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サヨナラフタツ2


「和斗、お早う。フフフ、大きな寝癖。起きたばっか?」

目が覚めると沙耶が寝起きの俺の右腕に両腕を絡ませながら笑いかけてきていた。彼女は身長が低いので見下ろす体勢になるが、それがまたいい。

「ああ、、、今日は寝坊みてえだ、、、。まだ頭がクラクラしてやがるぜ」

確かに頭が朦朧としている。寝不足だろうか。今日は早く寝よう。と起きたばっかの俺はぼんやりと頭のどこかで考えていた。

「うーん、そっかあ、、、。じゃあ私が起こしてあげる」

そう言って沙耶は頬を少し紅潮させながら顔を俺に近づけた。ん?んん?これってまさか、?などといった妄想が現実になるのではないかという淡い期待に俺は少し唾を飲み込んだ。どんどんと彼女の小顔が近づいてくる。もうすぐで彼女の唇と自分のそれが合わさろうとした時、、、、。

「目覚めのキ、、、」


俺の意識は戻った。





「なぜ起こした、解者ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

とりあえず無意味に起こされた俺は起こした張本人の解者に八つ当たりしていた。キレそう、というかキレている。まじでぶん殴りたい。

こんな夢100年に一回しか見ないのに!日食よりもレアなのに!

「おやおや、起こしちゃったらダメだったのかな?」

俺の八つ当たりに向かって何の悪びれる様子もなくニヤニヤとした笑みを浮かべているのは木下解者__16歳。解者と書いてクモツと読む、キラキラネームの持ち主で、成績は真ん中よりは少し上程度の、世にも奇妙な青年だ。まず中二病に侵されている時点で話しづらいのだが俺の数少なくは別にない友達の一人であった。

そしてその横で俺に静かに哀れみの目を向けているのは墨ノ川魔鈴。頭に釣り下げられたツインテールは紅色に染められており、明るい印象から常人なら明るい人と思うだろうが、実際は恐ろしいコミュ症で、俺達以外に話し掛けられると「む、、、むふ」としか答えられないらしい(解者情報)。だがこいつらはおかしく頭の狂った奴ではあるが脳以外に悪い奴では決して無く、二人とも俺のクラブの部員だ。何部かは未だわからんが。

「別にダメじゃねーけど、、いい夢だった気がする」

「悪いね。ところでそれにしても和斗は本当に沙耶さんが好きなんだねえ。愛を感じたよ」

「何故知ってる」

「君が独り言で連呼してたからね」

俺は頭を抱える。俺は一体寝言で何を言っていたんだ!?放送禁止用語とか叫んでないだろうな!?(18越えの)

「報われない恋こそ僕は応援するよ」

「決めつけんじゃねえ!どうなるかはわからねえだろ!決められていない人生に向かって歩むのが俺たち近代の学生の本職じゃないのかな!」

「本職と来たか。だが僕には見えるよ、君がアニメの抱きまくらを抱きながら学校の屋上で泣きわめく姿がね」

「いや、振られてもそんな事は絶対しないからな!!」

意味のない言い争いがまた始まろうかとした時、部室のドアが盛大に開かれた。ドアを乱暴に扱うなよと言いたいところだが言えないのがむず痒い。


「ごめん、遅れたーー」


噂をすれば影。部長が開き戸を開けて入ってきた。

「こんにちは、沙耶さん」

「ええ、こんにちは解者くん」

解者はまた沙耶の右手を睨むように凝視した後、笑顔を崩さず挨拶のように言った。

「沙耶さん、また傷が増えたね。毎日毎日と大丈夫なのかい?」

解者が言う通り、沙耶は近頃顔や腕に傷をふやしていた。沙耶の顔に傷がついていくのはこちらとしても居たたまれない。痣や擦り傷など傷の種類は様々であるが、解者はかつて沙耶に隷属して離れない傷を纏めて<虐待>と述べていた。沙耶は家の中という外部からは見えない場所で虐待を受けているのだろう、と。しかし今から約一年前、俺は沙耶の両親に会ったことがあったが、どうにも虐待をするような家族には見えなかった。幸せそうな家族だった。それから、沙耶の家族に事件が起きたことは理解しているけど、それで沙耶が虐待をされ始めたというのは想像しがたい。そしてその傷に関しては沙耶の答えは曖昧で、いつも「転んじゃった」と陽気に話してくるのが逆に不安をよそられた。正直毎日そんなに転ぶやつがいて堪るかと声を大にして沙耶に言ってやりたいが、この件を遠慮なく彼女に問いただすのはお互いに気が悪くなるだろうという暗黙の了解の中、俺たちは「そうなんだね」と曖昧な返事しか返せざるを得ない状況であった。

