17話 ~戦火のエデン~
「アーちゃんと連絡が取れない?」
「そうなんだよ、三日前にアガルタに来て以来!」
「ほ~? で、アーちゃんって誰よ、イグニス?」
「アリス・フォティアだ」
【天空の妖精亭】に呼ばれたソウマはいきなりヘルシャに頭突きされるような勢いで「アーちゃんと連絡が取れない!!」と言われ、実際に石頭をぶつけられた。
アーちゃんなる人物が思い当たらなかったため、焦りまくっているヘルシャではなくイグニスに問いかける。するとその人物がアリス・フォティアであることが分かった。
「【黄昏】に入るか考えさせてって言ってたんだろ。なら今も悩んでるってことじゃねぇの? 信じてたものに裏切られなんだから仕方ないだろ」
「そうかもだけど……。でもアーちゃんが返事もしてくれないなんてことないと思うんだよ。家にも行ってみたけど全然帰ってきてないみたいで……」
いつも元気、というか鬱陶しいヘルシャがこうも落ち込んでいると逆に困惑してしまう。
そんな空気を打ち切るかのように、ベルクが三人のテーブルに食事を運んできた。
「三日間家に帰ってないってのはまずそうだな。どこか心当たりの場所はないのか?」
「俺は草原で別れてるから分からん。知ってるとしたらアガルタを案内した二人だろ」
「うーん、案内って言っても修練場と図書の塔だけだからな~」
「幹部クラスで会ったのもリネアとルジストルだけだ」
「ルジストルとも会ったのか……」
二人の説明にベルクが顎に手を当てて思索する。
「あいつと何話したんだ?」
「図書の塔の話と、あとは【夢幻書庫】のことかな~?」
「【夢幻書庫】……。あいつ、【ヴァルハラの館】ではリネアさんと何話してた?」
「大まかに言えば【黄昏】と【黎明】について、あとは【再来者】についてだ」
「……俺のことは?」
「なんだお前、彼女にどう思われてるのかそんなに気になるのか? 好感度なんてどん底だろ」
「ちっげぇよ! 俺というより、俺とキョウヤ、界具の二本持ちについてだよ!」
「言われてみれば聞かれなかったかも……」
「お前の過去に関することだ、遠慮していたのではないか?」
「ならあいつは夢幻書庫に行ったに違いない。てか人に聞くのは遠慮しといて、勝手に過去覗きに行くとかどうなってんだよ!」
アリスがアガルタで得た情報から逆算して、ソウマは彼女が向かったであろう場所を割り出した。
「ヘルシャ、イグニス、夢幻書庫に行くぞ。そこで何か分かるかもしれない」
「分かった!」
元気よく返事をしたヘルシャは、テーブルの上に置かれた料理を流し込むように高速で食べ終えた。ソウマの前にあったものまで全てだ。
「あっ! おま、ふざけんな!」
「急ぐよそーま! イッくん!」
ヘルシャの魔の手を逃れるように皿を手に持っていたイグニスは、残っていた料理を食べ終えて立ち上がった。一方彼女は既に店の外へ出て駆け出していた。
「ソウマ、支払いは頼んだぞ」
「あ!? ふざけんな、お前の方が金持ってんだろ!」
「今日はツケでいいよソウマ、早く行ってやれ」
「サンキュ、ベルク! 愛してるぜ!」
「やめろ気色悪い!!」
嵐のように去っていった三人の背に目を向けながら、ベルクは小さく笑った。
「はぁはぁ……お前ら、早すぎだろ……」
「そーまが遅いんだぞ!」
【世界書庫】の前で腕を組んで待っていたヘルシャは、膝に手をついて肩で息をするソウマを叱責する。イグニスはユグドラシルの幹に背を預けて余裕の表情だ。
「さて、行くか」
「……」
先頭にいるヘルシャに声をかけたものの、黙って俯いて歩を進めようとしなかった。
「夢幻書庫ってどうやって行くんだっけ?」
「そんなことだろうと思ったよ!」
振り返って舌を出しながらそんなことを言うヘルシャに、ソウマは声を荒らげてつっこんだ。
「あいつが見たとすれば俺の記憶……」
ソウマは自身の記憶の本がある棚までの軌跡を出現させる。
一度行ったことがあったとしても不規則に道順が変わるため、毎回こうするしかない。そもそも覚えられるような道順では無いのだが。
