18話 ~天上へ~
「【魔滅の灰炎】……!【黎明】の狙いはこれかよ……!!」
アリスの過去を追体験したソウマは、何故彼女が【黎明】に狙われているのかを悟った。
このアルカディアもアリスのいた世界のように魔力に溢れた世界だ。彼女のあの力を用いればこの世界を破壊することは容易なはずだ。
たった一人の力でそんなことが可能なのかとも思ったが、この世界を支えているものが街の中心に存在するのだ。それを焼き尽くすことが出来ればこの世界は崩壊するだろう。
「まずい……! もう三日も経ってたら【黎明】の準備は整っちまってる!」
ソウマはアリスの本を棚に戻すと手近な転移紋に向かった。
【世界書庫】の六階層に帰還した直後、ソウマの【伝道結晶】が震えながら煌めいた。
『やっと繋がった! 大変だよ、そーま!!』
「ヘルシャか!? 何があった!?」
『エデンが【黎明】に襲われてる!』
「なんだと……!?」
【伝道結晶】を通して聞こえてくる焦燥するヘルシャの声の後からは、爆発音や剣戟の音が聞こえてくる。
彼女の言った通り、エデンの来訪者と【黎明】のメンバーが戦っているのであろう。
「リネアさんには伝えたのか!?」
『アガルタまで行ける雰囲気じゃなかったから連絡はした! 多分すぐに来てくれると思う!』
ソウマは【伝道結晶】を耳に当てながら【世界書庫】から外に出た。
そして広がった街の風景に絶句する。
「マジかよ……」
先程まで平穏であった街の姿が豹変していた。
街の至る所で火の手が上がり、何人もの来訪者が道に倒れている。
唖然としているソウマの耳にザザっという不快な音が届く。それは【伝道結晶】から聞こえてきたもので、すぐに音は整って再び声が届いた。
『ソウマ、ヘルシャ、イグニス』
「リネアさんか!?」
『あぁ、状況はヘルシャに聞いた。アガルタの【黄昏】を動かすが、少し時間がかかりそうだからもう少しだけ持ちこたえてくれ』
「ダメだ! 多分エデンの襲撃は陽動なんだ!」
『……どういうことだ?』
「俺はアリス・フォティアの過去を見てきた。【魔滅の灰炎】、あいつの力は魔力を焼き尽くす。【黎明】があいつを狙ってたのはその力を使ってアルカディアを破滅させるためだったんだ!」
『『『!!!!』』』
ソウマの言葉に、【伝道結晶】の向こう側で三人が息を飲んだことが感じ取れた。
『どこにいるか見当はついているのか?』
「あぁ、きっと世界樹の上、闘技場だ。そこからなら世界樹自体も燃やせるし、爆撃するみたいにエデンの全てが狙えるだろ」
『なるほどな……。分かった、ヘルシャとイグニスと合流したらすぐに闘技場への転移紋に向かってくれ。俺もエデンの事態を収束させたら闘技場に向かう』
『でもリネっさんが来るまでエデンはどうするの!』
『大丈夫だ、援軍を呼んでる。三人とも、アリス・フォティアのことは頼んだぞ!』
そう言うや、リネアは【伝道結晶】による通信を切った。それによって同時通信にはソウマ、ヘルシャ、イグニスの三人が残された。
「うっお、黎明……!」
世界書庫の前に立っていたソウマにフード付きの蒼色のコートを纏った来訪者が攻撃してきた。それをなんとか躱して【伝道結晶】に問いかける。
「二人ともどれくらいで……」
直後、声とともに黎明の構成員が紙のように吹き飛ぶ。
「来たよ!」
「待たせたな」
「はっや……。全然待ってないわ」
【伝道結晶】の通信で呼びかけたつもりが、もう既にこの場に到着して、早々に黎明の構成員を倒してくれたことに、ソウマは驚きを通り越して唖然としていた。
「よし、行くか」
気を取り直して闘技場への転移紋に向かおうとしたソウマの背に、ヘルシャの声がかけられる。
「でもただの来訪者じゃ黎明の構成員には太刀打ちできないよ」
「そう言ったって時は一刻を争うんだぞ!」
「リネアさんは援軍と言っていたが……」
「ソウマ!!」
闘技場に向かうことを躊躇していた三人の元に野太い声が届く。
そしてそちらに振り返ったソウマはリネアの言葉に得心がいった。
「ベルク! それにお前らも!」
居住区から走ってきたのは、ベルクを筆頭とする【天空の妖精亭】の面々であった。
「ソウマさん、リネアさんから話は聞きました! ここは私たちに任せてアリスさんを助けてあげてください!」
「マオ……! めっちゃ助かる!」
そんな最中、横手から三人ずつ黎明の構成員が襲いかかってきた。
「させま……せん!」
「邪魔だ」
刹那、マオは両手に爪の界具を顕現させて蹴撃との合わせ技で三人を圧倒し、ベルクは大戦斧を振り下ろして地面ごと逆側の三人を吹き飛ばした。
ベルクたちを追ってきたのか、彼らの背後からも十数人の黎明構成員が迫ってきていた。