「うんうんそうかい、気をつけるんだよ」

虐待と完全に自分の中で固執している解者もこの時は全く追求しない。これはいつものことだ。沙耶は

「そういえば和斗、バイトのシフト増やしたんだって?」

沙耶の急な話題変更。しかも俺に話をふってきた。迷惑、というわけではない。

「ああ、少しな。金はかなり貯めておいて、遊びに行くときとかに一気に使いたいんだよな。それなら解者も少し増やしたんじゃなかったか?」

「僕は増やしてないよ、給料は和斗の二倍ぐらいあるからね。んま、僕は和斗とは違って妹という二人目を養ってるんだけど」

イモウトか、、、。

「ああ、そうだったな、、、」

力無く机に笑いかける。そんな俺を見て解者は皆に向けていた笑みを崩し下を向いた。解者はかつての俺の醜い過去を全て知っているのだ。申し訳なさそうに口から言葉が発せられるのを見て俺も顔をしかめる。

「、、、悪いね」

その謝罪は解者にしては珍しい凄い真剣なものだった。

「いいよ、解者。気にする必要はない」

「どうしたの、二人とも。深刻な空気を漂わせて」

俺と解者は首を横に振って手を叩いた。結構大きな音が部室で響き渡る。

「んじゃ、今日はお前らに俺が寿司でも奢ってやるよ。金はあるから心配すんな」

「本当かい、でも僕はシフトを入れてるから無理だね」

「ゴメン、多分私も、、」

解者と沙耶に真っ先に否定された。そこまで俺虐められるキャラなの?いつのまにかキャラが孤立していたら怖い。

「魔鈴、今度でいいか」

「うん、ふたりじゃ気まずいし」

そんなに気まずいだろうか?確かに魔鈴と二人でどこかに行ったことはないが。

「ところで今日は何をするんです?」

解者が不思議そうに言う。そうだ、確かにだべってるだけで何の活動もしてない。部活だから何かすることがあるのだろうという淡い期待も沙耶は一言で払拭した。

「今日は特にすることは無いよ、帰る?」

ちょっとずっこけそうになる。

「ないのかよ。じゃあ俺は先に帰らせてもらうよ、解者と魔鈴は?」

「僕は帰ろう。沙耶さんは?」

「私は少し残るよ。しようと思ってる事があるから」

沙耶の焦点は曖昧で確立した目標はない。どこか、別の世界を見ているようだ。

「じゃあ沙耶さん、また明日」

「うん、またね」

俺はそう言う解者と魔鈴を外に出し、ゆっくりと後ろ手で扉を閉めようとした。すると、急に何を思ったのか沙耶はそんな俺に「待って!」と何故か声を荒げた。俺は少しびっくりする。

「何だよ」

「やっぱりね、私決めてたことをしようと思うの」

「決めてたこと?文化祭か?」

「そんな馬鹿げた事じゃない」

文化祭は馬鹿げたイベントではない。

「じゃあなんだよ」

沙耶は少し淋しそうに俺を見つめた後、少し悔しそうに下を向いて歯を食いしばった。俺はどういうことかと戸惑う。

「和斗、分からないの?」

「だから、何がだよ?知らねえよ」

「もういいよ、和斗。それじゃあ、、、」

彼女は手を振って俺のそばまで小走りで走ってきた。俺が怪訝そうな顔をすると、彼女は寂しそうに笑った。


「サヨナラ」


ピシャッと俺と沙耶の狭い空間に扉が入り込んでくる。俺は沙耶に手を伸ばした。が、無論その手は彼女に届くことはない。ただ俺にとって俺と沙耶の空間を真っ二つにした扉は真夏日の熱気により恐ろしく暖められているに関わらず、地獄のように冷たすぎるように感じた。



「それがどうしたの?和斗」


その後の帰り道で俺は先程の話を二人にしていた。アホな魔鈴は全く意味を理解していないみたいだが、解者は俺の話を聞いている最中ずっと何かを悩んでいた。何か分かったのだろうかと解者からの返事を待っていると、解者は長時間かけて一つの言葉を口から漏らした。

