25話 ~吸血鬼の力~
二人がすれ違った瞬間、アリスがキョウヤの界具に灰炎の爆発を叩きつけて仰け反らせ、ソウマがリリスに漆黒の短剣を付きつけて動きを停止させた。
直後、アリスは雨のように連続する突きによって灰炎の槍を放ち、ソウマは身動きの取れないリリスに切りかかった。
紅の直剣で何とか槍を消し飛ばしているキョウヤであったが、いかんせん数が多く捌き切れていない。
頬やわき腹など、急所は外れているが、少しずつダメージを蓄積させられていた。
一方リリスは漆黒の短剣に袈裟斬りにされる前に能力を発動させ、かなりの距離を取る。
ソウマはそちらに向かって駆けだしていった。
「う……っぜェ!!!」
キョウヤは連続して飛来する灰炎の槍を鬱陶しそうに薙ぎ払った。
小さいながらも全身に傷を負った彼は、紅の直剣を地面に突き立てて膝をついていた。
「すぐに終わらせてあげるわ」
アリスは灰色の細剣を横向きに持ち替えると、謡うように詠唱を開始した。
「【妖精郷の名において命じる。」
「魔法なんて発動させると思ってんのかァ!?」
「思ってないわ」
詠唱を開始したアリスに向かって突っ込んできたキョウヤに、アリスは冷たい視線を向けて突きを放つ。
至近距離で放たれた突きを紅の直剣で防いだ彼はにやりと笑った。直後、アリスの細剣が跡形もなく消えてなくなる。
「界具を失ったらやべェんじゃねェのか!」
「構わないわ、今は必要ないもの」
アリスはキョウヤに右手をかざしながら淡々と答えた。
直後、彼の足元から円を描くように氷柱が発生し、切っ先を向けて伸びた。
キョウヤはそれを切り払おうとしたものの、どれもタイミングをずらして伸びてくるため、薙ぎ払うことが出来なかった。
「届かぬ願いを届けよう。叶わぬ祈りを叶えよう】」
その間にアリスは保留していた詠唱を完了させると、左手の上に【水精】を召喚した。
それに伴って彼女の周囲に水と化した魔力が浮遊し始める。
その内側で左手に乗る【水精】を自身の胸に抱き寄せるように優しく触れさせた。
刹那、彼女を中心として集まってきていた魔力と水が一気に収束し、青い光と共に弾けた。
「んだよ、それ……」
それと同じタイミングで氷柱を全て叩き折ったキョウヤは、アリスの姿を見て言葉を失っていた。
短めだったバトルクロスはロングドレスに様変わりし、背中からは一対の純白の翅が生えている。
髪のグラデーションは毛先に向かうほど青くなっており、先ほどまでとは明らかに様子が異なっていた。
「【精霊統化・水精】」
直後、アリスがキョウヤに手をかざすと、彼の足元から爆発のように水が吹きあがって上空へと吹き飛ばした。
しかし紅の直剣で水と流れを断絶させていたため、反動で上に押し飛ばされただけの様であった。
「飲み込まれなさい」
アリスは吹き上げた水を打ち下ろすことで、キョウヤを地面に叩き落そうとした。
しかしいつの間にか蒼の直剣に持ち替えていた彼は降り注いでくる水を切り裂き、威力を収束させた。
だが着地したキョウヤ目掛けて、アリスは連続した水の刃を放つ。
彼は紅の直剣に持ち替え、五つ目までは打ち落としていたものの、それ以降の刃で右脚の大腿部と左肩に浅くはない傷を負った。
「かッはッ……!!」
「もう諦めて……!」
それだけの傷を負ったにもかかわらず、キョウヤは楽し気に笑った。
それはあまりにも狂的で、アリスは一瞬だけ気圧されてしまった。
その瞬間を突いたように、キョウヤは突然加速してアリスとの間合いを詰めた。
「なんでっ……!?」
一気に距離を詰められたアリスは足を斬ったのにどうして先ほどよりも速い動きが出来るのか、と困惑していた。
そしてそれが彼女の動きを鈍らせ、紅の直剣による斬撃を受けてしまう。
攻撃の威力自体は水の膜で軽減したものの、断絶の効果を受けて【精霊統化】の状態が強制的に解除される。
「絶対的に有利だと思い込んで油断したなァ!?」
キョウヤは返す刀でアリスを切り上げ、しかし彼女も灰色の細剣を何とか顕現させてそれを受けた。
だが彼女が受けられるのはその初撃のみ。
「くっ、あ……!!」
次なる突きで右肩を貫かれてしまい、激痛に苦悶の表情を浮かべる。
風の魔法で距離を取りつつ、足元の木を鋭く成長させることでキョウヤの脚を貫いた。
「はぁはぁ……くっ……!」
お互いに重傷を負う結果となった接近により、アリスは利き手の肩をやられてしまった。
