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6話 ~理想郷の真実~

「あ……? テメェ【灰燼の魔女】か? 一緒にいんのは……はっ! 誰かと思えば【不戦の負け犬】じゃねぇか!」


 その男は自身が怒鳴り散らした相手を見ていやらしく笑った。


 アリスには下卑た視線を、ソウマには嘲笑うかのような視線を送る。


「テメェみたいな有名人がこんな雑魚とつるんでもいい事ねぇぞ?」

「大声を出したことは謝るわ。けれど何の権利があってあなたが彼を侮辱しているの……?」


 アリスは自身の不手際を謝罪した後、目を細めて鋭い視線を送った。


「は? 雑魚に雑魚って言って何が悪い? テメェだって知ってんだろ、こいつの戦績」


 全戦不戦敗。


 それがソウマの異名の由来になっている事はアリスも知っている。しかしこんな場所でまで罵られる謂れはないはずだ。


「こんな奴と一緒にいるよりオレと来いよ。強え奴は強え奴といる方が有意義だ」


 アリスは先程から自身に向けられてている、粘つくような卑しい視線に吐き気がしていた。


「あなたが強い? 到底そうは思えないわね」

「あぁ!? このアマ……ッッ!!」


 喧嘩腰の言葉によって怒った男はアリスの胸ぐらを掴もうとして、しかしその手を止めた。


 それは彼女から放たれる剣のような攻撃的な魔力が原因であった。


 触れようものなら切り裂かれる。


 ただの魔力の放出が男にそんな印象与えているのだ。


「こんなことで狼狽えるなんてたかが知れて、ひゃぁッッ!?」


 魔力の放出で男をすくませたアリスが言葉を重ねていく中、突然可愛らしい声を上げた。


「ちょっ、いきなり何するのよ!?」


 それは突然ソウマが彼女の脇腹を突いたためであった。


 アリスは威嚇する猫のように彼を睨みつけた。


「店に迷惑だ。こんな奴相手にすんなよ」

「けどあなたのことを……!」

「それこそ慣れてるから気にすんな」

「テメェなんぞにこんな奴呼ばわりされる筋合いはねぇんだよ、負け犬」


 男はソウマのジョッキをひったくって、淡々とアリスを諭す彼に頭から浴びせた。


「あなたっっ!!」


 その侮辱的な行動に、アリスは怒りとともに再び魔力を放出した。


 しかしソウマが腕を掴んだことによって再び行動を止められてしまう。


「やめろ」

「で、でも!」


 エールが顔中を伝う中、ソウマはアリスの目を真っ直ぐに見つめ低い声で一言だけ発した。


「待ってれば終わる」

「……?」


 ソウマの発言に首をかしげたアリスだったが、その答えはすぐにやってきた。


「お客様、他のお客様のご迷惑ですので……」


 そう言いながらソウマたちのテーブルに歩み寄ってきたのは先程のマオだった。


「あ? 迷惑なのはこいつら、かはッッ!?」


 彼女は一瞬で男の懐に入り込むや、視認できないほどの回し蹴りを叩き込んだ。


 その一撃は自分の身長の倍近くある大男の身体を浮かせ、吹き飛ばす。


 それが分かっていたかのように、いつの間にか入口に待っていた執事風の白髪のダークエルフが扉を開き、弾丸のような勢いのまま男が店先に放り出された。


「ご退店お願い致します」


 強烈な一撃を放ったマオは、店外で伸びている男に向かって柔和な笑みを讃えながら言う。それを目にして、彼の取り巻きたちも金を置いて一目散に逃げていった。


「強い……」


 アリスは一連の流れを目にして一言だけ言葉をこぼした。


 笑顔のままのマオからは、殺気には至らないものの闘気と呼べるようなものが溢れていた。


 それによくよく店内を見渡して給仕たちに目を向けてみると、その誰もが内に強大な力を秘めていることが感じ取れた。


(なんなの、この店……)