「それは……まずいね」

「少しばかりおかしい気がしてたんだ。なんか、沙耶が遠い世界に行ってしまいそうな感覚に陥った」

「うん、沙耶さんは多分君に本当の大切な意味を分かって欲しかったんだろうね。そのための行為と考えるのが打倒かもしれない。そしてきっとそれは……」

歯を食いしばる。もし、もし俺が想像しているフィクションが現実となれば、本当にもう二度と沙耶に…。

「戻れ、和斗。何故帰っているんだ。これは僕の他愛無い知識に過ぎなくて確信があるわけじゃ無いけど〝サヨナラ〝という単語にはどうやら二つの意味があるらしい。一つは別れの時の挨拶語。そしてもう一つは…」

解者は一度呼吸をおいて俺を睨んで言った。

「[貴方の想像通りです]という意味だ。君の考えはどうやらこの世界の現実になろうとしている。そして君はそのビジョンを捩曲げ直す義務がある。行け、和斗。今すぐだ。僕らも追う」

蝉の声の中、解者の言葉という名の手紙は大きな大きな夕焼けの中に、贈り先に届いた後消えていってしまった。そしてその解者からの手紙は俺にとって余りにもビックボリュームなものであった。



なんて私は馬鹿なんだろうと自己嫌悪しながら私は窓の外をぼんやりと眺めていた。そこからは、子供達が楽しそうに遊ぶ声と憎々しい蝉の声が聞こえる。

デジャヴだろうか。私にはなぜかその蝉の声に確かな聞き覚えがあった。ある夏の日に公園でとかではない。懐かしくて暖かい記憶だった。

「私を助けて」

誰かに届いて欲しいという思いを込めて独り言を呟く。そんな声じゃ勿論誰にも聞こえるはずがないのだが、誰からも返事が来ないことを私はひどく心淋しく感じた。 

そして私は傷だらけの右腕とリストカットの線がいくつも交錯している左腕を見比べた。見飽きたものだが、改めて見ると紅白色に固まっていて実に気持ち悪いものだ。

振り返ってみると、良い人生だった。でも私の記憶は学校での出来事しかやっぱり残っていない。

そんな自分が嫌で、大嫌いで、大々嫌いだから。

私はこの美しすぎる世界の断片に一度でもなりたいと思ったのだ。私が世界の破片となったらきっと誰も私の事を忘れない。そう、私に死を強要してくる母さんと父さんも私が死んだことを悔やむだろう。

そんなのは私の自己満足で自己中な事って分かっているけど。

けどけど。

人に忘れられる程淋しい事はなかったから。

誰からも必要にされずただただ殴られる日々。それはもう二度と見たくない最悪のビジョンだった。

家族との記憶がフラッシュバックする。頭痛が起こり、私は頭をがむしゃらに抱えながら窓を開けると一気に清々しい風が入ってきた。私をまるで部室内に押し戻そうとするぐらいの勢いだ。

それでも私は体を上空に半分出し、綺麗すぎる快晴に頭痛の中笑って見せた。もし生まれ変われるならこの快晴のように美麗な女の子がいい。なんちゃって。


最期に。

この世界は嫌な事だらけだ。地獄よりももっともっと辛く、醜く憎く苦しい。でも、それ以上に怖いぐらい美しかった。美しさこそ醜さだ、とかつて和斗が言っていたことを思い出し本当にそうなのかなあと今なら思うことができた。

今思えば、走馬灯のように彼らと過ごした楽しかった日々が思い出される。もし和斗達にまた会えたなら、お礼が言いたいな。


会えないことは分かっているんだけれど。

私はそう思いながら全ての体を空に授けた。





「死んでどうするつもりなの?」


目の前の少女は私に声をかけてきた。その少女は正真正銘私自身だった。


「貴方は?私は死んだの?ここは死後の世界?」

「死んでないよ、私のお陰で意識だけこの世界に移したもの」

目の前の私は胸を反らして自慢げに微笑む。

「ねえ、何で私は生きてるの?」

「聞きたい?」

勿体ぶる私に私は何度も頷いて見せた。目の前の私は何か裏のあるように恥ずかしそうに笑う。凄くわたしに似ている。そう感じてしまう私がいた。

「それは彼が教えてくれるはずだよ、絶対彼は貴方を守ってくれるから」

「彼?」

彼女は小さくうなずいた。

「彼、君のそばにいてくれて、君のことをただひたすら想い続けてくれる青年。君が狂っていると分かっていても彼は自分を狂った世界に移してでも守ろうとするの。そんなお伽話の王子様のような人がいるんだよ」