しかし白髪のダークエルフが歪曲するデュアルソードの界具を顕現させて一人で先陣を切り、すれ違った瞬間に、その全員に閃撃を叩き込んで無力化した。
「やっぱ半端ねぇな、お前ら……」
ソウマは引き攣った笑みを浮かべながら彼らの強さを賞賛した。
何故【天空の妖精亭】の面々がこれほどまでに強いかといえば、彼らは真実を知り【黄昏】に保護された来訪者であるためだ。
元々ベルクは【黄昏】の幹部であったが自ら半脱退状態になり、保護した来訪者たちの面倒を見るために長年の夢であったという自分の店を持ち、そこで働かせるようになったのだ。
故に【天空の妖精亭】の面々は脛に傷を持つ者の集まりであり、戦いとなればそこらの来訪者では太刀打ちできないほどに強い。
「恩に着るぜ、エデンは任せた!」
「おうよ!」
「はい! ソウマさんたちも気を付けて!」
二人の激励を背に、ソウマたちは闘技場への転移紋がある北側の根元へと駆け出した。
◆◆◆
「くそッッ! やっぱりか……!」
世界樹の根元にある、洞に設置された転移紋は何者かの界具によって破壊されていた。痕跡から見るに刃の付いた界具によるものだろう。
「転移紋って簡単に壊せるものだっけ?」
「いいや、魔術のプロか魔術そのものを壊すような界具の持ち主じゃないと破壊は不可能だ」
「キョウヤだ……! あいつなら移動したあとに上と下で繋がっている転移紋を断ち切ることが出来る……!」
ソウマは木の幹を拳で叩き、悔しそうな表情をする。
転移紋が無ければ空でも飛べない限り、高天にある闘技場にたどり着くことなど不可能だ。
「イッくん、闘技場ってどのくらいの高さ~?」
「高度数千と言ったところか」
「うん、ならいけるね!」
「は? お前らなに言って……」
「ウチの力とイッくんの力、それにそーまの力があれば行けるよ!」
ヘルシャは満面の笑みで頭上を指さしながらそんなことをのたまう。
「ちょっと待て、それ危ないやつだよな……?」
「イッくん、大砲の筒みたいなの作って、氷を真上に伸ばして!」
「ソウマ、手伝え。俺の力だけではそこまで高くは作れない」
「待て待て待て待て、だったら階段でも作ればいいだろ!」
「一刻の猶予もないって言ったのはそーまだよ!」
「うぐ……。わーったよ! こうなりゃやけだ!!」
イグニスが蒼と朱の双剣を顕現させるや、ソウマもやけになって刃折れの界具を顕現させた。
「【赤々と燃ゆる大炎も、いずれは消えゆき灰となる】」
イグニスの詠唱と共に朱の曲剣の色が失われていき、灰色となる。
そして蒼色の曲剣にそれをぶつけて次の句を紡いだ。
「【やがて灰さえも凍てつき、絶対零度の刃と化す】」
その句と同時に灰色の曲剣が蒼く色付き、イグニスの手中で蒼の双剣として姿を変えていた。
「【氷精化】」
直後、藍色だったイグニスの髪が水色に変化し、赤かった両の瞳までもが美しい水色へと変貌した。
「俺のタイミングに合わせろ」
視線さえ送らずにソウマへ指示を送るイグニスは、双剣の柄を合わせて弓に変化させた。
そして左手に構え、右手に蒼色の光の矢を生み出した。
「いくぞ……!」
「おうよ!」
その矢を引き絞り、真上に向けて照準する。そして放つ直前、イグニスの蒼色の矢に向けて刃折れの界具を振るった。
周囲が蒼色の閃光に包まれた直後、放たれた矢が冷気を爆発させながら天上へと登っていく。
その軌跡には円筒状の氷が生み出されており、それは世界樹の幹に寄り添って聳える細い塔のようであった。
それを見届けたイグニスは弓を再び分割して双剣に戻し、逆手に持ち替えて足元に突き刺した。
するとイグニスを中心にヘルシャとソウマをまとめて氷の球体が包み込んだ。
「よっし! 次はウチの番だね!」
ヘルシャは巨大なチャクラムを顕現させながら笑う。
そして地面に向けて極厚の刃を叩きつけた。
「ひっくり返れ~!」
間の抜けたヘルシャの声の直後、三人を爆発的な浮遊感が襲った。
それはまるで重力が反転したかのようで、三人を包み込む氷の球体ごと彼らを上空へと吹き飛ばす。
それはイグニスが作り上げた氷の筒の中に吸い込まれるように入っていった。
「そーま、やっちゃえ!」
「わーってるよ!」
浮かび上がった球体の中で、ソウマは緑の燐光を放つチャクラムに斬りかかった。
金属音が鳴り響いた直後、その光が爆発的に強まり全身に重力がかかるほど上昇が加速した。
「ひゃっほーーーー!!!」
「ッ……!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬーーー!!」
凄まじい浮遊感にヘルシャははしゃぎ、イグニスさえも表情を歪め、ソウマに至っては大絶叫していた。