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2話 ~夕刻の追跡劇~

「な、なんだ……?」


 急に表情を変え、手を払いのけて指を刺してきたアリスに、ソウマは冷や汗をかきながら後ずさった。


「私はアリス・フォティア。私が誰だか分からない?」

「……分かんねぇな。あんたみたいな美人、一度会ったら忘れないと思うんだけど」

「びっ……! じゃ、じゃあ伝道妖精(コンダクションフェアリー)に聞いてみなさい! 絶対分かるから!」


 アリスの言に従ったソウマはポケットに手を突っ込み、黄金の宝石を取り出して指先で突いた。


すると宝石の中にメッセージが表示され、アリス・フォティアという名前が表示される。


「あ~、もしかしなくても俺の対戦相手だったのか……?」

「そうよ、一時間も待ったんだから……!」

「そりゃ悪かった。 けど俺の名前を見て闘技場に上る奴も珍しいな」

「【不戦の負け犬】」

「知ってるんじゃねぇか、なら何で」

「試合の後に調べたのよ!」

「……そりゃお気の毒に」


 顔を真っ赤にして睨んでくるアリスに気圧されながらも、ソウマは小さく笑った。それが逆鱗に触れたのか、彼女は俯いてぷるぷると震え始めた。


「ちょっ、アリス・フォティアさん……?」

「キヅキ ソウマ! あなたに再戦を申し込むわ!!」


 アリスはびしっと人差し指をソウマに突き付けてそう宣言する。それを正面から受けた彼は間髪入れずに即答する。


「嫌だ」

「っっ!?」


 まさかの即答に面食らったアリスは硬直してしまう。そしてその横を悠々と通り過ぎていこうとするソウマの姿にはっとして腕を掴んだ。


 しかしさらにその腕を掴まれ、アリスの視界が急回転した。


腕を掴まれたソウマが逆にアリスの手を取って投げたのだ。


「俺があの場所で戦うことはもうない……」

「ぇ……?」


 突然の視界の回転と、ソウマが言い残した言葉に呆然としたアリスは、しかし咄嗟に風の魔法を発動して地面に叩きつけられるのを避けた。


「ちょっと、今のってどういう……」


 相手に気取らせないほどの華麗な投げ技、そして言葉の意味。


その二つを二重に問う言葉を投げかけたものの、相手はすでにアリスの視界から消えていた。


「!? 今の一瞬で……!?」


 アリスがソウマから目を離したのはたった一瞬だけであった。その間にこの広い路地から姿を消すなど只者ではない。


「エルフを舐めないで……!」


 アリスは投げ技を回避して着地した、片膝立ちの体勢のまま地面に片手をついた。


そして瞼を閉じると彼女の掌を中心として白色の魔法陣が展開される。それは不可視の波として肥大化し、周囲に広がっていった。


 これは生命を探知する白魔法で、不可視の波に引っかかった生物はその動きを感知され続ける。


そのうえ一度触れ合った者であれば特定も可能であるため、ソウマはいとも簡単に居場所を突き止められた。


「見つけた! もうあんなに遠くに……!」


 姿を見失ってから数秒しかたっていないにもかかわらず、ソウマはアリスから数百メートル近く離れた位置を駆けていた。しかし探知に引っかかった獲物をアリスが逃すはずもない。


 彼女は白魔法を継続させながら空に魔法陣を描き、新たな魔法を発動させた。


 刹那、彼女の身体が重力を失ったかのように浮き上がり、ソウマが逃げる方向へと猛スピードで飛翔する。


これは自身の周囲に突風を巻き起こして空を自在に飛び回る風魔法だ。


 アリスの魔術師としての技量は、アルカディアでも間違いなくトップクラスといえるだろう。


「待ちなさい!」

「え……?」


 風の加護を受けて一瞬でソウマに追いついたアリスは、彼の行く手を阻むように地面に降り立った。


速過ぎる追跡にソウマは顔をひきつらせたものの、周囲を見渡して路地裏に逃げ込んだ。


「ちょっ!!」


 ソウマに続いて路地裏に入ったアリスは再び彼の姿を見失う。しかし彼の生命反応を探知している彼女にとって視覚は重要ではない。


「上っ!!」


 反応を探知して上を向いたアリスの視界に建物の屋上を駆けるソウマの背中が映る。


 それを見つけた瞬間、地面に風を吹き付け、自身の身体を急上昇させて追いかける。


「待ちなさいって……!」


 前方を駆ける背に手を伸ばしたアリスだったが、急停止と共に身を翻したソウマは華麗に彼女の手からすり抜ける。そして逆方向に猛スピードで駆け出した。


「もう怒った!!」

「さっきからマジギレですよね!?」

「うっさい、とまりなさい!!」

「嫌だ~!!」


 そんなやり取りをしながら二人は建物の屋上を飛び移る。


 その光景は街を行き交う人々の注目を集めていた。


(というか彼、普通に走ってるのに速過ぎじゃない!? 結構本気で風の加護かけてるのに全然追い付かない! それに寸前での身のこなしも普通じゃないし……)


