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12.閑話・初めての口づけ その②

 悲壮な覚悟で別れたレミリアとの再会は、思いがけず早くに実現した。

 退位して暇になった祖父が、旧友の孫に会いたいと彼女を離宮に招いたのだ。


 正直、拍子抜けした。だが嬉しかった。最悪、彼女が社交界デビューする十四の年まで会えないかと思っていたから。


 正式に訪問の予定が決まって、僕は彼女がやってくる日を待ちわびた。あれからご学友と称して数知れない子どもたちと引き合わされたが、皆、気持ち悪い媚びた笑みを張りつかせた馬鹿ばかりで、兄やディーノ、それにレミリアを越える心許せる相手はいなかったのだ。

 また彼女と心置きなく笑いあえる。そう思うと、前日の夜は興奮して眠れなかった。


 そして、当日。

 胸を高鳴らせながら祖父のもとに赴くと、可愛らしいミントグリーンの幼児用ドレスを着た彼女が、長椅子の真ん中にちょこんと座っていた。


 最初は人形が置かれているのかと思った。

 あまりに彼女が可愛くて。


 僕を認め、彼女がよいしょと足が届かなかったらしい椅子から飛び降りる。

 ふわりとドレスの裾がなびいて、子どもらしい短いペチコートの下から、小さなボタンの並んだ編み上げ靴が覗いた。

 動いている。

 それでようやく僕は彼女がレミリアだとわかったのだ。


 ふわふわレムルのようだった彼女は、いっぱしの幼児になっていた。もう甘いミルクの匂いはしない。

 それが妙に気恥ずかしくて、それでいて彼女の成長を見守る空白を作ってしまったことが悔しくて。僕はしばし茫然と立ち尽くした。

 だが再会の喜びは長くは続かない。


 やっと会えた。

 なのに彼女は僕のことはきれいさっぱり忘れていたのだ。


「初めまして、殿下」


 舌足らずな他人行儀な声で挨拶されて、むっとした。初めて聞いた彼女の言葉、それがこれか。


 彼女に他意はない。まだたったの四歳だ。本来、宮廷にあがれる歳ではない。

 だから周囲が無礼がないようにと気をつかって、彼女に言い含めて、言うべき言葉を覚えこませたのだろう。彼女はそれを棒読みしただけ。だがそのことがとてもむかついた。


「下手な挨拶だな。宮廷に上がるのは早すぎたのではないか」


 僕は即座に不快感を示した。


 思えば早熟だった僕は、物心ついたころにはすでに礼節の仮面らしきものをまとっていた。だから他人に直接、こんな意地の悪い言葉をかけたのは初めてだった。


 もちろん彼女は僕が機嫌を損ねた理由など知らない。

 だが、怒らせた、行儀良くふるまうようにと言われていたのに失敗した。そのことはわかったのだろう。大きな緑色の瞳にみるみる涙の粒が浮かんで、彼女は鼻をすすり上げた。


 ふえ、と泣き出した彼女に、赤ん坊の頃のとりつくろわない無邪気な彼女が重なって。

 僕はやっとほっとした。彼女が変わっていなくて。まだあの頃のまま、可愛いレムルのままだったことが嬉しくて。


 そしてあわてた。周りには大人たちがいて、じっと僕らの挙動を見ている。僕の言葉を聞いて、やはり早すぎたかと、彼女をもう王宮に招かなくなったらどうしようと。


 だから僕はにっこりと大人受けのする笑顔をつくると、彼女に手を差し伸べた。

 半分以上、周りの大人たちに聞かせるように優しく、見事に建前の言葉を語ってきかせる。


「だから、僕が教えてあげるよ、上手な挨拶の仕方を。だって君は僕の友だちのディーノの妹なんだからね」


 そう言いつつ、それからもついつい彼女を虐めてしまったのは、僕だけが悪いのではないと思う。だってそれくらいこの時の彼女の泣き顔は可愛かったのだ。


 彼女は一瞬、きょとんとして、それからにっこり笑って僕の手をとってくれたけど。


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