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5話 ~天空の妖精亭~

  アリスを連れてソウマが訪れたのは世界樹ユグドラシルの根本、世界図書館近くの路地裏にある一軒の酒場だった。


 女性一人で入るには勇気のいるような、閑散とした路地裏にひっそりと建っている木造の酒場の看板には【天空の妖精亭】と書かれている。


 店構えと名前が不釣り合いで、アリスは思わず苦笑いを浮かべた。


「高貴なエルフ様はこんな店入れないか?」

「私をその辺のエルフと一緒にしないで。 この世界に来る前から汚れ仕事には慣れているわ」

「いや、店は汚いけど流石に汚れるほどじゃないからな……?」


 平然とした様子のアリスに半目を向けるソウマ。


 そんな彼の後ろに巨大な影が現れる。


「おいおい、人様の店の前で汚ぇだなんだと言ってくれるじゃねぇか」


 その影の正体は色白の大男であった。しかし彼の口からは上向きの牙がほんの少し見えており、人間ではないことが分かる。


「っ!?」


 アリスは突然現れた大男に鋭い戦意を向けた。


(オーク……? いや、それにしてはあまりにも人間に近いわね。ハーフオークと言ったところかしら)


 魔力を高めつつも大男の正体を分析していたアリスであったものの、ソウマが手で制したことによって戦意を収めた。


「事実を言っただけじゃねぇか、ベルク」

「んだと、この野郎!」


 皮肉めいた笑みでそんなことを言うソウマに、ベルクと呼ばれた彼は大きな手を伸ばすもののひょいと躱されてしまう。後方に飛んだソウマはアリスの背に隠れて笑っていた。


「ったく……あ? 今日は連れがいんのか……。 ってあぁ!?」


 ベルクはアリスの存在に気付くや、目を見開いて驚いた。


 つま先から頭の天辺までを隈無く見つめられ、アリスは身じろぎする。


「おいソウマ、ちょっとこっち来い!」


 渋々了承したソウマはアリスの後ろからベルクの元へと歩み寄る。


「なんでお前みたいな底辺来訪者が、あんな娘と一緒にいるんだよ!?」

「底辺ってお前な……。てかあいつそんな有名なの?」


 ベルクはソウマと肩を組んで、アリスに背を向けながらひそひそと言葉を交わし始めた。


「有名も何も、二年前くらいにアルカディアへ来てからほとんど負け無しの大型ルーキーだぞ! そんでもってあの容姿だ、密かにファンクラブまであるらしい」

「強いってのは身をもって知ったけどそこまで有名とは……。しかしファンクラブって、何してんだよミーハー来訪者ども……」

「んんっ!」


 そんな情報を聞いて呆れるしかないソウマであったが、アリスの咳払いによって振り返る。


「二人だけで話してないで紹介して欲しいんだけど」

「あぁ、悪い。こいつは俺たちと同じ来訪者のベルク。ハーフオークでここオーナーをやってる。腐れ縁でもう五年、いや合わせたら十年以上の付き合いになる」

「あなた十年もここにいるの!? って合わせたらってどういう……?」


 ソウマが十年以上アルカディアにいるということに驚いたアリスだったが、彼の言葉に引っ掛かりを覚えて問い返した。


「ベルク・ザンフト。あの【灰燼の魔女】と名高いアリス・フォティアと会えるなんて光栄だよ」


 しかしベルクの言葉によってアリスの問いは両断されてしまう。


 彼は柔和な笑みを浮かべながら大きな右手を差し出してきた。


「え、えぇ、ありがとう」

「おっと、エルフは他種族との触れ合いを苦手としているんだったな」

「いえ、大丈夫ですよ。同族の多くはそうかもしれないけれど。アリス・フォティアです。よろしく、ザンフトさん」


 アリスは白磁のように艶やかでスラリとした手で、ベルクの岩のような手を握った。


「ベルクでいいよ。よろしく」

「分かりました、ベルクさん」


 笑みを称えながら受け答えをする二人の間にソウマが割って入る。


「なんか俺のときと対応違いすぎませんかね? ちゃんと敬語使ってるし」


 アリスに対してソウマは半目で異議唱える。握手を終えたアリスは、そんな彼にゴミを見るような視線を突き刺した。


「初対面から印象最悪で、私に何をしたと思っているの……? そんなやつに礼節を尊ぶ必要は無いわ」


 アリスは自身の身体を抱き寄せ、吐き捨てるように言った。


「お前いったい何したんだ!? ロクでなしのクズ野郎だとは思っていたがまさか……」

「うるせぇお前の想像してるようなことはしてねぇよ! てか俺の評価どうなってんだ!」


 ソウマは二方向から向けられる侮蔑の視線を振り切り、【天空の妖精亭】の扉を開けて店内に逃げ込んだ。


「まぁ立ち話もなんだ。中へ行こう」

「えぇ、そうですね」


 店内に逃げていったソウマに苦笑いを浮かべた二人は、言葉を交わした後に店内へと入っていった。




 店は木造建築で、調度品であるテーブルや椅子、皿やコップも全て木製で統一されていた。 

 

