7話 ~旧友~
翌日、ソウマは旧友からの呼び出しで街の南門にやって来ている。そこには何故か人集りが出来ており、待ち合わせが難しそうであった。
「はぁ……昨日は夜中まで働かされていたってのによ……。もう当分は働きたくねぇ……」
人集りから少し離れた建物の壁に身体を預けながら、小さなため息をついた。
「そーまぁぁ~!!」
「!?」
突然の呼び声に戸惑うソウマであったが、周囲にこちらを見ている者はいない。
ということは―――。
「ぐえっ!?」
そう判断して真上を見上げた瞬間、ソウマは何かに押しつぶされた。
「おはよ! 今日も死んだ魚みたいな顔してるね~!」
「折れた……もう働けないです……」
何故か上からのしかかってきたのは小さな女の子であった。彼女は片腕を押さえるソウマに馬乗りになりながら笑顔を向けてくる。
「んじゃ逆に曲げれば治るよね」
「それどんな理論なん、いたたたたたた!!! ヘルシャお前、それ曲げちゃダメな方向だから、ホントに折れるから!」
彼女はヘルシャ・シュトライヘン。ソウマの旧友の一人である。
身長はソウマよりかなり低く、いつもくりくりとした赤目で見上げてくる。
髪は黄緑色の短髪であっちこっちにはねている。見るからに子供なのだが、出るところは出ているという不釣り合いなスタイルである。
「やめてやれ、ヘルシャ。そいつは単体じゃ本当に弱い」
「おいイグニス、フォローするのか貶すのかハッキリしろ」
ソウマの手を曲げてはいけない方向に曲げ続けているヘルシャを止めたのは、藍色のポニーテールを靡かせながら建物の影から出てきた長身の男であった。
彼はイグニス・スティーリア。ヘルシャと同じくソウマの旧友にあたる人物だ。
「確かにイッくんのゆー通りだけど、そーまの力は面白いから好きだよー! だからケンカしよーよ!!」
「なにその遠まわしな告白と唐突な宣戦布告は……」
ソウマはどんよりと肩を落としながら、半目でヘルシャを見上げた。
そして後頭部を掻きながら立ち上がり、二人に問いかけた。
「で、なんで俺はこんなとこに呼ばれたの? 昨日珍しく働いたから倍は休みたいんだけど」
「戦うんだよ~」
「……は?」
「戦うの、みんなで!」
ヘルシャは両手を大きく広げた後に、人だかりを指さして笑った。
「まさか……」
「あぁ、レイドによる邪精霊狩りだ」
「……」
「今回は大量みたいだから楽しみだね~」
イグニスはたった一言そう説明し、ヘルシャは心底楽しそうに笑いかけてくる。
「いやぁぁぁぁぁ!! めんどくさいめんどくさいやだー!!」
ソウマはそんな二人から逃げ出すように駆け出した。
逃げ足の速さでソウマの右に出る者はそういない。だが―――。
「えいっ」
「なっ!?」
ヘルシャは一瞬でソウマを追い抜き、高速で足払いをして彼の足を強制的に止めた。
止めたというか、ソウマは転んだ勢いのまま遠くへ吹き飛んだ。
「あははー! ソウマがウチから逃げられるわけないでしょー!」
「ちくしょう……この戦闘狂の猿が……」
逃げられないことを悟ったソウマは、砂を掴んだ拳で悔しそうに地面を叩いた。
「キヅキ ソウマ……?」
「げ……」
這いつくばるソウマの眼前に、動きやすさを重視した短い灰色のバトルドレスを纏った人物が現れた。
「げ、とは何よ」
その人物は昨日ソウマがこき使われる要因を作った張本人、アリス・フォティアであった。
彼女は腕を組んでソウマを見下ろしてくる。その横には姉妹のような伝道妖精が浮遊していた。
「いや、昨日あんな感じで別れたから……。てかお前、奢るって言ったくせに帰りやがったな! おかげで俺は……!!」
「ご、ごめんなさい……動揺しちゃって。あとで必ず奢るわ……」