そのため細剣を握ることが出来なくなり、右の肩口を抑えながら肩で息をしている。
対するキョウヤも、まともに歩くことさえできないほど右脚に大きな風穴が空いていた。
そこからの出血量も看過できないほどであり、彼は大量の脂汗を浮かべていた。
「ッッ……!!」
ソウマは裂帛の呼気を放ちながら漆黒の短剣を突き出した。
そして動きを縛られているリリスを突き刺す。
しかしその光景は霧が晴れるように変化し、腕を掠めた程度の結果へと修正される。
先ほどから何度も攻撃しているが、掠るだけで全く命中しない。
しかしそれでもリリスに蓄積したダメージは相当なものだろう。
「そろそろ観念したらどうだ? お前の能力は俺に封じられる。俺には絶対に勝てない」
「そうね……。なら勝てる子に託そうかしらね」
「あ? 何を……」
そう言い残して全身の傷の痛みに汗を浮かべるリリスは、ソウマの前から姿を消した。
周囲を見渡すがどこにも出現しないため、攻撃をしてこようとしているわけではないのだろう。
そして彼女の発言から移動した位置を予測したソウマは、アリスと対峙しているキョウヤの方に目を遣った。
「キョウヤ、リミットを解除する。だから後は任せるわ」
「あァ、頼むよリリスさん。流石にこの足じゃもう戦えねェ……」
そんなやり取りをした二人は至近距離で見つめ合い、リリスは普段前髪で隠している右目を露わにする。
それは妖艶な紫色の瞳とは異なり、血を零したような深紅の瞳であった。
「【今宵は幻想の宴。骨は岩石、血肉は獣、皮膚は鋼。狂宴の調べを奏でよ】」
そんな不気味な色彩の瞳でキョウヤを見つめたリリスは、蠱惑的な声で彼の耳元に囁いた。
その詠唱を間近で受けたキョウヤの瞳からは光が失われ、右脚に空いた大穴や左肩の傷が音と白煙を立てて修復していく。
「何しやがった……リリス・パンタシア……!!」
「私は彼の人としてのリミットを外しただけよ。今から目的を達するまで、彼は全てにおいて人間を超越した吸血鬼の力を得る。くッ……!」
リリスはキョウヤに見せた深紅の瞳を抑えながらその場に膝をついた。
彼女が目から手を離すと、深紅の瞳は点滅を繰り返しており、やがて両目とも光の差さない漆黒の瞳へと変化した。
その様子から彼女は今一時的に視界を失っているように見えた。
「ここからは術者のワタシにも止められない、効果が切れるまで見境なく戦い続けるわ……」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ! そんなもん、かけられた方はどんだけの負担か……!」
リリスの言葉にソウマは激怒した。
これほどまでに決裂しているにもかかわらず、彼にはまだキョウヤを思いやる気持ちが残っているようだ。
「アァ……ァ……」
キョウヤは獣のようなうめき声を上げながら、その場に膝から崩れ落ちる。
そして傷が修復するとぴたりと声を止め、リリスに向き直った。
刹那、彼女に向けて拳が振るわれる。
「っっ……!!」
見えずともそれを察知した彼女は、防御態勢に入ると同時に幻惑の霧を展開させた。
しかし見えていない分計算が出来ず、命中を避けるだけで彼女の身体はユグドラシルの核の方向へと吹き飛ばされた。
「かはっ……!!」
そして結界に叩きつけられて吐血し、そこに背中を預ける形で気を失った。
敵味方の見境が無いキョウヤを見て背中に冷や汗をかいたアリスは、利き手で持つことを諦めた界具を左手に顕現させる。
直後、キョウヤの姿が掻き消え、瞬きの後にアリスの懐に現れる。
「ぇ……?」
圧倒的な速度に目が追い付かなかったアリスは、下から振り上げられる紅の直剣に全く対応できていない。
このまま斬り上げを受けようものなら致命傷を受けてしまう。
「逃げろアリスッッ!!」
しかしソウマの声がした直後、キョウヤの動きがぴたりと停止し、その隙にアリスは後方に跳んで間合いを開けた。
彼に向けて漆黒の短剣を突きつけたままアリスと合流したソウマは、苦々しい表情でアリスを見つめた。
彼女の美しい髪と灰色のドレスは右肩から流れる血で赤黒く染まり、見るに堪えない状態であった。
「悪い、そんな大怪我させちまって……」
「何言ってるのよ、このくらい平気よ……くっ……!!」
そんなことを口にしながらも、アリスは未だに出血が酷い右肩を抑えて小さく呻いた。
