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23.ビアージュ伯爵父娘

 ビアージュ伯爵は先王の腹心の一人だった方です。

 先王の妃、つまり陛下と殿下の母后であるメディア様の従弟でもあります。


 王家のお二人とは姻戚といえる間柄ですが、先王の行われた改革の一部を元に戻そうとなさる今の陛下とはそりがあわずにおられます。ぶっちゃけ、先王時代に得た既得利権を失わないために、似た境遇の貴族たちを糾合して一大派閥をつくっている、今の陛下からすると困った親戚ですね。


 アナの案内で門前へと急いでいると、ちょうど向こうからラヴィル殿下が歩いてこられました。

 殿下も知らせを受けて向かわれているところらしいです。


 こちらを認めてぎょっとしたような顔をすると、露骨に回れ右をしようとなさいます。

 むかっ。

 顔を合わせるのが気まずかったのはこちらの方です。昨夜、アナとの密会をのぞかれていたことにも気づいていない殿下にこんな態度をとられる覚えはありません。


「殿下、お待ちください!」

「うおっ、いきなりタックルしてくるな、この馬鹿が!」


 叱られましたが、目的を忘れる気はありません。

 私ははっしと逃げる殿下の袖を捕まえて、さっそく質問してみます。


「殿下は来訪者を拒んでらっしゃるのではなかったのですか? 昨夜、バルトロにもらった悪評リストには、来訪者を拒む、孤高の魔王、とか噂されていると書かれていましたが」

「……さっそく仕事の話か。ああ、その噂なら真実だ。今までの俺は平安を邪魔する人間は嫌いだとすべて拒否してきた」


 そこで、意味深に殿下がちらりとこちらに視線を落とされます。


「が、今はお前がいる。別に触れ歩いたわけではないが、城には下働きの村人や商人も出入りしているからな。昨日の騒ぎが噂となっていたとしても不思議ではない。滞在者の前例ができたのだからと、俺も泊めろと押しかけて来たのだろう」


 あわわ、この来訪の遠因は私ですか。


「前から令嬢の馬が暴走したの何のと理由をつけて、城の周りに出没していた男だが。困っている父娘を見捨てるわけにもいかない。さて、困った」


 困ったといいつつ、殿下のお顔は全然困っておられません。こちらを厭味ったらしく見つめる眼は、ビアージュ伯爵父娘を城に入れるのが嫌なら、お前も出て行くか? と煽っておられます。


「私が出て行くわけないでしょう。私がこの城を出る時は殿下もご一緒です」

「そうか、それを聞いて安心した」


 そうこうするうちに門前につきました。

 殿下の姿を認めた伯爵が、喜色満面、両腕を広げます。


「これは殿下! わざわざの御出迎え、恐縮です!」


 あなた調子が悪かったはずではと突っ込みたくなる、元気いっぱい脂ぎった声で、ビアージュ伯爵が挨拶してきます。その隣ではにこにこと令嬢のマチルダ様が微笑んでおられました。


「いやあ、困っておるのです。中に入れていただけますな?」


 招き入れてもらえるのが当たり前。そんな肉食系丸出しの押し出しで、伯爵父娘が入ってこようとします。

 まずいです。私はあわてて前へでました。


「伯爵、実は私、陛下の勅命を受け、殿下の悪い噂を払拭すべく調査中でして。できましたら部外者の出入りはご遠慮願いたいのですが」

「ほう、ならば私も立ち会うべきですな。噂の信憑性を問うなら調査員が一人では公平さに欠ける。都合のいい部分しか報告しないこともありますからな」

「ですが伯爵、この城はこのとおりの有様ですから、長期滞在なさるには、ご令嬢のお心には悪いのではないでしょうか」


 何とかせねば。 昨日の突破で主塔までの罠は熟知しています。私はさりげなく床板の一部を踏んでやりました。

 とたん、伯爵と令嬢にのしかかるように骸骨の模型が倒れてきます。


「うわ、何だ?」

「が、骸骨?!」


 ところが悲鳴をあげて逃げだすかと思いきや、二人とも踏みとどまります。


「はっはっはっ、こんなものが出てくるとは。さすがは猟奇の城だ、退屈せん。なあ、マチルダ」

「はい、お父様♡」


 二人とも顔こそひきつらせていますが、しっかり微笑んでいます。なかなかやります、この父娘。


「ほ、う。これを見ても逃げ出さないか。おもしろい」


 私がうまく追い返せないでいる間に、殿下が興味をひかれたような顔をなさいます。


「まあ、跳躍してこの回廊を駆け抜けた令嬢なら他にもいたが。殺風景な城だ、たまには客人を迎えるのもいいか。私にはともに食事をする相手もいないしな」


 この人は! 昨夜、正餐の席で誰か招けばと言ったことへの意趣返しですか?

 殿下の顔がすごくいい顔です。どんな時でも人を虐めることを忘れない人です。


「どうかなされたかな、レミリア嬢。顔が怖いぞ、やきもちか?」

「なんですか、それはパンの一種ですか」


 寝言は寝てから言ってください。そんな念を込めてにらみ返します。

 そうこうするうちに、疲れましたわ、としらじらしくマチルダ嬢が殿下によりかかります。そして儀礼上かなんなのか、殿下も振り払おうとなさいません。それどころかこちらの反応を見るように口角が少し上がっています。なんですか、これは。

 

 もやもやしてきました。今朝までのアナとの現場を見た時以上のもやもや具合です。


 だって不誠実でしょう?

 私の横にはアナだっているのです。彼女は肩を震わせてこの様子を見ています。そもそも私は殿下の女好きという悪い噂を払しょくしようとしているのです。そこでこれ見よがしにこんなことをなさいますか?

 私の殿下は女性の二人や三人と、何股もかけるような方ではなかったはずです。

 もちろん勝手な希望ですけど、でも、相手が殿下だからこそ幻滅させないで欲しい。そう思います。


 だいたい彼ら親子を泊めればなんと噂されるか。陛下と不仲の噂が決定的になるではないですか。これはない。


 必死に、殿下に目配せします。断ってくれと。

 こういう時こそ幼馴染の意思疎通。アイコンタクト。伝われ、マイハート!


 そのかいあってか、殿下がこちらにふり向きました。そして、ああ、というように、爽やかな笑顔を浮かべられます。


 通じました! よかった。本当によかった。

 

 ところがほっとしたのもつかの間、殿下が笑顔をキープしたままおっしゃいました。


「なるほど、レミリア嬢は客人が増えるのは歓迎だそうだ。では伯爵、部屋へ案内しよう」

「なんと、殿下自ら?!」

「きゃっ、マチルダ、嬉しい」


 ……はい?


 事態の推移についていけません。なにがどうしてこうなりました。


 盛大に殿下に甘えながら、マチルダ嬢がこちらを見ます。

 ふふんと見下す、嘲るような眼です。私の弱点です。一気に幼い頃の思い出が胸を埋めて、つい後ずさってしまいます。


 その隙に。

 伯爵親子は殿下に案内されて、嬉しそうに行ってしまいました。


 どうやら殿下は私が泊めろと言っていると解釈なさったようです。アイコンタクト通じず。


 幼馴染力、玉砕……。


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