20.殿下の事情
閑話ではありませんが、ラヴィル殿下視点です。
――――ラヴィル、外へ出て、誰かを呼んできてくれないか?
遠い過去の声が聞こえる。
俺はため息をつくと寝台から起きあがった。眠れない。夜着の上にガウンをまとって、暖炉の前へと移動する。
(レミリアと話したから、か……)
将来のことやあいつの好きな相手。そんな会話をしたからか。兄のことを思い出した。
椅子に座ってぼんやりと過去に想いをはせていると、声をかけられた。
「殿下」
「アナ、か」
現れた侍女姿の美女に眉をひそめる。
「ここまで悲鳴が聞こえてきたぞ。人の性癖をとやかく言う気はないが、少しつつしめ」
「あら、ご機嫌ななめですわね。私だけが満ち足りているのが気にいりません?」
くすくすとアナが笑う。
「レミリア様と甘い再会ができなかったからといって、八つ当たりはしないでくださいませ。そもそも自業自得でしょう? レミリア様が傭兵たちと仲良く現れたのに嫉妬して、あんな歓迎の仕方をなさるから」
「八つ当たりなどしていない。嫉妬もだ。そもそもあれは予定内だ」
「ならどうして眠れずにいらっしゃるの? やりすぎたと後悔なさっているのでしょう? いつも宮廷でなさっているように、王子の手練手管でさっさとからめとっておしまいになればいいのに。早くあの方の心をつかまないと、この後に支障が出ましてよ」
「……馬鹿、そう簡単にいくか。あの娘は、ずっと一緒ですと慕っておきながら、自分が兄上の足手まといだと思うと、いきなり宮廷をさがって領地に引きこもる頑固な単純馬鹿だぞ」
「まあ、今の殿下そっくり。もしかしてそのことで拗ねて、あなた様まで領地に引きこもってしまわれましたの? どうでもいい相手には容赦ないくせに、特別、が相手だと臆病なこと」
アナがふきだす。
この女には弱みがあるので、押しかけてこられても雇わざるを得なかった。が、正直うっとおしい。似た者同士である自覚があるからだろうか。
「それにしても、ずっと一緒、だなんて。血は争えませんわね。私も聞きましたわ、その言葉。背筋がぞくぞくして興奮しましたことよ」
椅子に座ったままの俺の膝に乗り上げて、アナが首に腕を回す。レミリアと違って重い。
「殿下がめろめろになるのも無理ないですわ。あの天使のような愛くるしい顔でそんなことを言われたら、いろいろ我慢するのに苦労なさったでしょう。もしかしてそんな雄の匂いを嗅ぎつけて、天使は怯えて逃げたのではなくて?」
「同類に何を言われても嫌味には聞こえないぞ。それより例の用意は?」
「抜かりはありませんわ、明日には到着しましてよ。私を誰とお思いですの?」
二人で眼を見交わせる。
年頃の男女の間とは思えない、冷え冷えとした空気が流れた。
「不思議だな。お前に膝に乗られても、毒蛇を抱えているようで少しも甘い気持ちになれない」
「あら、お揃いですわね。私も殿下の膝は落ちつきませんわ。いつ背に回した手で首を絞められるか、背筋がぞくぞくしてばかりですもの」
言って、くすりとまたアナが笑う。
「本当に、私たちは同類ですわね、生まれも育ちも。だから同じ温もりにひかれるのかしら?」
からかうように、アナの真っ赤な唇が近づいてくる。
その時、扉の外で音がした。そして走り去る軽い足音。
レミリアだ。勘で分かった。
「……仕組んだな、お前」
「あら、なんのことですかしら」
白々しくとぼけて、アナが膝から降りる。
「だって、はがゆくって。少しは疑惑をもたせたほうが気になって、より深く相手に捕らわれてくれるものでしてよ。いつまでも意地を張ってないで、素直におなりなさいな」
ころころと笑うアナに、俺は舌打ちをもらした。
幼い頃にあれだけ誤解されることをして今さら彼女の心を乞えるとは思わない。そもそもあいつが好きなのは俺ではなく兄上だ。だからアナと誤解されようと痛くもかゆくもない。もともとレミリアの来訪はイレギュラー、兄が企んだことで自分はこれ以上、彼女に近づく気はない。なのに。
これ以上嫌われたくないと、矛盾する願いが渦を巻く。
「……いつもの手練手管でからめとれ、か。そう簡単に人の心が操れるなら苦労はしない」
もともと不器用なのだ、俺は。あいつに意地悪殿下と呼ばれた子どもの頃から。