 決して綺麗とは言えないものの、エルフのアリスにとって木製で統一された空間は不思議と心が落ち着く。


 そんな店内の、窓際にあるテーブル席を陣取っていたソウマを見つけてその対面に座る。


「じゃあ俺は夜の仕込みがあるから、注文があるときはフロアにいる誰かを呼んでくれ」

「取り敢えずエールといつものセット。お前は?」

「まだ、陽も落ちていない時間からあなたは……。じゃあ私はこのハーブティーで」

「はいよ、ちょっと待っててくれ」


 二人の注文を聞いたベルクは踵を返して厨房へ入っていった。



 それからすぐに猫人の給仕が尻尾を振りながら二人の飲み物を運んできた。


 猫人とは、ほとんど容姿は人間で猫の耳や尻尾を有している亜人種である。


「ソウマさん、またこんな時間から飲んで~。ホントクズですね」


 可愛らしい猫耳をぴょこぴょことさせながら柔和な笑顔でそんなことを言う彼女に驚きながらも、アリスはハーブティーを受け取る。


「褒めんなって、マオ。それに今日はこいつのお奢りだしな」

「褒めてないだろうし、よりクズよねその発言……」


 マオと呼ばれた猫人の少女とのやりとりを見ていたアリスは、半目で溜息をついた。


「それにしても、ソウマさんが誰かと一緒に来るなんて珍しいですね。しかも今話題のアリス・フォティアさんなんて」

「お前どこまで有名なんだよ、凄いな」

「し、知らないわよ。王になるために戦い続けていたらこうなったの」


 先程から有名有名と言われているアリスはむず痒そうに身動ぎしていた。


「ソウマさんの貢がせ体質が発揮されたんじゃないですか?」

「待って、俺そんな体質持ってないし。いやでも欲しいなそれ」

「これ以上好感度下げるのやめなさいよ……」


 ソウマのクズ発言はもう、呆れを通り越して清々しく思えてくるほどであった。


「ではごゆっくり~。もうすぐご飯の方もお持ちしますので」

「あぁ、よろしく~」


 言い残してマオがソウマたちの席を離れていく。それを見送ったアリスは自身の前に置かれたハーブティーのコップに口をつける。


「おいしい……」


 流し込んだ瞬間、口の中に爽やかな香りが広がり鼻腔をくすぐった。店構えの割に本当に良い茶葉を使用しているようだ。


「お前今店の割に、みたいなこと思っただろ?」

「なっ!? そ、そんなわけないじゃない……」

「あいつあんななりでいいとこの坊ちゃんだったらしいから、舌は肥えてるんだ。 だから自分が美味いと思うもの以外は客に出さない」

「へぇ……」


 アリスはベルクの意外な一面を聞いて小さく息をついた。その息には美味しいハーブティーを飲んだ満足の意味合いも含まれている。


「てことで、ここのものは何でも美味い。お前もなんか食べろよ、自腹だけど」

「なんであなたが自信満々なのよ……。てかあなたの分も私持ちなんでしょ!?」

「もちろん、そういう約束だからな」


 腕を組んで胸を張るソウマに対して、アリスは何度目とも知れない呆れのため息をついた。


「お待ちどうさま、ソウマさん」

「おっ! 来たか」


 そうして二人の間に割って入った猫人の給仕 マオが次々とテーブルに皿を置いていく。


 サラダ、スープ、肉など、フルコースと言っていいような量の食事がテーブルの上に広げられた。


「ちょっと多くない? 俺こんなに頼んでないよ?」

「あぁ、ソウマさんはいつものですよ。マスターがアリスさんにサービスでこのコースを」

「ってこれ一番高級なやつじゃん! 俺もそっちにしとけば良かった!」

「人のお金だと思って……」


 そんなやり取りを見て笑ったマオは、二人に背を向けて厨房へ戻っていこうとした。


「あ、そういえば」


 しかしピタリと足を止めて満面の笑みで振り返る。


「ひと口でも手を出したら今までのツケ、強制徴収だそうです」

「あ、はい……」


 アリスの食事にこっそり手を伸ばしていたソウマは、マオの柔らかな笑みを見て凍りついた。



 そうして明らかにランクの違いが目に見えるセット料理を食べ終えた二人は、二杯目の飲み物を受け取り本題に入ろうとしていた。


「さて、約束を果たしてもらいましょうか」


 カタリと音を立ててティーカップを置いたアリスは、すっと目を細めてソウマを見つめた。


「……あぁ」


 対するソウマはテーブルに頬杖をつき、ジョッキの淵をなぞっていた。


「どうしてあなたは力を隠し、戦おうとしないの?」

「…………無駄だからだよ」

「無駄……? 自分の世界を取り戻す戦いが無駄だっていうの……?」

「そうだ」

「っっ!!」


 アルカディアで戦い続けている来訪者全てを敵に回すような発言に、アリスはテーブルを叩いて立ち上がった。


「あなたは自分がいた世界、そこにいた人たちを救いたいと思わないの!?」

「あぁ、もうそんなことは叶わない。終わった世界は二度と元には戻らないんだよ」

「この世界で王になれば、元の世界を自分の理想の形で再構築できるのよ!! 私は血統によって身分格差のない、そんな世界を再構築するために戦っているの!」


 アリスは立ち上がったままソウマに言葉をぶつける。そんな言葉を正面から受け、しかし彼は頬杖をついたまま言葉を返す。


「ならこのアルカディアで、誰かが王になったって話を聞いたことがあるのか?」

「……!!」

「お前みたいに積極的に神前決闘に参加して、名を轟かせた英雄は数多くいる。けどこのアルカディアで勇名が長く轟いていることはほとんど無い。ならそいつらはいったいどこへ行ったんだ?」

「……それは、自分の世界に戻っていったのよ!」

「それならいいんだけどな……」


 ソウマは遠い目をしながら呟いた後、エールを一口煽った。


「遠回しにまどろっこしいのよ! 包み隠さず全部教えなさ」

「さっきからうるせぇんだよ!」


 突然、野太い男の声がアリスの声を断ち切った。


 通路を挟んで隣の席の男が、アリスの大声に痺れを切らしたかのように怒鳴ったのだ。

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