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20話 ~最強の壁~

「クロヌ、一つ目の作戦は失敗。二つ目に移行するわ」

「あいよ」


 肩に大剣を担いでいたクロヌは一言返事を返し、大剣を振りかぶった。


 直後、アリスがいる北側の客席が爆散した。


「アリスッッ!!」「アーちゃん!!」


 ほとんど目視できなかったが、クロヌの手から大剣が無くなっていることから、彼がアリスの方向に大剣を投擲したのだろう。


「大丈夫よ、魔力の膜を張って警戒しててよかったわ……」


 アリスはソウマの隣へふわりと降り立ち、平然と言ってのけた。


「怪我は大丈夫そうだけど、顔色的に大丈夫じゃねぇだろ」

「う~ん、流石にすぐ全開って訳には行かなそうね……」


 つい先程まで精神攻撃を受け、操られていたのだから当たり前だろう。


「クロヌ、後は任せるわ。行くわよ、キョウヤ」


 いつの間にかリリスとキョウヤが崩壊した北側の客席に立っており、神前決闘場のフィールドにはクロヌのみが残っていた。


 そして二人は壁が崩壊した北側から下方へ消えていった。


「イグニス、この下には何がある?」

「実際に見たことはないが、世界樹の核となる宝玉が隠された部屋があるとされている」

「まずい、キョウヤの能力でそれを切り離すつもりだ……!」


 二人の狙いが見えたソウマは、目の前のクロヌ・ヴィゴーレという絶対的な壁に歯噛みした。


 こいつを何とか超えて北側に行かないとこの世界が崩壊する。


「四対一か、久々に本気でやれそうだ」


 クロヌは首と指鳴らした後、観客席に突き刺さっていた大剣を消して再び手元に出現させた。


「こいつは俺とヘルシャで引き受ける。お前たちは奴らを追え」

「けどまずこいつを抜ける気しないんだけど……」

「必ず隙は作る。その間に、アリスと共にその隙を撃ち抜け」


 イグニスはいつもの仏頂面をさらに険しいものにしてクロヌを睨みつけた。


「さて、相談は終わったか?」

「終わったよ~! おじさんの相手はウチとイッくんがするから、二人は通してあげて!」


 耳を劈くような金属音は、ヘルシャのチャクラムとクロヌの大剣がぶつかりあった音。


 直後には二人を中心とした突風が神前決闘場を吹き抜ける。


「シッ……!!」


 刃と刃を押し合い、ヘルシャの身体が吹き飛ばされた直後にイグニスが朱と蒼の光の矢を放った。


 蒼の矢は大剣の面に防がれて青い炎をあげたものの、朱の矢はクロヌの右足に着弾して赤色の氷で地面に縫い付けた。


「アリス、客席側を遠回りして飛べるか?」

「えぇ、行くわよ」


 ソウマの問に行動で返したアリスは、彼の手を握って魔法を発動した。


 突風が吹き上がり二人の身体が吹き飛ぶように客席側へ、そして席に沿うように飛行して北側へ急速接近する。


「させねぇよ」

「おじさんもね!」


 クロヌは大剣を振りかぶってソウマたちの方向へ叩きつけようとした。


 しかしそれは間に割って入ったヘルシャに受け止められてしまう。


「ぬぐぐ……!」


 あのヘルシャが力で押されている。


 しかしクロヌの膂力だけではなく、彼女には何らかの力がのしかかっているようであった。


 そこに援護射撃としてイグニスが朱の矢が放つ。


 しかしそれは空いている左手によって掴み取られてしまう。


「あの人の力って……」

「ヘルシャと似てるが少し違う。斥力と……」


 風魔法で移動しながら、クロヌの能力をアリスに説明しようとした時、彼の掌がこちらに向けられた。


「何、あれ……!?」

「まずい!」


 クロヌは右手で大剣をヘルシャに振り下ろし、左手でイグニスの矢を掴み取っているはずなのだ。


 それなのにこちらに掌を向けている。


「手が……増えてる……!?」


 クロヌの両腕の下に、さらに一対の腕が出現している。


 そのうちの一本がこちらに向いていたのだ。


「悪いなエルフの嬢ちゃん、行かせる訳にはいかねぇんだわ」


 その言葉の直後、アリスの身体が思い切り引っ張られたようにクロヌの方向へと引き寄せられた。


 アリスに触れていたソウマも共に引っ張られる。


(彼の能力は斥力と……引力……!)


 完全に引き寄せられたアリスとソウマはクロヌの間合いに入ってしまった。


 そこに出現したもう一方の腕による拳撃が叩き込まれようとする。


 その拳にソウマが短剣の切っ先を向ける。


 すると拳が一瞬だけピタリと停止し、再び迫ってきた。


「アリス! あとは何とかしてくれ!!」

「【風精(シルフ)】!!」


 一瞬だけ生じたラグを見逃さなかったアリスは、その間に風の精霊を呼び出し、凄まじい突風でクロヌの腕の軌道を逸らした。


(ダメ! 避けきれない!!)