 もし彼らと神前決闘の場で相対したら勝てるのだろうか。


 そう思えるほどの力を、【天空の妖精亭】の面々は備えていた。


「な、だから言っただろ? 迷惑な客は力づくで叩き出す。 それがここのやり方だ」

「ソウマさん、なにエールまみれでカッコつけてるんですか。早く拭いてください!」


 マオは一瞬で闘気を収め、まるでただの愛らしい給仕のように振舞った。


 彼女は心配そうにソウマに駆け寄りゴシゴシと顔面拭く。


「ちょっ、待って、これ台拭きだよね……?」

「そうですね、でもソウマさんを拭くには十分ですよ」

「うぐっ、マスター!! この娘どんどん俺の扱い悪化してないですかー!?」

「そりゃ俺の教育の賜物ってやつだ。ほらよ」


 ソウマの訴えを聞いて厨房から出てきたベルクは、濡れた布巾を放り投げてきた。それを受け取ったソウマは顔や頭を拭くものの、服や髪に染み付いたエールの匂いは拭えない。


「もう、じっとしてなさい。【水霊ウンディーネ】」


 その様子にため息をついたアリスは、右手の人差し指を立てながら呟いた。


 すると彼女の細い指の上に青色の魔法陣が出現し、そこに全身が水で作られた小さな妖精が出現した。


『みぃー!!』


 妖精が可愛らしい声を上げながらソウマに両手をかざすと、彼を水の球体が包み込んだ。


「ごぼっ!? ってあれ、息できる」


 驚いた様子のソウマに、両手をかざしたままの妖精は円を描くように手を回した。するとソウマを内包する水球の中の水が流動し、彼を洗浄し始めた。


「おぼぉぉぉぉ!! ずげぇぇぇ!!」


 激流に晒されているにも関わらず、ソウマは心底楽しそうにしていた。


「ありがと。じゃあ次は【風霊シルフ】」


 アリスは指の上の青い妖精にお礼を言って指を畳んだ。


 青い妖精が消えたのを確認するや、今度は逆の手の人差し指を立てて先ほどと同じように緑色の妖精を呼び出した。


 そしてその妖精がふっと息を吹くと、ソウマの周囲に旋風が発生し、やがて竜巻となって彼を包囲した。


「おぉぉぉぉ! 乾いてく!!」


 竜巻によって水気を飛ばされたソウマは、エールをかけられる以前よりも綺麗な身なりになっていた。


「ありがと。これで綺麗になったでしょ」


 アリスは新たに出現させた妖精に笑いかけた後、ソウマに視線を見向けた。


「洗濯から乾燥までを一瞬で………。一家に一人 アリス・フォティア、家に住んでくれ!」

「なっ!? あなたは何を言ってるかわかってるの!?」

「んぁ? 家事が手っ取り早く終わって俺がさらに楽できそうだしな、本気だぞ」


 ソウマの発言にアリスは赤面するものの、続く言葉にその赤は怒りの色へと変化する。


「このろくでなし!!」

「言われ慣れすぎてなんとも思わないね!」


 アリスの発言に胸を張って言い返すソウマに、苦笑いを浮かべながらベルクとマオが席から離れていく。


 怒りを沈めるために席に座り、ハーブティーで口を湿らせた彼女はため息をついて話を戻した。


「……で、戦うことが無駄ってどういうことなの」


 鋭い視線を向けられたソウマは溜息をつき、仕方ないと言った様子で語り始める。


「ここで戦い続けて王になれば、元の世界を再構築できる。それがこの世界に来た俺たちに説明された絶対的なルールだったよな?」

「えぇ、だからみんな戦い続けているのよ」

「その前提が崩れても、お前は戦い続けるのか……?」

「ぇ……」


 ソウマの言葉にアリスが絶句する。


 それはつまり戦い続けたところで王になどなれず、元の世界を取り戻すことも叶わないということだ。


「この世界は最終戦争で定められてしまった神々の運命を覆すために創られた。そしてその戦争が終結することは無く、永遠に開戦と敗北を円環するようになってるんだ」


 ソウマは淡々と説明しながら、木製のテーブルを指先でなぞって円環を描いた。


「俺たちがここで強さを証明することは、奴らに手駒の品定めをさせることに繋がるだけなんだよ」

「そんな話……」

「信じられないか? けど俺がそんな嘘を吐く必要があると思うのか?」


 これまでに無いほど真剣な表情で語るソウマに、アリスは言葉を失っていた。


「エインヘリアルって聞いたことあるか?」

「え、えぇ……。世界書庫ワールドアーカイブの書物で読んだことがあるわ。あなたはここでの戦いが、エインヘリアルを選ぶための戦いだって言うのね……?」

「その通りだ、だから俺は戦わない。元の世界を取り戻せないんだった、このアルカディアで平穏に生きていたいんだよ。エールもう一杯頼む」


 ソウマはアリスの震える双眸を見つめながら言った後、視線を外して席の近くを通った給仕に追加のエールを注文した。


「根拠は……?」

「俺の知り合いにラグナロクへ送られて帰ってきた人がいるんだ」

「!? 永遠に続く戦争から帰ってこれるの!?」

「いいや、そんなのは例外中の例外だ。アルカディアを出て戻ってきた【再来者】と呼ばれる稀有な存在は数人しかいない」


 アリスの驚愕を制すように落ち着いた声音で説明する。それとほぼ同時に二杯目のエールが置かれ、彼はそれに口をつけた。


「そんな……」


 これまで二年と少し戦い続けてきた理由が一気に崩れ去った。


 それがアリスに与える衝撃は許容範囲を超えてしまっていた。


「まぁそういうことで俺は戦わない。だからこれ以上俺に構わないでくれ」

「……あなたの言葉を簡単に信じることは出来ない」


 ジョッキをテーブルに置きながら遠い目で呟くソウマに、アリスは俯きながら立ち上がった。


「っっ!!」

「ちょっ、おい!!」


 そしてそのまま駆け出して店の外へ出ていってしまった。


「無銭飲食ですよー!! 俺が!!」


 しかしそんな声が届くはずもなく、店内にはソウマの声とベルの音だけが鳴り響いていた。


「ソウマさん……」

「なんでせうか……?」


 ソウマがぎぎぎと音がなりそうな動きでゆっくり振り返ると、そこには満面の笑みの猫人の給仕がいた。




 その日、ソウマは閉店までこき使われ、閉店後の掃除までさせられた。

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