23話 ~キヅキソウマの世界~
神前決闘場から抜け出した二人は、ユグドラシルの枝の一本に着地した。
周囲は枝葉に覆われていて空を見通すことは叶わないものの、極太の枝は通路のようになって幹へと通じていた。
「神前決闘場の下はこんな風になっていたのね」
「俺だって初めて来たよ。てか入り組んでてあいつらがどこ行ったか……」
「【妖精郷の血族の名において命じる。かの者の標を映し出せ】」
あたりを見渡すソウマを他所に、アリスは何らかの魔法を詠唱していた。
詠唱は短文で、すぐに終わって足元の枝に足跡のような光が断続的に浮かび上がった。
「これは……」
「彼女、リリスの魔力は嫌というほど覚えてるわ。これは彼女の足跡」
ユグドラシルの幹に向かって続く光の足跡を睨みつけたアリスは、ぎゅっと拳を握った。
彼女は【黎明】に連れ去られてからリリスの幻覚によって精神を蝕まれていたのだ。
それがトラウマになっていたとしても仕方がないだろう。
「悪かった、お前が連れ去られたことに気付くのが遅れて」
「いいえ、こうして私は救われた。私が世界を壊すことを止めてくれた。まだまだ少ないけどこの世界には大切な人たちが出来たから、その人たちが守ろうとしている世界を壊さなくて済んで良かった。……だからありがとう、ソウマ」
アリスは柔らかな表情で胸に手を当ててヘルシャやイグニス、【黄昏】の団員達、【天空の妖精亭】の面々、それに目の前のソウマのことを思い浮かべて感謝を伝えた。
この世界の来訪者は皆争うべき敵であると断じて関わりを持たないようにしてきたものの、ここ数日で出会った面々との時間はアリスにとって楽しいものであったのだ。
「アリス……」
ソウマはそんなアリスに目を向けて嘆息すると、彼は表情を歪めて自身の肩を抱きながら恐る恐る問いかけてきた。
「そんな素直になってどうした……? まだ操られてんのか……?」
「貴方って男は本当に……」
そんな言い草に柔らかだったアリスの表情は怒りに転じ、拳をぎっちりと握りしめていた。
そして握り固められた拳は無言のままソウマに放たれた。
「おごっっ!!」
それはソウマの腹部を打ち抜き、彼をその場に跪かせた。
悶える彼を尻目に、アリスは足場の枝を強く踏みしめながらリリスの足跡を追い始めた。
「悪かったよ~過去のことは水に流して機嫌治してくれよ~」
ソウマはアリスの隣を並走しながら手をすり合わせ、ごますりを行っていた。
先ほどから行っているものの、彼女の対応は一貫して無視である。
しかし過去という言葉に反応した彼女は久方ぶりに口を開いた。
「私の方こそごめんなさい」
「え、許してくれんの?」
「さっきのことは許さない」
「あ、はい……」
突然の謝罪にソウマは明るい表情をするものの、アリスはゴミを見るような目で彼を黙らせる。
そして落ち込んだような表情をして言葉を継いだ。
「私、貴方の過去を勝手に覗いたわ。本当は許可を貰ってから【夢幻書庫】に行くつもりだったのだけれど、リリスが幻覚で変身した貴方に騙されて……」
「あぁ、別に構わねぇよ。俺もお前のことを探す手掛かりとして、お前の過去勝手に見たしな」
「!! ……そう、私の過去なんて貴方の絶望に比べたら大したものじゃなかったでしょう?」
「人が絶望するのに大したも大してないもねぇよ。個人には許容範囲ってもんがあるんだ。些細なことで壊れる人間もいれば、どこまでも耐えられる奴もいる。それにその絶望が大したものじゃなかったら、来訪者としてアルカディアに召喚されてないだろ」
ソウマの壮絶な過去を見てしまったアリスは、彼の過去に比べて自分の受けた絶望なんて大したものではないと思ってしまっていたが、その言葉に救われた。
「ありがと……」
「…………」
「その顔やめなさいよ!」
アリスがぼそっと呟くと、ソウマは顔を歪めて怪訝な様子であった。
そんな彼女の言葉で表情を元に戻したソウマは小さく笑った。
「さってと、あいつら止めてさっさと戦わない・働かない・動かない日常に戻ろうぜ」
「……でも、彼と戦うことに躊躇はないの? 昔は仲間だったのでしょう」
そんな発言にくすりと苦笑いを浮かべたアリスであったが、神妙な面持ちになって問いかけた。
「キョウヤはあいつが死んでから壊れちまった……。 だから止められるのは俺だけだ……」
「タカナシ サツキさん、よね……?」
「あぁ……」
アリスの口から発せられた人名に、ソウマは苦しそうな表情をして空を見上げた。
