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プロローグ

「ちょっとそこのあなた、目障りですのよ!」

「はい?」

「ですから! 殿下の周りをウロチョロしないで欲しいんですの」


 と、言われても。

 私の前で腰に手を当てふんぞり返っているのはマチルダ嬢。豪奢な巻き毛が美しい、妙齢の令嬢です。

 彼女の話からすると、これは物語でよくある、王子の自由を奪う高慢な婚約者に、王子に恋するけなげな令嬢が、愛こそすべてと抗議するロマンチックな場面らしいのですが。


 私は困惑して問いかけます。


「あの、それで私にどうしろと」

「殿下を自由にしてほしいのですわ。あなた、さっさと婚約者の立場を辞しなさい!」


 そう。物語と違って、王子の婚約者なのは地味な私のほう。そして私は婚約破棄のサインが欲しくて殿下のもとにいるだけで、マチルダ嬢の敵ではないのです。


 なのにぎんっとこちらを射殺さんばかりににらみつけてくるマチルダ嬢。怖い。真剣、怖い。私は弁解しようと口を開きました。


「あの、私は……」

「何をしているのかな、レミリア」


 ご安心を。用が済めばすぐ出て行きますから、とマチルダ嬢に言いかけたところで、邪魔が入りました。後から伸びてきた逞しい腕に抱きしめられて、思わず言葉を呑み込みます。


 ラヴィル殿下。

 私の書類上の婚約者殿が、にっこりどす黒い笑みを浮かべて私の後にいました。いったいいつの間に。

 殿下の濡れたように艶やかな黒髪と紫の瞳が、悩ましげに揺れています。ぐうっ、首筋に息がっ、無駄に色気がっ。相変わらずの美貌が近い、近すぎます。


 じたばたもがく私をやんわり封じて、殿下はそっと耳朶に低い声でささやいてきます。


「おい。ちょっと眼を離したすきに何をお前は内情をペラペラ話そうとしているんだ?」

「そ、それは」

「マチルダ嬢の前では仲睦まじい婚約者のふりをすると契約したはずだな?」


 顔はあくまで甘く優しく。でも腕は容赦なく私の貧弱、もとい、細い体を締め上げてくる殿下。腕の力が強い強い強い。これはもはや抱擁ではなく拘束技。


「で、殿下、離してください」

「だから、嫌なら自力で逃れろと言っているだろう?」

「自力で無理だからいつもお願いしてるんじゃないですか」


 平行線です。

 いくら抗議しても私を離そうとしない殿下。マチルダ嬢の顔がむちゃくちゃ険しい。恋愛沙汰に関わる令嬢方のごたごたが嫌で、王家の王子様方からは距離を置いていたはずなのに、どうしてこうなった。


 ことの起こりは半月前、

 兄が起こした不祥事の後始末に王宮へ赴いたところまで遡るのか。それとも習いたての字の書き取りに夢中になっていた幼い頃まで?


 今さらながら、ここに至るまでのいろいろを思い起こして、遠い目になります。


 私の名はレミリア・カストロフ侯爵令嬢。

 エルシリア王国の国王陛下に代々仕える臣下、初代王より封土をうけた領地を経営する他に、家業として傭兵団の経営をやっている、少しだけ変わった家柄の娘です。


 容貌は地味の一言。

 母譲りの銀の髪に緑の瞳、父譲りの事務能力。素材の一つ一つは悪くないと思うのですが、すべてを足すとどうも地味。これは私が領地の執務室にこもって領地経営のあれこれを日々こなしているからかもしれません。

 毎日、朝から晩までペンを手に書類と格闘する生活。

 前にお日様の下に出たのはいつだっけという不健康さ。そのせいかもともと白い肌は青白く透けるよう。銀の髪色とあいまって、夜、廊下の鏡などにうつりこんだ自分に「幽霊?!」と悲鳴を上げることもあったりします。

 

 そんな私に転機が訪れたのは半月前のことでした。



「親父たちが死んだからって心配するな、レミリア。可愛い妹のお前と家業は俺が守るから」


 そう父母の葬式で頼もしく言ってくれていた兄が駆け落ちしたのです。しかも陛下の近衛を務める騎士でありながら、陛下の婚約者候補の姫君を攫うという、貴族社会では考えられない不忠でもって。


(ああ、兄様。恋なんて興味ない人だと思ってたのに)


 顔は母似で妹の眼から見ても美形だった兄。社交性のない私と違い陽性で、爽やかな笑顔と汗が似合う真正の騎士様でした。


 当然、令嬢たちにおもてになる。


 ですが家に連れてくるのはムキムキ筋肉男ばかり。正装して夜会で淑女をエスコートするよりは、部下と下町の安酒場で酒を酌み交わすのが好き。洒落たお茶会に招かれて窮屈な思いをするよりは練兵場で汗を流す方がいいと公言する、見るからにわかりやすい筋肉馬鹿。これは将来の嫁の来てはあるんだろうかと、親戚の叔母様方とため息をついていた兄だったのに。


 あの兄が道ならぬ恋に落ちたというのなら、たった一人の妹として、少しはともに悩んだりはできなかったのか。それとも年頃の令嬢になりながら、同年代の男女と交わろうとせず、恋にも縁がなさげな私に相談しても無駄と思ったのか。


 とりあえず、起こってしまったことは嘆いてもどうにもなりません。

 問題はこれからのこと。代々続いた侯爵家の行く末です。


 傭兵業を家業とする我が家には、食わせないといけない野郎どもが大勢います。領地の民や使用人たちの行く末だって気になります。


 すでに連座を怖れて親戚の叔母様方も親交のあった家々にも距離を置いてもらっています。ぎりぎりまで家の舵取りは私がするので、もしもの際は領民や使用人たちを救助してくれと頼むと、皆、頼もしくサムズアップして引き受けてくれました。だから後顧の憂いはなし。思い切り動けます。


 この国では王の許可さえあれば女でも家を継げる。

 現に先代の我が家の当主は、入り婿の父ではなく、女将軍たる母でした。

 不忠を働いた身でおこがましいですが、陛下に直訴して、私が兄に代わって当主となる、そして前当主は侯爵家から勘当、以後は他人とするなど兄に責任をとらすので許してほしい。そう言うしかありません。兄にすべてをひっかぶせるのは心苦しいのですが。


 幸い相手の姫君はまだ〈候補〉の段階で、彼女の名誉の問題もあり、陛下は表立っては沈黙を守ってくださっています。それに我が家は王家も無視できない力を持つ侯爵家。代々、お抱え私兵の〈青狼傭兵団〉を率いて、王家の盾となり剣となってきた家柄で、王家とも家族ぐるみのお付き合い。今の陛下は畏れ多くも私や兄の幼馴染だったりします。

 そこをさりげなく強調して、兄のやらかしたことを平謝りして、今後はさらなる忠誠を誓うと約束して、なんとかならないものか。


 貴族たちの好奇の眼は後回し。

 とにかく陛下の心証をなんとかせねば。


 我がカストロフ侯爵家に残った唯一の直系として。私は馬車をしたてると、一路、王城へと向かったのでした。




6月29日、プロローグの現状説明本文の前シーンを入れ替えました。

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