21.閑話・俺がレムルを悪事に加担させたわけ
「レミリアがいないんだ」
ある夜のこと。
彼女の兄のディーノが真っ青な顔になってやってきた。
「ここに来ていないか?」
「いいや、一緒じゃなかったのか」
「帰る途中、風にハンカチを飛ばされたとかで困ってる女官がいたから、あいつには先に馬車のところへ戻ってるように言ったんだ。案内の女官がいたから迷うこともないだろうと」
馬鹿な、二人が離宮を退出したのは昼過ぎだ。こんな時間まで幼児の所在が分からないなど異常だ。
「ディーノ、そのお前たちを案内していた女官は誰だ、わかるか?」
ディーノは離宮に仕える誰かだと思うが分からないと言う。
顔立ちを聞き出そうとしたが、もともとそういったことに興味のないディーノは不確かな答えしか返せなかった。
思わず舌打ちが漏れた。この兄妹の人の好さは知っていたはずだ。なのに何故、警戒するように伝えなかったのか。
だが手がかりはないわけではない。類は友を呼ぶ。同じことを企む奴らは、普段から似た匂いをさせている仲間を識別しているものだ。
先日、俺がコテンパンにした女官たちを呼び出し、締め上げて吐かせた。
彼女たちとは違う一派に、レミリアは俺からの伝言だと伝えられ、王家の墓所へ一人で行かされたらしい。
もう外は真っ暗だ。まだ五歳の幼児がこの闇の中、どれだけ心細い思いをしているか。
駆けつけて墓所の扉を開けると、怯え切って動けずにいる彼女がいた。
「レミリア、迎えに来たよ」
とたんに、呪縛が解けたのか飛びついてきた小さな体。
か細く震えていて、肌も冷たくなっていて。
でも芯はまだ温かで、とくとくと動く心臓の音がした。
胸がきゅっと痛くなった。この腕の中にいるかけがえのない存在が愛しくて愛しくて、涙が出そうになった。
小さな手がぎゅっとしがみついてくる。
それを抱きしめて、俺は誓った。彼女とディーノに自衛の技を身につけさせなければと。二人を手放す選択肢など、俺の中にはなかったから。
だがそれでも真相は言わないままだった。知らせれば妹思いのディーノがレミリアを王宮に来させなくなるのは、先ほどの狼狽ぶりで確実だったから。
祖父の前でサインした紙が、実は婚約証書であったことも同じく言わなかった。あれが明るみに出れば、現王である父が反対している以上、今より嫌がらせが悪化すると予測できたからだ。
真相を知らせないまま、自衛させるにはどうすればいいか。
この二人があなどれない相手だと、へたに手を出せば後悔することになると、皆にわからせればいい。
それからは女官たちに報復する際には、必ず彼らを手先に使うことにした。
実行犯として彼らが表に出ることで、加害者たちも報復を恐れて手を出すことはためらう、そう思ったからだ。
そのせいでレミリアに、女官に意地悪ばかりする殿下、とか、手下としてこき使われた、とか。私も虐められて「殿下に墓所に閉じ込められた」とか、妙な記憶がついてしまい。
あろうことか「優しい殿下」と、兄リヒャルトにむかって尊敬のまなざしをそそぐようになってしまったことには頭を抱えたが。
「言っておくが、今の俺を作ったのは、お前たちだぞ」
それはともかく、思惑は当たった。とうてい子どもの頭から出るとは思えない仕返しの数々に、「二人に手を出せば報復がある」と覚えこまされた皆は、いつしかくだらない嫌がらせはしなくなった。
だから俺は油断していたのだ。
子どもの浅知恵が大人に打ち勝ったと。
このままディーノとレミリアの心は汚さないまま、王宮につなぎとめておけると。
そして、あのレミリアが七歳のお茶会を迎えるーーー。




