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27話 ~敗北者たちの物語~

 それから三日間、ソウマは眠り続け、【黎明(アウフガング)】によるエデン襲撃及び【世界樹ユグドラシル】の破壊工作という大事件による破壊は修繕され始めていた。


 クロヌとの戦いで崩壊した神前闘技場であったが、翌日にはすっかり元通りになっていたらしい。

それはアルカディアの自浄作用ではないかと推測されていた。


 重傷を負ったアリスもなんとか一命を取り留め、ソウマが目覚めてから一週間ほど後に目を覚ました。



 【ヴァルハラの館】の一室にて。


「アーちゃ~ん!!!」

「わっ! ヘルシャ!?」


 アリスが目を覚ましたと聞いて飛んできたヘルシャは、目覚めた彼女に飛びつこうとした。


「やめろ、怪我人だぞ」


 しかしそれはソウマに襟首を掴まれることによって阻止された。


 襟首を掴まれて猫のように大人しくなったヘルシャを降ろすと、彼女はアリスの手をそっと握って泣き笑いを向けた。


「ホントに、よかったぁ……」

「うん、ごめんね、心配かけて……」


 アリスは涙を流すヘルシャの頭を愛おしそうに撫で、後ろに立っているソウマに視線を向けた。


「あれからどうなったの……?」


 アリスはソウマがキョウヤを倒したところで気を失ってしまっていたため、その後のことを知らない。しかしそれはソウマも同じで、聞いた話を彼女に話した。



 あの後クロヌとの激闘でボロボロになったヘルシャとイグニスを回収したリネアが現れ、ソウマとアリスも回収してアガルタに帰還したこと。


 ユグドラシルでの作戦が失敗したことを知った【黎明アウフガング】構成員たちはエデンから退避し、街の襲撃も落ち着いたこと。


 そしてクロヌ、キョウヤとリリスを回収しに【黎明アウフガング】の団長、アグハ・エテルノが姿を現したということ。


 ユグドラシルの上で対峙した二人の団長だったが、今は互いに引くことにして【黄昏アーベント】と【黎明アウフガング】の抗争は一時的に幕を閉じたということ。



「そう……。とりあえずアルカディアを壊すという【黎明アウフガング】の目論見は潰せたのね」

「あぁ、けどあいつらがそう簡単に諦めるとは思えない。今後はもっと警戒しないとならないだろうな」


 ソウマの説明にアリスは目を伏せた。


 同じ来訪者でありながら、どうして神前決闘以外の場所で命を懸けて争わなければならないのだろうか。


「まぁお互いに大損害だ。当分動くことはねぇだろうよ。だから安心して寝とけ」

「そうね……」


 ソウマの言葉にアリスは小さな笑みを浮かべて頷いた。


 そんな彼女の顔を満面の笑みで覗き込んでいる少女がいる。


「アーちゃん、お誘いの答え、決まった?」

「お誘い……? ……あぁ。うん、私決めたわ」


   ◆◆◆


 それからさらに二週間が経過し、様々な準備を終え、アガルタでは新たな団員の歓迎会が開かれていた。


「似合うね、アーちゃん!」

「そうかしら……?」


 アリスは照れたような表情を浮かべながら姿見の前でくるりと回り、団員の証である夕焼け色のマントを翻した。


 そしてそれをきっちりと纏って部屋を出る。


 すると【ヴァルハラの館】の大部屋では、出張版【天空の妖精亭】が色とりどりの料理を振舞っていた。


 そこに数多くの団員が集まっており、飲み食いしながらの大騒ぎであった。


 しかしマントを纏ったアリスが姿を見せるや、静まり返って道を開けた。


 その道を通って壇上へと辿り着いた彼女は、一息ついた後に口を開いた。


「アリス・フォティアです。入ったばかりなのに幹部に任命されてしまったけれど、私は何も知りません。なので教えてくれると助かります」


 アリスは礼儀正しく団員たちに頭を下げた。


 そのしおらしい姿に団員たちは心を撃ち抜かれ、一瞬にしてアリス派閥が出来上がっていた。


「うぇ~めちゃくちゃ猫かぶってやがんなぁ、あいつ」

「彼女の態度が違うのはお前だけだぞ。まぁそれだけ信頼されているという証かもしれないがな」

「そりゃねぇだろ、単にだらしない俺に厳しいだけだ」

「わかってるなら直せばいいものを」

「性格なんてそうそう治らねぇよ」


 アリスの晴れ姿を壁際に寄りかかって見ていたソウマとイグニスは、そんなやり取りをしていた。


「ソウマ、あの時の戦いで二本の界具が繋がったと聞いた」

「あぁ、あれな……。あの時以来全く出来てない奇跡だよ。あいつが俺たちを助けてくれたんだ……」


 ソウマはあのとき起きた奇跡を振り返って襟足の十字架に触れた。


 あれ以来、二つの界具を繋ぐことは、やろうと思っても全く出来ない。


