15.正餐の時間
淡い蝋燭の光で照らされた食堂へ出向くと、相変わらず黒づくめのラヴィル殿下がおられました。
猟奇のお城の演出のためでしょうか。
頭上のシャンデリアはあえて灯をともさず、食卓の周囲に数多くの燭台をおいて、白いクロスと銀のカトラリーをまばゆく輝かせています。
そんな中、一人席につき、食前酒のグラスを弄ぶ殿下のおどろおどろしい様子はとても絵になりました。
私は用意された席に着くと、さっそく殿下を熱のこもった目で見つめます。
ようやく得られた貴重な二人の時間。
殿下が普通は一皿ごとに供される料理を一気に運び込ませて、バルトロ以外の給仕を下がらせてくれたので、遠慮はいりません。さっそくこの胸の内を、婚約破棄に対する熱い情熱を、パッションをこのままでは殿下だって困るだろうことと、国のため、都に顔を出す必要性を絡めて語ります。
なのに。
殿下ののりが悪いです。私が語れば語るほど、殿下の眉間の皺が深くなっていきます。
とうとうこらえきれなくなったのか、殿下が額をおさえつつおっしゃいました。
「……食事は、気に入らないか?」
「え?」
そう言えば話すのに夢中で、まともに見てもいませんでしたね。これはマナー違反でした。
私はにこやかに社交の笑みをつけると、招待主に料理礼賛を聞かせるべく皿を見ます。
眼玉が浮いた黄金のスープは、大きさからして魚の眼球でしょうか。
周りのぷよぷよ部分は珍味で、お肌にいいときいたことがあります。
他にも血の滴る子牛肉と林檎のパイ包み、真っ赤な血のようなラズベリーソースで薔薇の模様を描いた白身魚の蒸し物。デザートは繊細な造りで小鳥の番の骨格標本を真似た砂糖菓子です。
この猟奇の城にふさわしいメニューの数々。
槍衾と違って特に襲いかかってくることもないので、どうせいつもの嫌がらせと後回しにしていましたが、驚いたり嫌がったり反応がほしかったのかもしれません。これは失礼なことをしました。
今さらながらに私が銀に煌めくカトラリーを手にすると、殿下がなつかしそうにおっしゃいました。
「そういえば昔、二人で女官どものスープに腹下しを仕込んだことがあったな。楽しかった」
……人が勇気を出して食べようとした時に、それを言いますか、この人は。
そもそもあれは殿下に命じられてしかたなくやったわけで、二人で、という言い方はおかしいと思います。
無言の訴えは通じたのでしょう。殿下が嬉しそうに眼を細められました。
「不服そうな顔だな。昔はあんなに可愛かったのにな。どこに行くにも俺の後をついて来て、舌足らずな声で、でんかでんかとうるさかったのに」
う。確かに昔の私は殿下を好意的に見ていた頃もありました。
初めてあがった王家の離宮で、現れた二人の王子を見た時の衝撃は忘れられません。天使のように美しい少年たちに、自分は天の苑に迷い込んだのかと思ったものです。
「……まあ、殿下は最初から、その本性を私たち兄妹には隠しもなさいませんでしたものね。おかげさまですぐ現実を知りましたが」
「特別扱いを光栄に思え。それでも最初はお前も無邪気に、『ラヴィル殿下はすごいんでしゅよ、お母様!』とか先代カストロフ侯爵にも俺のことを自慢していたじゃないか。しかも天然にも本人がいる眼の前で」
そ、それは悪の魅力というか、私がまだ幼すぎて良識というものが分からなかったからで。
片棒を担がされた悪戯の数々を、兄、ディーノも、『そうだよな、あいつ、俺より三つも年下なのに、すんげえ狡賢いんだよな』と尊敬のまなざしで語り、母が教育上、引き離すべきかと悩んでいたものです。あの頃の私はまだ幼くて、王家とカスタロフ家のことなどまったく知りませんでしたから。だから無邪気にお二人と親しくなれたことを喜んでいただけで……。
言葉が続かずうつむいてしまった私に、殿下が思いつめたようにおっしゃいました。
「レミリア、それは……」




