18.王家の事情
リヒャルト陛下の視点です。
その頃、王都の王宮では、リヒャルトが一枚の肖像画を眺めていた。
大きい。ほぼ実物大だ。父王と二人の幼い王子が描かれている。
側近の一人が入って来て、声をかける。
「あいかわらずその絵がお好きですね、陛下。ですが……」
言いつつ、首をかしげる。
「私は陛下に引きたてていただく前は宮廷に出入りできる身分ではありませんでしたから、よく知りませんが。この宮殿には先王陛下と太后陛下が共に描かれた肖像画が少ないような」
「気のせいではないよ。もともと少ないうえ、母上が離宮に隠棲するさいに持っていってしまってね」
言って、リヒャルトがくすりと笑う。
「気をつかうことはない。誓約を理由にふられた王と恋敵を恨む王妃、そんな噂があることは私も知っている」
「事実、なのですか……?」
「さあね。昔のことだし、生まれてもいなかった私にはわからない」
いつもの穏やかな笑みをうかべて、リヒャルトがふりかえる。
「真実、かもしれないな。今のレミリアを見れば、先代の女侯爵、エルザ殿がどれだけの美貌の主か想像がつくだろう? カスタロフ家の銀と碧、どんな宝石の輝きもあの人にはかなわなかった」
「詩的な表現ですね」
「見たままを口にしただけだ。美しい人だった。そして気高い心の持ち主だった。すでに当時父上の排斥が始まっていたのに、彼女は私とラヴィルにかわらない愛情をあたえてくれた。冷たい宮廷しか知らなかった私たちに、あの一家の笑顔がどれだけの癒しだったか」
昔を懐かしむように、リヒャルトは眼を細める。
父王がとった排斥の理由もわかる。私情だけでなく、父は国のことも考えていた。だがそのせいで貴族たちの力が強まってしまった。
微妙な均衡の上に成りたっている今のこの国。一刻も早く新王の威信を国中に浸透させて貴族どもを従えないと、エルシリアという国は瓦解する。
敵は国内だけではない。今はそれぞれ近隣諸国も争っているから距離を保っていられるが、いつ、情勢が変わるかわからない。
「レミリア嬢にはあのことはお話になられましたので?」
「いいや」
「それでレミリア嬢にラヴィル殿下のお心を変えることができるとお考えですか」
「ラヴィルにはカスタロフ家を巻きこむなとくぎを刺されている。レミリアを送ったのはぎりぎりの部分だ。これ以上の介入はあいつの機嫌を損ねてさらに依怙地になるだけだ。こちらにひきもどせなくなる。私には……ラヴィルとレミリアが必要なのだ。ディーノもな」
彼が去ってから、そのままにしているチェス盤に向かう。
敵に囲まれて孤独な王の駒がある。この状況を破るには法皇、騎士、そして女王の力がいる。
「私がレミリアを動かしたことで、確実に奴らは動く」
水晶でつくられた、女王の駒にそっとふれる。
「レミリアはどう考えているか知らないが、カスタロフ家の力は一国の王の力を凌駕する。だからこそ、父上はカスタロフ家の影響を排除しようとしたのだから」
華麗な水晶の駒。たおやかな女人の姿を模してはいても、一コマしか進めない王と違い女王は最強の機動力を持つ。
賽は投げられた。後は彼女に賭けるしかない。
リヒャルトの脳裏にふと、〈エメラルドの誓約〉をもとにした芝居の一文が浮かんだ。
『各国の王が契約を結びたがった〈傭兵王〉、その心をとらえたのはエルシリアの若き大公』
当代のカスタロフ家当主となるべきレミリア。そしてエルシリアの若き王弟であるラヴィル。
歴史はまた同じ道筋をなぞっているのかもしれない。
王国の栄は、かの乙女とともにありーーーーー。