 ただ、他者の能力を繋ぐという能力は間違いなくサツキのものであった。


 死してなお界具の力を残す術など聞いたこともなかったが、実際に起きたのだから否定のしようもない。


「ちょっと外の空気吸ってくるわ」



 そう言い残してソウマはアガルタの街を一望出来る【ヴァルハラの館】の屋根でひと眠りすることにした。


 ここ数週間でいくつもの逃げてきたものと向き合わなければならなかった。


 だが今までの自分であればやはり逃げていただろう。


「それもこれも強引に関わってきてくれたあいつの……」

「こんな所で何してるのよ」

「ッ!? アリス、お前主賓が何やってんだよ」

「挨拶は終わったし、貴方の姿が見えないから探しに来たのよ」


 アリスは【黄昏アーベント】のマントを翻してソウマの隣に腰掛ける。


 そして寄り添うように近付いてきて、小さな声で囁く。


「貴方には感謝してるわ……」

「……」

「分かってるわよ、また変な顔してるんでしょう!?……ってあれ?」


 これまでの反応から、アリスが素直になるといつも怪訝な顔をしていたソウマであったが、今回ばかりは柔らかな表情で彼女の言葉を受け止めていた。


「俺の方こそ感謝してる。お前が強引に俺を引っ張ってくれなければ、ずっと前に進めずにいただろうから」

「……」


 素直なソウマ対して、アリスは怪訝な表情を浮かべて様子を伺っていた。


「いや、想像以上に腹立つな! 俺こんなんだったのかよ!」

「ふふ、冗談よ」


 上品に口元を押さえながら笑ったアリスは小さく笑った後、柔らかな表情で語り始めた。


「戦いに明け暮れるばかりの日々は心が休まる暇がなかった。けれど【黄昏アーベント】の団員たちと過ごして、誰かと一緒にいる日常が楽しいってことを久しぶりに感じたわ」

「あぁ、俺も【黄昏アーベント】からは長らく離れてたから久々に楽しかった」


 二人は階下で行われているどんちゃん騒ぎを見下ろしながら、小さく微笑んだ。


「さて、しんみりした話はお終い! 【黄昏アーベント】に入った以上、アルカディアの平和を守らないと!」

「神前決闘はいいのかよ?」


 これまで精力的に神前決闘に臨んできた彼女から発された言葉に、ソウマはそう問いかけた。


 アルカディアの平和を守るということは、ここでこれから先もずっと暮らし続けていくことを意味するのだ。


「……えぇ。【黄昏あなたたち】に出会って、この世界で私がやることは過去に縋ることではないと分かったわ」

「縋っててもいいんじゃねぇの? ここにいるのは全員自分の世界を失って、その世界で誰よりも強い後悔を抱いた敗北者たちだ。過去に囚われてる奴ばっかりだぞ」


 ソウマは天井から降り注ぐ淡い光に照らされているアガルタの街を眺めながら、目を細めて呟いた。


 そんな彼に視線を向け、ふっと息を吐いたアリスは自身の掌を見下ろして笑った。


「そう、かもしれないわね。……けど私たちはきっと、それを乗り越えて生きていかなければならないの」

「ふーん……。まぁこの世界は自分が思うように生きられる世界だ。それでいいと思うわ」


 ソウマはその返答に満足気な笑みを浮かべ、後頭部で手を組み再び屋根に寝転がった。


「そのためにはみんなで力を合わせて、この世界の平和を守らないとね!」

「流石高潔なエルフさま、頑張ってくれ~」

「何言ってるの。貴方も【黄昏アーベント】に戻ってきたのだから一緒に頑張るのよ!」

「いやいや、俺みたいな平の団員が幹部さまと一緒になんて恐れ多い。俺はまったり暮らしてるよ」

「あの戦いで一番活躍しといて何言ってるのよ! てかリネアさんもソウマを幹部にするって言ってたわよ?」

「げっ!? なんで俺なんか幹部にしようとしてるんだあの人! 俺が嫌いなものトップに入る『責任』が伴ってくるだろうが!」

「やっぱりクズよね、貴方……」


 ソウマの言動を呆れ返りながら聞いていたアリスは、最初の印象から全く変わっていない彼の性質にうんざりしながらも、苦笑いを浮かべていた。



 ここは全ての世界が行き着くはずだった理想郷・アルカディア。


 この世界には終焉を迎えたあらゆる世界線から選ばれし一人【来訪者】が集められ、互いの武を競っている。


 ここで戦い続け、王となった者には元の世界を再構築してやり直す特権が与えられると言われている。


 しかしそれは全てまやかしで、ここで戦い続けたところで終わってしまったものは元に戻らない。


 その真実を知った来訪者は、アルカディアで平穏な日常を過ごすために戦っている。



 これは終わった過去を取り戻そうとする……


 否、取り戻せない過去を乗り越える、敗北者たちの物語。


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