 この追いかけっこの中で、アリスはソウマの身体能力と身のこなしに驚かされていた。


「仕方ない、動きを止める……!」


 このままではいつまでたっても追いつけない。それならばエルフとしての本領を発揮して動きを止めるしかない。


 そう決意したアリスは、ソウマを追うために発動していた風の方向を上方向に変換して浮上し、空高くで停滞した。


 見る見るうちにソウマの背は遠くへ離れていくものの、アリスは瞼を閉じて言葉を紡いだ。


「【妖精郷の血族の名において命じる。大蛇の如くうねり狂え、アンベロス】」


 アリスの言葉は魔力を内包する詠唱に変換され、建造物に巻き付いている蔓に活力を吹き込んだ。そしてそれは蛇のようにうねってソウマへと伸びていく。


「うわっ、なんだこれ!?」


 背後からも行く手からも迫りくる蔓に翻弄されるソウマであったが、足元に落ちていた木の棒を拾い上げて蔓をはたき落していく。


「それで捕まえることが目的じゃないのよ!」

「ッッ!!」


 木の棒で蔓を打ち払っているソウマ目掛けて飛来する影が一つ。


 突然の事態に反応出来なかった彼はその影に激突されて地面に倒れこむ。


「やっと捕まえた……!!」


 砂埃が舞う中、仰向けで地面に倒れこんだ形のソウマの上には人影があった。それはがっちりとソウマの身体を抑え込んで離さない。


「お前、めちゃくちゃするな……」


 ソウマは呆れ顔で、自身の上に馬乗りとなっている少女の瞳を見つめる。


 飛来した影、それはアリス自身であったのだ。


 彼女は蔓に翻弄されるソウマ目掛けて風の加護を全開にして加速し、ソウマを自身の手で捉えたのだ。


「これなら動けないでしょ」

「全くだ。エルフのくせに汚れることも厭わず、人前でこんな体勢になることを恥としないとは恐れ入った」


 今のアリスは砂や土に塗れており、そのうえソウマに馬乗りの状態なのだ。


 エルフは高潔で潔癖。そんな個体が大半を占めるのだが、アリスはそんなこと気にしないようだ。


「汚れなんて洗えば落ちるし、高潔なんて気取っても王にはなれないもの」

「ふ~ん……」


 ソウマはアリスが普通の人間のような考え方を持っていることに好感を持ったものの、王という単語を聞いて一瞬眉間にしわを寄せた。


「な、なによ……」

「いや、いつになったらどいてくれるのかなと思って」

「どいたら逃げるでしょ? 戦うって言うまでどかないから」

「戦う」

「そんなやる気無さそうな目でいわれても信じられないわよ!」


 死んだ魚の眼のような目つきのうえ、棒読みのソウマの言葉を信じるほどアリスは甘くなかった。


 そんな彼女の頑なさに呆れたソウマは小さくため息をついて提案した。


「分かった、戦うよ。 けど公式戦は無理だ。 やるなら野良の私闘だ」


 世界樹の上の闘技場で行われる試合を公式戦と呼び、それ以外の個人的な試合は私闘とされている。ソウマは開放を条件に私闘を提案した。


「なんでよ、やるなら公式戦で正々堂々やるわよ!」

「それが譲歩できないなら戦わない、ここからも無理矢理逃げる」

「どうやっ、ひゃっ!?」


 アリスに圧倒的有利なこの体勢でどうやって逃げるのかと問おうとした時、ソウマの手がアリスの胸に触れた。


 それに驚愕と羞恥の表情を浮かべた彼女の身体から一瞬力が抜けた。


 その瞬間を見逃さなかったソウマは一気に身体を起こして逆にアリスに馬乗りとなる。


 左手で彼女の両手首を抑えたソウマは、右手を握ったり開いたりして首をかしげる。


「……Bってところか?」

「~~~~~!!!」

「お前の気が収まらないなら戦いは受けるさ。 ただし私闘限定な」


 しかしソウマの言葉はアリスには届いていない。


 彼女は先ほどのソウマの発言によって怒りと羞恥で顔を真っ赤に染め上げていたからだ。


「え……?」


 先ほどまで力が入ってぷるぷると震えていたアリスの身体から力が抜け、やがて瞳を湖面のように潤ませ始めた。


「馬鹿ぁ……気にしてるのにぃ……」

「ちょ、おま……!」


 そしてついにはその瞳から涙を流し始めてしまった。


 突然の事態にソウマが動揺しておろおろしだすと、周囲の通行人の視線が突き刺さり始めた。


「あ……」


 女の子に馬乗り。


 両手を押さえつける。


 不自然な形で留めてある右手。


(おいこれ完全に犯罪者じゃねぇかぁぁぁ!!!)


 それに気が付いたソウマは、アリスから即座に飛び退いて五メートル近く離れた位置でびしっと気を付けの姿勢を取った。


「うぅ……」


 アリスは目尻を拭いながら身体を起こし、立ち上がる。そして衣服に付いた砂埃を払った後にソウマを睨みつける。


「最低……!」

「うぐッ!」


 ソウマは鈍器で殴られたような衝撃を受けて、一瞬吹き飛びそうになる。


 彼は涙目の女の子からの「最低」という一言がこれほど重いということを初めて知ったのだった。


「私闘でも良い、絶対にぶちのめしてやるんだから……!」

「で、でも今日はもう日が暮れちゃったし~明日にしましょう……?」


 完全に及び腰のソウマは、怒り心頭のアリスとこのまま戦うとろくなことにならないと判断してそう提案した。


「……そうね。 もうあなたのことは魔法で探知できるし逃げられない。 どうぶちのめしてあげるか、一晩じっくり考えてくることにするわ……」

「は、はい……」


 ソウマは自分の軽率な判断を猛烈に後悔した。こんな状況では、返事は「はい」か「イエス」しか返せなかった。


「じゃあ明日の昼頃に南門に来て。 人のいない街の外で存分にやりましょう」


 そう言い残して風の加護を纏い飛び去って行ったアリスに、ソウマは冷や汗を浮かべた苦笑いを返すことしかできなかった。


(完全に人気のないところでぶち殺されて埋められる~~~!!!)


 ソウマは頭を抱えながら声にならない叫びをあげて地面に膝をついた。

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