「、、、面白くないよ」

だけどもし本当にそんな人がいたら。

「面白くない冗談だと思う?」

「思う、、、けど本当にいてくれたらな、私は、こんな今に生きていないんだろうな」

私はその人を懇願した。自分の救世主に会いたい。すると彼女は私のおでこに人差し指をくっつけて笑顔で呟いた。

「君にとって大切な人が分かっていないということ?」

素直に頷く。そんな私を見て彼女は大袈裟に笑い飛ばした。

「思い出せばいいんだよ、昔の記憶。君と彼が出会った時の記憶を。そうだ、君はあの日紅茶を彼に奢ってもらったんだ。そのまま家に彼と帰って、死とか哲学的なことを話し続けた。そして約束したよね。彼は何て言った?貴方をどうすると言った?」

「分かってるでしょ?貴方は私で、私は貴方なんだから。彼の名はね………」

そこで少女は私の視界から一瞬にして消えた。

よくわからない虚しさだけが私を嘲笑うように残っていて。

赤色の温かい風が私の頬を優しく撫でた。

多少の痒みが頬をぴきりと刺す。


視界が戻る。


黒い空。

真っ赤な夕焼け。

そして熱い掌。


「和……斗?」

自殺しようとしていた私の手首を掴んでいたのは他の誰でもない和斗だった。彼の瞳は凄く真剣そうだ。

「お前、何してんだよ!!」

強い怒声。人にこれほどきつく物事を言われたのは初めてかもしれない。それでも私は平常を保ち目を細めて一言漏らした。

「手を離して、和斗」

「馬鹿か、離すかよ!千切れても離さねえかんなッ!」

頬を熱い何かが垂れた。人に助けてもらってる自分。笑われても私はその現実を愛していた。

私は誰かに救われる存在である。今までのように手首を切り裂くたびの誰もが避けていく苦しみを感じる必要はもうない。そうだとわかっていた。

でも。

「おい沙耶!嘘だろ止めろ!」

私は掴まれていない右手を使って彼の握る右手と私の手首の間に爪を食い込ませて抵抗した。和斗はおもわず握る手に弱める。それでも離すことなく握ってくれた。

助けて貰っているのにうざいな、とふと思った。何という自己崩壊。

「和斗、私の気持ちを受けとって。死にたいの。でも和斗にだけは迷惑を……」

「んな事知るかああああああッッ!!」

和斗は私に叫び散らした。私の腕に込める力を強める。どう見ても冷静さを失っているようだ。まあそれが当然なのだが、今なら当然が歪曲して見えた。

和斗は初めから最期までなんやかんや優しかった。でも、もう少しで手が剥がれる。死ねる。消えれる。

いろいろあったけど我が人生。


______幸せだったなあ。


和斗の手の力が緩まった。


落ちていく。

歪んだ未来に。


「サヨナラ、和……」



「______俺にはもう沙耶しか、残ってないんだよ!!」



今までなら耳を閉じただろう。心を締め切っただろう。

が、その私の拒絶を止めたのは信じがたい和斗の泣き顔だった。

初めて見た、和斗の泣き顔。

決してかっこよくないし、

映画で見る俳優の泣き顔のように完成しているわけでもないし、

美しくもない。


けど、その顔は。



すごくすごく素敵だった。



「親は交通事故で死んで、妹は一人で悩んで自殺して、心を許せる人なんて一人もいなかった。でも沙耶は、俺を、信じてくれただろ。助けてくれた。俺がその時どれだけ嬉しかったか、笑いそうになるのを、泣きそうになるのを、堪えるのがどれだけしんどかったか、お前にわからねえだろうなあ!それなのに、お前が死んだら俺はどうやって生きていけばいいっていうんだよ_____どうして、俺の大切な人はみんな死に急ぐんだよ?俺がダメなのか?誰かに死にたいと思わせてしまうのかよ俺は____もう誰も想ってはいけないのかよ___?」


信じた覚えなんてない。


助けた覚えなんてない。


ただ軽く声をかけただけなのに。


私を信じてくれる人がいた。


私を助けてくれる人がいた。


だったらそれが誤解だとしても、不様だとしても。


私は信じ返さないといけないじゃないか。


_____________笑える。


私は、和斗の右手首を右手で精一杯掴んだ。





ねえ、もう一人の私。

私みたいな人が言っていいのかわからないけど。

私にもちっちゃいけど大切な夢が出来たよ。

その夢は綺麗な幸せ色なんだ。

叶うといいな。


――――私は和斗のお嫁さんになりたい。


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