 しかし完全に逸らされることに膂力で抵抗したクロヌの腕が迫ってくる。


 命中ではないものの、このままでは半身が吹き飛びかねないほどの一撃を受けてしまう。


 刹那、蒼の光の矢がクロヌの腕を真横から吹き飛ばし、青い炎を引火させた。


 するとたちまち腕が凍結していき、肩口で止まった。


「アリス!」


 致死の拳を辛うじて回避したソウマとアリスは、逆にクロヌの懐に入り込むことに成功していた。


 ソウマの声に答えるように、アリスは界具による突きを放った。


 灰炎を纏った細剣はクロヌの脇腹に吸い込まれていき、そのタイミング似合わせるかのようにソウマは刃折れの界具を顕現させてアリスの灰炎を膨張させた。


 切っ先がクロヌの脇腹に突き刺さろうとした瞬間、ヘルシャのチャクラムが彼を大剣ごと吹き飛ばした。


 それによってアリスの突きは空を切り、切っ先の方向に膨大な量の灰炎が吹き出された。


「ウチじゃない! 一回押してきたあと、わざと力を抜いてぶつけさせたんだよ!」


 それはつまり、攻撃を回避するためにヘルシャのことを利用したのだ。


「今のは流石に焦ったぜ」


 あえて仰け反ることによってアリスの一撃を回避したクロヌは、不敵な笑みのまま半円を描くように大剣を横薙ぎにした。


 その一撃をヘルシャはしゃがむ込むことで何とか回避し、アリスは結界を張ってソウマごと防御態勢に入った。


 しかし大剣による重撃はいとも簡単に結界を破る。


 アリスは咄嗟に細剣を縦向きに構え、ソウマはそれと平行に刃折れの界具を重ねた。


 刹那、撃鉄を打ち鳴らしたような爆音が響き渡り、ソウマとアリスの身体がいとも簡単に吹き飛ぶ。


 二人は地面を何度か弾み、神前決闘場の壁に激突した。


「そーま、アーちゃん!!」

「大丈夫だからお前は目の前に集中しろ!!」


 砂煙の向こうから聞こえてきた声に安堵したヘルシャは、チャクラムを握り直して下方から斬りあげた。


 しかしそれさえも上体を後方に逸らしてすんでのところで躱されてしまう。


「おじさん、強すぎるよ!」

「ありがとな、嬢ちゃん!」


 顔すれすれの位置でチャクラムを回避したクロヌは、口角を吊り上げて笑った。


 そして凍結していない三本目の手をヘルシャにかざした。


 瞬間、彼女は振り上げたチャクラムを手放し、吸い寄せられた方向に向かって全力の拳を放った。



 拳と拳。

 鈍い音が神前決闘場を支配して、突風が吹き荒れる。



「ヘルシャ!!」


 拳を相殺させたヘルシャとクロヌの元に、土煙を吹き飛ばしてアリスとソウマが風の魔法で飛来する。


 仰け反るヘルシャに視線で合図したソウマは、アリスとともに彼女に迫ったのだ。


「おっけー!!」


 アリスは駆けながらクロヌに向けて灰炎を飛ばし、全く同じタイミングでイグニスが朱の矢を放った。


 クロヌは大剣で灰炎を振り払い、拳で矢を打ち砕いた。


 しかしその間にソウマはヘルシャの元に辿り着き、跳躍していた。


「いっくよ~!!」


 彼の身体が浮き上がったと同時、ヘルシャがソウマに向かって蹴撃を放った。


 彼はヘルシャの脚に乗って上空へと吹き飛ぶ。それに一瞬遅れてアリスもヘルシャに向かって跳躍した。


「お願い!」

「うん!!」


 ヘルシャはソウマを吹き飛ばした勢いで身体を回し、回し蹴りの要領で逆の足にアリスを乗せて吹き飛ばした。


「なんだ? ……そういうことか……!」


クロヌは眼下で行われた行動を不思議そうに見て、打ち上げられた二人を目で追った。


 するとそこには空中で横向きに停止しているヘルシャのチャクラム、チャクラムの面に乗っているソウマとそこ向かって上昇しているアリスの姿が見受けられた。


「よく考えたな。けど、戻って来い……!!」


 彼らの考えを読んだクロヌは、イグニスの矢を殴ったことで朱色の氷刃が突き刺さっている手を上空に向けた。


 再び引力による引き寄せで二人を逃がさないつもりだろう。


「もうあんたの間合いに入るのはこりごりだ!! これでも食らっとけ!!」


 アリスが逆さにチャクラムに着地した勢いで回転したそれから落下し始めたソウマは、落ちがけに刃折れの界具でチャクラムを斬りつけた。


 それとほぼ同時にチャクラムを蹴ったアリスは、突風を起こしてソウマごと崩壊した北側の客席側へと加速した。


「絶対に死ぬなよ!!」

「私たちが必ず止めてくるから!!」


 崩壊した北側の客席から神前闘技場を抜け出す直前に、ソウマとアリスはこの場に残る二人へ向かって叫び、クロヌの前にいる彼らは小さな笑みと頷きを返した。


 刹那、ヘルシャのチャクラムが強烈な光を放つとともに、隕石の如くクロヌに向かって落下した。


 彼は目を見開いて大剣を振り上げそれにぶつける。


 しかし片手で振るった程度ではクロヌの膂力を持ってしても受け止めることが出来ず、両手で柄を握ることでようやく均衡を保ち始めた。


 それでもソウマの能力によって膨張させられた圧倒的な重力を前に、クロヌは押され始めた。


「ヘルシャ、下がれ!!」

「容赦ねぇな、お前ら……!!」


 イグニスの大声にヘルシャははっとしてクロヌから飛び退く。


 それを確認した瞬間、朱と蒼の混じり合った極光がイグニスの弓から放たれた。


 刹那、大剣を受け止めているクロヌに着弾した極光は、蒼の大爆炎を引き起こし、そこに朱の氷山を形成した。


 それによって周囲に蒸発による蒸気と、氷から放たれる冷気が充満して視界を塞いだ。

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