいと割ってりました。
「伯爵の威をかるのですか? なら、私にも同じことが言えますか? 私は今、陛下の命を受けての公務中。我が侯爵家と陛下の威光、二つ合わせれば、伯爵の威とどちらが強いでしょうね?」
同じ土俵に降りてやって、思い切りにらみつけてやります。さすがに侯爵令嬢を脅すわけにはいかないと思ったのでしょう。伯爵配下が「お、覚えていやがれっ」定番の捨て台詞をはいて去っていきます。
「またからんでくるようなら遠慮なく我が家の名を出して脅していいです。こちらに危害を加えそうならなおさらです。後のことは私が引き受けます」
「ありがとうございます、お嬢。でもこの調子じゃ砦に行った連中もからまれてるかもしれませんぜ。ビアージュ伯爵はかなり人数をつれて乗り込んできやしたから」
ありえます。
何を考えて伯爵が妨害してくるのか分かりませんが、今からでは追えないですし、明日は私が一緒に出るしかないでしょう。
そこへ近隣の村へとやった部下たちも戻ってきました。
「この城にあがった若いのが行方不明になってるってのは本当でした。確認しただけで十人。城から手当てをたっぷりもらったから家族は黙ってますがね」
「そうとう殿下をうらんでるらしくって、城から来たって言っただけでぴしゃっと扉を閉められちまいましたよ」
「……怪しげな噂の中に、黒魔術に傾倒したラヴィルが使用人を生贄につかっているというものもありましたけど」
「あ、その噂、もっと具体的に村の酒場で聞きやしたぜ。なんでも殿下は若く健康な者ばかり選んで、地下で弄んだうえ、切り刻んで外の堀に捨ててるとか」
「……潔白を証明するには堀もさらってみせないといけないわけですか。死体などないと」
大ごとです。あの堀は幅だけで三十メルガーはあります。ぐるっと城壁を囲む全長ともなるととてもではないが、今連れている者だけでは無理です。
「うーん、この場合、城内で殺したということですし。城内にそれらしき血痕がないか証明できれば」
いえ、バルトロが言っていました。この城は血の染みだらけで石灰を流して磨いていると。ということは帳簿に石灰購入の項目があるはず。
駄目です。へたにつつけば殺人後の証拠隠滅に石灰を購入したと思われてしまいます。
「……見事に舞台装置が整ってますね」
わざとかと思うくらいです。集まってくる報告がマイナスのものばかりで気が滅入ってきます。
そこへレオが駆けこんできました。
「大変です、お嬢、すぐにテラスにきてください!」
「テラス?」
思わず問いなおします。つっ込みどころだらけのおどろおどろしい城ですが、中庭の一画にあるテラスだけは、改築して窓を大きくとり、椰子やオレンジなど南方の花木を育て陽の光がさんさんとあたる、健全で心が憩う砂漠のオアシスになっているのです。なぜそこが大変なのでしょう?
私が首をかしげると、レオがじれたように声をあげました。
「ビアージュ伯爵父娘が攻勢に出たんですよ! 殿下の危機だ、とにかく来てください!」