かばっと立ち上がって捲し立てるソウマの言い分に、反論出来なかったアリスは申し訳なさそうに視線を逸らすことしか出来なかった。
「まぁそれならよ……くもないけど仕方ない」
アリスの提案に、立ち上がって砂埃を払ったソウマはぶすっとしながらも了承した。
「それであなた、どうしてこんな所にいるの?」
「あぁそれは」
「あー! アリス・フォティアだ~!」
アリスの問いかけに答えようとしたソウマの声は、遠方からのヘルシャの大声によって断ち切られた。
「なーなー、あんたが【灰燼の魔女】って呼ばれてるルーキーだよね? ウチとやろうよ!」
「え、な、なに……!?」
突然駆け寄ってきた幼女に困惑するアリスであったが、ソウマに襟首を掴まれたヘルシャがつままれた猫のように大人しくなったため警戒を解いた。
「無理やり呼び出されたんだよ。あぁ、こいつらは昔馴染みでちっこい方がヘルシャ、この仏頂面がイグニスだ」
ソウマに紹介された二人は満面の笑顔と感情の乏しい目礼で応じ、ソウマに問いかける。
(二人とも聞いたことがない名前ね……。こいつと同じで戦いに参加してないのかしら)
ヘルシャとイグニスの名を聞いたものの覚えがなかったため、彼らも闘技場では戦っていないのだろうかと判断した。
「で、お前は何してんだ?」
「……ぇ? あぁ、街の外で邪精霊の大群が発生したらしくてね。討伐レイドへの参加よ」
「はぁ~……お前もかよ……」
「なに、あなたも参加するの……?」
説明にため息で返したソウマに驚いたアリスは、怪訝な表情で聞き返した。
昨日あれほど戦いを嫌っていると言っていたのに、行動が矛盾しているではないか。
「したくねぇよ。けどこいつからは逃げられない……。待って、折れる」
「あ、そういうこと……」
ソウマは肩を落としながら泣きそうな様子で説明する。その間ヘルシャは彼の手首をずっと握っていた。
「イグニスさん、もうすぐレイドの募集が締め切られるようです。あ、ソウマさん、こんにちは」
「おー、ヘリオドール。お前は俺にも礼儀正しくて嬉しいよ……」
人集りの方から飛んできたのは金の長髪を靡かせる伝道妖精であった。眼鏡をかけている彼は知性的で、ソウマに対しても礼儀正しく挨拶してきた。
「あー! そーま! そーまだー!」
ヘリオドールを追うように、外ハネした赤髪のウルフカットを振り乱す伝道妖精が飛んでくる。
彼女は楽しげにソウマの名を呼びながら、彼の顔面に激突した。
「がっ……! ガーネット、お前はもう少し大人しくしてろ……」
「あははー! 久しぶりだなー!」
ソウマはガーネットという伝道妖精を掴んで説教する。しかし彼女はそれを気にすることなく楽しげに笑った。
「あそぼーあそぼー!」
「やかまし……いや、遊ぶか。ということでお前ら、俺はガーネットと遊ぶからレイドは任せた!」
「ガーネットの言う遊びは戦いだよ? ウチの伝道妖精なんだから当たり前じゃ~ん」
ガーネットを掴んだまま逃げ出そうとするソウマの襟をヘルシャが掴む。
「ですよね~……」
「あはは! そーまの戦い方は面白いからな~! 久しぶりに見せてよ~!」
「クッソ……この戦闘狂どもが……」
「だからヘリオドール、四人で参加申請してきちゃって~」
肩を落とすソウマの手首を握ったまま、ヘルシャは笑顔でヘリオドールに声をかけた。
「分かりました」
ヘリオドールはヘルシャの指示に従って、再びレイド募集によって人集りが出来ている方向へ飛び去って行った。
「もう観念することだな」
それを見送ったイグニスは振り返ってソウマにそんなことを言った。それを受けて彼は舌を出して渋い顔をしていた。