11.閑話・初めての口づけ
彼女との最初の別れは、僕がもうすぐ五歳になろうかという時のことだった。
レミリアは一歳。
ちょうどよちよち歩きを始めた頃で、ますます可愛く、目が離せない時期になっていた。
「リヒャルトももう八歳だ。本腰を入れて次代の王としての教育を受けねばならん」
そう言った父が、ふと、隣にいる僕に目を止めたのだ。
「そういえばラヴィル。そなたは最近、王宮にいる時は図書室にこもり、すでに大人向けの書を読んでいるそうだな」
そして言った。
「ちょうどいい。そなたもリヒャルトとともに教師につくとよい」
僕は愕然とした。それはつまり大人になる準備を始めろと言うこと。自由な時間がなくなるということだ。もう今までのように頻繁に王宮を抜け出すことはできなくなる。あの危うい盛りのレミリアを見守ることができなくなるということだ。
だが。
「……これはいつか来る別れなんだ、レミリア」
僕はこれが最後と訪問したカストロフ家で、にこにこ笑いながら床に座り込んでいる幼児に言って聞かせた。
王族として生まれた以上、いつまでも遊んではいられない。それは貴族であるレミリアだって同じだ。
彼女もそのうち淑女教育を受けるようになる。だが逆に礼節を身に着けた大人になれば一人前と認められる。親の管理下を離れて、自由を得られる。互いの家を行き来して、こうしてまた遊ぶこともできるから、と。
その時の僕は難しい書を読み、専門の知識はあっても、まだ情緒は育っていない頭でっかちな子どもだったと思う。
この小さな生き物への愛着が何か、ディーノや兄に向けるものと同じか違うのかさえ判別がついていなかった。だがこれからも共に学び、宮殿で交流できるディーノや兄と違って、〈女性〉として生まれてしまったレミリアだけは同性の兄たちとは違う扱いを受けることだけは理解していた。
だから、言った。
「……レミリア、少しの間だから」
誰よりも早く王族にふさわしい教育とやらを終えて見せる。だから……。
「僕のこと、忘れないで」
赤ん坊の記憶力など期待するだけ無駄だ。そう書物から学んでいたけれど、僕は例外があることを祈って、レミリアに手を差し伸べた。
握り返してくる小さなぷくぷくした指が可愛らしくて。
ちょうど乳母もディーノもよそを向いていたのをいいことに、そっと彼女に顔を近づけた。
それは僕の初めての接吻。
すべらかな頬はとてもやわらかで、レミリアはキャッキャと笑いながら僕を受け入れてくれた。
儀礼の口づけばかりをこなしてきた僕にとって、初めて自分から欲した、心から為した温かなふれあいだった。
君に誓うよ、レミリア。きっとまた会える、一緒に遊べる。
僕は必ず君を迎えに来るからーーーー。




