19.深夜の怪事
「俺たち、傭兵だよな」
「ああ」
「傭兵って金もらって戦うのが仕事じゃなかったっけ。なんでこんな役人か、見合いの下調べみたいなことやってんだろ」
「俺に聞くな」
傭兵たちの声が聞こえてきます。私は彼らに向かって手を合わせると、頭をさげました。
「ごめんなさい。無事、任務を終えて邸に帰ったら、特別手当を奮発するから」
あの正餐の後、私は傭兵たちに召集をかけて、悪い噂一覧をチェックしていました。
何しろ項目が多すぎて私一人では処理しきれません。バルトロから受けとったリストを一つ一つ確認して、明日からどう動いて疑いをはらしていくかを話し合います。
「第一項目は分かりやすいっすね。〈謀反をおこすため兵を集めている〉これは城内や領内の出城を調べて兵と武具の数を照らし合わせりゃ一発っす」
「第九十三項目の姿を消した領内の若者たち。彼らの家には見舞金と称して毎月、金が支払われている、殺害したことへの口封じではないかってのは。まず家族に話を聞いて、彼らが生きているとを証明することですかね」
「王都からついてきた、姿を消した使用人も同じっすね」
「第百十四項目の〈女癖が悪い〉ってのは、城の人間の証言だけじゃ弱いっすから、近隣の村人にも聞いてみやすね。実際に相手した女性がいるかはっきりさせりゃいけるでしょう」
戦うのが仕事の傭兵たちですが、さすがは大陸各地を渡り歩いて経験を積んだ世慣れただけのことはあります。専門外の仕事だというのに、きちんとこなして助言してくれます。
正直、私だけではどこから手をつけていいかわからないというか、これはどう解釈すれば、といった困った項目もあったので助かりました。
てきぱき明日からのやるべきことが決まって、私は皆をねぎらいます。
「遅い時間だったのにありがとう。ゆっくり休んで。明日からもすまないけどお願いね」
「いいってことですよ、お嬢にはいっつも俺らも世話になってるし。わ、悠長に挨拶してる暇ないな、もうこんな時間か。夜が明けちまう」
「お嬢こそさっさと寝てくださいよ。じゃ、また明日」
傭兵たちがわりあてられた部屋へ戻っていって、私は一息つきました。寝台に潜り込みます。 眼をつむると、またあの窓の外の影が思い出されて、シーツの間で丸くなります。
頼りになる傭兵たちと別棟の客室に泊っているのが寂しいです。
バルトロにどうしてわざわざこんな離れた場所にと訴えると、微笑ましそうな顔で、「殿下の名誉のために秘密です」と教えてもらえませんでしたけど。
そもそもどうして殿下はここに引きこもったのでしょう。
彼が言う、貴族たちの眼が煩わしい、それだけではないと思うのですが……。
考えていると、キイ、と音がしました。窓の外からです。何かがガラスをひっかくような。
ぎくり、と体がこわばります。
前に影を見た時の恐怖が、じわじわとよみがえります。いやいや、大丈夫、空耳です。だってここは主塔の三階、翼ある鳥でないと近けません。それに隣の控えの間にはアナがいるはずで。
でも一度気になりだすととまりません。ぎいいと扉のきしむ音まで聞こえてきました。もう仕事脳には戻れません。
とどめに、ぎひゃああああああああ、と悲鳴も聞こえてきました。
苦痛を訴える、どこか野太い男の声です。
「ひいいいいいいいっ」
頭からシーツを被って音を遮断して、ふと、別の可能性に気づきました。
(苦痛の悲鳴? ……もしかして、賊でも入り込んだのでは)
幽霊の声と言えば女性の悲鳴が定番のはずです。あんな野太い、生気にあふれた悲鳴を幽霊が出すでしょうか。
もし誰かが襲われているのだとしたら。
(殿下はご無事っ?!)
私はスリッパをひっかけると、寝台を飛び出しました。
「アナッ」
隣室の扉を開けると、寝ているはずのアナがいません。
その時、また悲鳴が聞こえました。
今度の声はさらにはっきりしています。外ではありません。城の中からです。
バルトロからは一人で出歩かないよう注意されました。幽霊だったらとまだ怖いです。ですがじっとしていられません。
薄い夜着の裾をひるがえし、私は傭兵たちを呼びに行こうと部屋を飛びだしました。
ところどころにぽうっと蝋燭のともった薄暗い洞のような城内を駆けていきます。
角を曲がった途端、闇の中に、ぼうっ、と、青白い人の顔が浮かんでいました。
「き、きゃあああっ」
思わず悲鳴がでます。
床に座り込むと、生首がこっくり斜めにかしぎました。
「どうなさいました、レミリアお嬢様。こんな夜遅くに」
バルトロです。
執事らしい黒装束なうえに、燭台を胸元で持っているので、下から顔だけ照らされて、生首が浮かんでいるように見えたらしいです。
「バ、バルトロ、あの、驚かせてごめんなさい。殿下はご無事? 城内で悲鳴がしたのだけど」
「おお、殿下を案じて飛び出してくださったのですか、なんとお優しい。殿下のお部屋はあちらの上でございますよ。ですが空耳でございましょう、静かなものでございます」
え? あわてて耳を澄まします。悲鳴はもう聞こえませんでした。
「でも確かに野太い声が。それにアナもいなくて」
「空耳でございます。アナはのどが渇いて水でも飲みにいったのでしょう。厨房は地下にございますから、往復すると時間もかかりますし」
そういうものでしょうか。アナの寝台横には水差しがあったように思いましたが。
「さあ、レミリア様も部屋へお戻りください。そんな薄着では風邪をおめしになります」
「わ、わかったから、そうアップで迫らないで」
火の始末のため巡回中だというバルトロとは別れて、私は腕を組みます。なんなのでしょう、本当に幻聴?
釈然としません。
あれだけはっきり聞こえたのです。
私はしばらく考えた後、踵を返しました。
足は自然と、バルトロに教えられたラヴィル殿下の部屋へと向かっていました。