枝葉から覗く陽光は眩しく、長らく見上げていなかったように思えた。
◆◆◆
キヅキ ソウマ、アサヒ キョウヤ、タカナシ サツキは神前決闘でほとんど勝利できない弱小来訪者であった。
彼らの能力は単騎での戦いには向いておらず、どうしても火力のある来訪者には勝てなかったのだ。
そんなある日、ソウマとキョウヤが神前決闘で対戦することがあり、互いの鏡合わせのような能力に驚き、互角の戦いの末、引き分けという結果を残した。
この頃の彼らは界具だけではまともに戦えないため、魔法が込められた魔道具を用いて神前決闘に臨んでいた。
ソウマの『魔法や現象を膨張させる』能力、キョウヤの『魔法や現象を収束させる』能力は、魔道具の効果を肥大化させたり無効化したりして戦いを優位にするようなものだった。
そんな風変わりな試合を見ていたサツキが試合後の二人に声をかけて三人は知り合うことになる。
彼女の能力も『魔法や現象を繋げる』という単騎での戦いには向いていない能力で、それから三人はそんな能力高めるために三人でレイドに参加して邪精霊狩りを頻繁に行うようになった。
その中で自身の能力を熟知し始めた三人は少しずつであるが神前決闘で白星を上げ始めた。
しかしそんなある日、レイドを組んで邪精霊狩りに向かったソウマとサツキに悲劇が起こった。この日キョウヤは神前決闘の予定が入って参加できなかったのだ。
結果から言えば大群をレイドで狩っていると、その中の数匹が【穢精霊】へと進化してレイドを壊滅に追い込んだのだ。
二人は分断されてそれぞれ別のグループで能力を振るって応戦していたものの、サツキのグループが【穢精霊】に追い込まれ始めていた。
しかし自分のグループで手いっぱいのソウマは手助けすることが出来ず、やがて一人になってしまったサツキはソウマの目の前で致命傷を与えられてしまう。
それからすぐにレイドが壊滅してソウマも一人になってしまい、死を覚悟した瞬間、邪精霊の大群が漆黒の球体に飲み込まれて消滅した。
それが救援の来訪者によるものであると分かったソウマは必死でサツキの治療をしてくれる魔術師を探した。
しかし魔術師たちは皆、目を逸らすようにしてソウマの訴えを拒否する。
なぜならもうサツキのフルート型の界具が崩壊を始めていたためだ。
界具は持ち主の半身であり、それが崩壊しているということはもう彼女は長くないということを意味していた。
ソウマは涙を流しながら、大量の血を流すサツキの手をぎゅっと握ると彼女の瞼がゆっくりと持ち上げられた。
そしてソウマに握られている方とは逆の手で、自身が身に付けていた十字架の装飾が施されたヘアゴムを外してソウマの手首に巻き付けた。
そして星形の髪留めはキョウヤに渡してほしいと手渡される。
そのすぐ後、儚げな笑顔を浮かべたサツキはゆっくりと瞼を閉じ、柔らかな光となって消滅してしまった。
そしてソウマは援軍の来訪者に見られていることも憚らずに泣き叫んだ。
落ち着いた頃には周囲からソウマともう一人の来訪者を除いて誰もいなくなっており、残った来訪者 リネアに声をかけられた。
そして彼の能力でキョウヤの家へと送ってもらい、彼に星形の髪留めを手渡した。
そうしてキョウヤはサツキの死を知って絶望し、ソウマの前から姿を消した。
それから数か月間を廃人のように過ごしたソウマはリネアの元を訪ね、アルカディアの真実を知る。
そして【黄昏】に入団して二年間活動していく中で【黎明】とぶつかることとなった。
そこでキョウヤと再会した彼は、敵同士として戦うことになる。
二年間死ぬような努力をして強くなった二人の力は今なお互角で、アルカディアの外縁付近で行われた二人の激戦は二人の落下という形で幕を閉じた。
そして二人は終焉したはずの元の世界に落ちていったのだ。
ソウマが落ちたのは終焉したはずの元の世界。
そこは元の世界が滅びなかったパラレルワールドで、何もかもがソウマの理想としてきた世界であった。
しかしその世界で二年の月日が経って、全てが思い通りに運びすぎる世界に虚無感を感じ、ソウマが支配しているようなこの世界が幻想であることを悟る。
そして界具のことを思い出したソウマは刃折れの直剣、膨張の界具を顕現させて世界をあるべき終焉へと導いた。
そしてこの支配の世界を内包した漆黒の短剣、支配の界具を手にしてアルカディアに帰還し、界具を二本持つ【再来者】となった。




