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14.令嬢の事情

 私が他の人たちから敵意を向けられている、そう気づいたのはいつの頃からでしょうか。


 王宮に招かれるたびに感じる視線。

 たまたまの不注意、たまたまの不幸な偶然。そう言い切れる、気にならない人には気にならないような、咎めるとこちらのほうが心が狭く感じるような、そんなささいな被害の連続。


 何故かよくお茶をドレスにこぼされたり、床が濡れていて転びそうになったり。案内の女官について歩いていると足を踏まれたり、いつの間にかひとけのない場所で迷子になっていたり。私の不注意で女官たちの仕事を増やしてしまっている、そう罪悪感を感じるようなあれこれ。


 一つ一つはささいなことでも、重なれば不思議に思います。

 広い庭園を散策している時は、王宮内だというのに妙な男たちに攫われそうになったことまでありました。


 最初は気のせいかな、と首を傾げるだけでした。

 何もしていないのに手にもつ高価なカップが割れて非難の眼を向けられたりするのも、私が他の大人たちとは違って、本来、王宮に上がる年齢ではないのに無理に来ているから。

 だから粗相が多いのだ、もっと気を付けなければと思い、カップの取っ手に細工がしてあったなど、他に原因があるなどとは考えてもみなかったのです。


 これは家庭の事情もあったのでしょう。


 普通、こんな幼い子供が公の場に出る時には母親がお目付けも兼ねて同行し、フォローするものです。が、我が家では母が当主で、いろいろ公務がありました。

 父もその補佐をしていましたから、私は侍女の他は見守る保護者の眼がないまま王宮に伺候していたのです。


 その危うさ。

 はっきりと自覚したのは、貴族の子女として初めて正式なお茶会に参加した時のことでした。


 この国の貴族社会では、社交界デビュー前の子どもでも、お互い、同年代同士を会わせる習慣があります。お茶会などにかこつけて、顔なじみにさせるのです。


 私も七歳になり、そろそろ社交界デビューに向けての教育を周りが意識し始めていた頃でした。


 ちょうど王宮で王妃様主催のお茶会が催されることになったのです。

 婦人たちは婦人たち同士、子どもは子ども同士、仲良く歓談しましょうという名目で。


 当然、他の令嬢たちは母親同伴でやってきます。母不在の私を親戚の叔母様方が心配して、代わりに行こうかと言ってくれたらしいのですが、招待状は私宛のものしかありません。それで、その頃の私は王宮へはしょっちゅう伺候していましたし、後から兄も参加すると言うので大丈夫だろうと、侍女を一人連れただけで出席したのです。


 侍女は控えの間までしか同行できません。

 つまり私は一人で初めての戦場に立たされたのです。


 戦場。そこはまさしく戦いの場でした。

 優雅にお茶を飲みながらの自己紹介という名の前哨戦。そして子どもたちだけで仲良くおやりなさいと広い芝生に放たれてからの決戦。


 私はあっという間に女の子たちに囲まれ、池のほとりにまで追い詰められました。つい先ほどまで感じていた、もしかしたら同性のお友だちができるかもなどという希望は木っ端みじんに打ち砕かれました。幼い令嬢たちは私が兄たちと遊び惚けている間に、すでに派閥なるものを作り上げていたのです。


「あなた、ずるいわ」

「前王陛下にとりいって、王宮にいりびたってるんでしょう?」

「私たちなんて王宮に入れたのはこれが初めてなのよ。私なんて公爵令嬢ですのに!」


 それが彼女たちの第一声でした。

 そこで初めて、私は自分がどれだけ特別な待遇を受けていたかを知りました。そして、


「殿下たちまで独り占めして!」

「ディーノ様の妹だからって甘えないでよっ」


 悔しそうに詰めよる令嬢たちを見て、幼いながらもここにいる子たちが〈異性〉として兄や殿下たちを意識していることを知ったのです。皆がどれだけ王家の王子たちのお近づきになりたいと願っていたかということを。私はあまりに無神経だったのです。


 違う、知らなかった。

 弁解せねばなりません。ですが衝撃のあまり、私は声を出すこともできませんでした。


 そして離れた場所で歓談している大人たちに助けを求めることもできません。


 なぜなら彼らは子どもたちがしていることを視界の隅におさめながら、


「子どもたちはすぐに仲良くなりますわね」

「微笑ましいわ」


 と、うっすらと嗜虐の笑みを浮かべていたからです。

 そんな婦人たちの眼に、今まで疑問だった女官たちの眼差しが重なりました。


 王家の盾、カストロフ家。

 そう頼りにされている我が家ですが、王国内には他にももっと高位の家があります。それに。先々代の陛下には信頼されていた我が家ですが、実はその頃、殿下の父君、つまり先代の陛下とは少しばかりもめておりました。


 それもあって王妃様も私のことを快く思っておられなかったのです。

 二人の王子が昔は自由に我が家を訪ねていたのに、学業に専念すると言う理由で来られなくなったのもそのせい。私が王宮へあがるのは先々代の力添えがあったからだったのです。


 そんな空気を貴族たちは敏感に察していました。そして我が家で最も弱いところをついてきたのです。つまり私を。


 そうです。私はずっと敵視されていたのです。蹴落とすべき家の娘として。

 二人の王子方、その隣に立つ未来の妃の座を狙う人たちから。


 そして子供とは大人が思うよりずっと残酷で頭がいいのです。集団となった彼らは無敵です。


 親たちは何も言わない。

 つまりここでは自分たちが正義。こいつになら何をしても怒られない。


 一瞬で判断した彼らは容赦がありませんでした。

 罵り交じりに体を押され、よろめけば喜ばれ。彼らは自分たちの仲間意識を確かめるかのように、順に私に危害を加えました。

 今にして思えばあの時、声の大きな子に逆らえない気弱な子もいたのでしょう。ですがその子たちも必死でした。私をいじめないと今度は矛先が自分に向かってくるのですから。


 結果、私は独りでした。


 飛んでくる石の痛さ、冷たい水を呑み込んだときの恐怖。

 ……あの時の私が、池に落とされただけで無事、命が助かったのは、偶然、講義が早く終わったからと、二人の王子が顔を見に来てくれたからでした。


 声も出せずにふるえている私は、誤って池に落ちたことになりました。


 だってそうでしょう? 目撃者は大勢いました。同じ年頃の、身分ある令嬢たちが。彼女たちが皆、私が勝手に落ちたと証言したのです。誰が異を唱えられるでしょう。そしてその場にいた大人はその子どもたちの母親。当然、そちらが正しいと言います。誰だって自分の子どもが可愛いですから。


 悔しげに、何も言えない私の分まで、おかしい、と抗議してくれた二人の殿下。

 彼らにかばわれながら私は悟りました。真実とは、正しいこととは、必ずしもすべての人に聞き入れられるものではないと。隙を見せた自分が悪かったのだと。いつも兄や殿下たちに守られていた自分がいかに甘かったかということに。


 それは幼い私が一つ大人になった瞬間。

 今まで偶然だと思っていたあれこれ。安全だと思っていた世界が実は危険に満ちていたことに気づいた瞬間だったのですーーー。


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