22.来訪者
「レミリア様、朝ですよ、お起きになってくださいませ」
アナに声をかけられて、私はゆっくりと体を起こしました。ですが微妙に視線はそらせたままです。アナのほうを見ることができません。
昨夜、目撃してしまった、衝撃の現場。
あれから一睡もできませんでした。
会話までは聞こえませんでした。けれど扉の隙間から、二人の体が密着しているのははっきりと見えました。もしかして、などと思考を捻じ曲げるまでもなく、二人は恋仲としか思えません。
(だから殿下は堅苦しい王宮ではなく、自由のきくこの城での暮らしにこだわっておられるのでしょうか……?)
謎が解けた想いです。
殿下だってもう成人男性です。恋だってしてもおかしくありません。というより、それが普通です。
なのにもやもやするというか、むかむかするというか。
素直に祝福する気分になれないのは、今までそのことに考えが及ばなかったからでしょうか。それとも遠回しに侍女にするなどせず、きちんと紹介してほしかったからでしょうか。
(水臭い、そう考えてしまうのは私だけですか……?)
だって私は今まで正式な婚約者や恋人どころか、友人もほぼいない殿下の幼馴染という、希少な立場だったのです。なのに。
胸がきゅっと痛くなったのは、おいていかれた寂しさゆえでしょうか。
いえ、全然、平気ですよ。ショックですけど、別に焼きもちを焼いているとか、そういうことはありません。
ただ、昨夜の正餐時に気まずくなってしまった時のことを思い出します。後悔とともに。
あの時の殿下は、アナがいるのにあんな雰囲気になって、かなり困っていらしたのでしょう。はっきりお前など女として意識していないから安心しろ、そう殿下が言えなかったのは、必要以上に緊張してしまった私を気づかってのことだったのでしょう。私はもっと明るくあの場を乗り切らなければならなかったのです。あの方は意地悪ですけど優しいところだっておありの方ですから。
ですが、もっと私を信用してほしかった、と考えてしまうのは、もしここに来たのが私ではなく、気の置けない男同士、兄のディーノであればどうだったかと考えてしまうからでしょう。殿下は兄にならアナのことをお話しになったでしょうか。
アナにうながされて身支度を終え、殿下が待っておられるという朝食の間に移動します。それもまた気が重いです。
今朝に限ってバルトロの迎え出ないことを残念に思いながら窓の外を見ると。
おや? かなり離れていますが、何やら門前が騒がしいようです。
「……誰か来ているの? こんな朝から、馬のいななきがたくさんするけれど」
「ああ、城門前にビアージュ伯爵とそのご令嬢がいらっしゃっているのですわ」
「えっ、ビアージュ伯爵?!」
「ええ。陛下の即位記念行事に参加すべく王都へ向かう途中、伯爵が体調を崩されたそうで。少し休ませてもらえないかとか言って。この辺りには爵位ある貴族を泊まらせられるような宿はありませんものね」
アナがいろいろと情報を教えてくれますが、もう私の耳には入りません。
ビアージュ伯爵。
反王派の代表格、ラヴィル殿下を担ぎ上げようとしている、陛下の政敵ではないですか。今、一番、ラヴィル殿下と接触させてはいけない人です。
「朝食の間より先に、門前に案内してください……!」
私は即座に、アナに詰め寄りました。