ソウマはその様子に顔を顰めながらも、彼女の力を頼るしかない己の弱さを恥じた。
「そんな状態で悪いけど、お前の力なしじゃ、今のあいつはもうどうにもならない」
漆黒の短剣で動きを支配している状態はそう長くは続かない。
その証拠にキョウヤに抵抗されているソウマの腕は小刻みに震えていた。
それはもうじき支配を破られる前兆なのだろう。
「当たり前でしょう……? ここまで来て貴方だけに任せるわけないわよ」
アリスは額に玉の汗を浮かべながらも気丈に微笑んだ。
その直後、キョウヤがソウマの支配を破ってこちらに駆け出した。
「真っ向から戦うのは俺がやる。お前は隙を見て……殺すつもりでやれ」
「ッッ……!!」
自分がキョウヤを倒せなかったことで、かつての友を前にそこまで冷酷な判断をさせてしまったことにアリスは責任を感じていた。
「気にすんな、殺す気でいってもこっちが殺されるかもしれないからな……!」
アリスの前に立ったソウマは支配の界具でキョウヤと打ち合った。
漆黒の短剣と紅の直剣にはぶつかり合って弾け、一瞬だけキョウヤの動きを停止させた。
その隙を突いて、界具を持つ右手を切りつけた。
「マジかよ……!?」
しかし金属音のような音が鳴り響いてソウマの短剣は攻撃を弾かれる。
斬りつけたはずの場所は傷一つ付いておらず、今のキョウヤは明らかに人間性を失っていた。
ソウマの攻撃を弾いたキョウヤは、紅の直剣を振り下ろす。
対するソウマは漆黒の短剣を刃折れの界具に持ち替え、振り下ろされた剣に叩きつけた。
その瞬間に両者の界具が消え去って無手となり、それを狙い澄ましたかのようにアリスの灰炎の槍が飛来する。
キョウヤはそれを蒼の直剣で弾こうとしたものの、直前でソウマの支配に動きを止められ正面から被弾した。
「がッッ……!!」
アリスの攻撃を真正面から受けたというのに、キョウヤは多少の傷と火傷のみで大したダメージを受けているようには見えなかった。
(火傷……!!)
「アリス! キョウヤから魔力は感じられるか!?」
「……感じる。それもかなりの量」
その答えにソウマは舌を出して小さく笑った。
リリスの能力で吸血鬼と化したキョウヤには物理攻撃も魔法攻撃も効かないと思っていたが、魔力があるのなら別だ。
「アァァァッ!!」
「くッ……!」
ソウマの支配を強引に打ち破ったキョウヤは、蒼の直剣を叩きつけてきた。
ソウマは漆黒の短剣の面それを受けるものの、あまりの威力に吹き飛ばされてしまう。
「ソウマ!」
アリスは吹き飛んできたソウマに駆け寄って受け止める。
それによって肩の傷が痛んだのか顔を顰めていた。
「無理すんな! 別に吹っ飛んだだけだから大したことなかったぞ!」
「貴方が戦えなくなったら私も終わりなのよ! ……それで、何か思いついたのでしょう?」
アリスは真剣な表情でソウマの双眸を見つめた後、苦しむような声を上げているキョウヤに視線を向けながら問いかけた。
「あぁ、俺と同じであいつには本来魔力なんて流れてない。それなのに吸血鬼化したことで魔力が付与された。てことはだ、お前の炎でその魔力を焼き尽くせば、吸血鬼化を解除できるんじゃないか?」
彼に魔力が流れていると聞いて、彼はその対策に思い至ったのだ。
「出来なくはない、けど……」
「キョウヤが死ぬかもしれない、か……?」
ソウマの言葉に恐る恐る頷いたアリスは、さらに言葉を続ける。
「それにこの場所の魔力量も尋常じゃない。もし燃え移ったら【黎明】の目的を達成させることになってしまう……」
「キョウヤが死ぬかもしれないのは戦いなんだからお互い様だ。現にあいつは何度も俺を殺す気で来てる。炎の制御に関しては俺が支配して止めてやる。だから何も気にせずに全力で燃やせ」
アリスはソウマの物言いに溜息をつき、肩の荷が降りたように小さく微笑んだ。
「んじゃ、ラストバトルと行こうぜ」
「灰の森の血族、アリス・フォティア。血に誓ってこの世界を守るわ」
ソウマは右手に刃折れの界具を、アリスは左手に灰色の細剣を握って構えを取った。
「さっすが高貴なエルフさま。頼りになるぜ」
「燃やされないように気をつけなさい。まぁ魔力のない貴方であれば燃やし尽くされるようなことはないと思うけど」
煽り合う二人の元に、痺れを切らしたキョウヤが間合いを飛ばして突っ込んできた。