あべこべの道を進んでいくと光の軌跡の終点が見えた。
そこにはぼんやりと発光する本がある。
「ッッ……!!」
しかし彼らの目に映ったのはその本ではなかった。
三人は本棚の前に駆け寄ると、そこに散らばっているものを見て戦慄した。
「これって……」
「あぁ、間違いない……。こんなグラデーションの髪、あいつしかいねぇだろ……!」
ソウマは本棚の前に散らばっていた、グラデーションがかった灰色の長髪を拾い上げて唇を噛み締めた。
根元が濃灰色で毛先にいくに従って白に染まっていく髪色などそうはいない。
それにこのタイミングでこの場所に来る者は一人しかいないだろう。
「でもなんでこんな……」
「ソウマ、よく見ろ。この髪黒く染まっている」
「……血だ」
「なんでそんなことに……!?」
髪を一部黒く染めているものを血だと断じたソウマに、ヘルシャは動揺しながら問いかける。
「そんなの知るかよ……!」
ソウマは冷静さを保つため、アリスの髪をぎゅっと握って自身の手に爪を食い込ませた。
「ヘルシャ、イグニス。お前らはすぐリネアさんのところに行って【黄昏】を動かしてくれ。【黎明】の目的があいつだったことを考えると、まずいことになるかもしれない……!」
「そーまはどうするのさ!」
「俺はあいつの記憶を覗く。そこに狙われる理由があるかもしれないし、直前の記憶まで見れれば何があったか分かるかもしれない」
ソウマは説明しながら瞼を閉じ、アリスの記憶が記された本までの軌跡を出現させた。
そして駆け出しながらヘルシャたちに振り返る。
「出来るだけ急いでくれ! この状況を見るに、あいつは今やばい状態かもしれない!」
その言葉にヘルシャとイグニスは真剣な顔で頷き、ソウマとは逆の方向に駆け出した。
「これがあいつの……」
二人と別れてからアリスの記憶の本が納められた棚に辿り着いたソウマは、淡い灰色の光を放つ真っ白な装丁の本を手に取った。
そしてページを開き、過去の追体験が始まった。
◆◆◆
彼女の世界には人種がエルフしか存在しなかった。
それ故にエルフの中で明確な身分格差が生じており、生まれた時から扱いが決まってしまうような世界であった。
力による支配が横行しており、力のない種族は虐げられていた。
住まうエルフによって木々の色や森の豊かさやが決まり、互いの領地を奪い合う戦争が頻繁に起こっていた。
奪った領地は土地の豊かさをそのままに、木々の色だけを自分の種族のものに変えることが出来るため、己の種族の力を信じているエルフたちがこぞって争うのだ。
そんな中でアリス・フォティアの種族は高い魔力を有しながらも、灰の森と呼ばれる厳しい環境の領地で暮らしていた。
そこはエルフの住まう地にだけ生育する聖大樹以外、植物があまり育たない環境であった。そのうえ一族は髪の色から【灰かぶり】と呼ばれ、醜い種族として虐げられていた。
彼女の一族は灰の森の聖大樹のみから生成される灰玉と呼ばれる宝石を輸出することと、他の種族の戦争に傭兵として参加することで生計を立てていた。
アリスはまだ傭兵として戦争に参加する前の幼い頃に、戦争の最中に灰の森へ逃げ込んできた敵の兵士に致命傷を負わされたことがある。
それを金髪金眼の青年に輸血されて救われ、それから瞳だけが金色に染まって、一族からも距離を置かれるようになってしまった。
そんな中、彼女の一族はある戦争に傭兵として参加したことで最上位種族である金の森のハイエルフに目をつけられてしまう。
それも彼らの配下である一族を撃退してしまったためであった。
後にハイエルフの軍勢が【灰かぶり】の一族の森に攻め入ってきて、戦争をすることになってしまう。
森を捨てて逃げるものの、貧しい土地である灰の森を得ることなどはなから眼中に無い彼らは、どこまでも追い立ててきた。
最上位種族に正面から戦っても勝てるはずがないため、【灰かぶり】の種族は禁術を発動させる。
それは【魔滅の灰炎】と呼ばれる炎の魔法で、魔力を焼き尽くす特性を持っていた。
一族の者たちが自身の命を燃やし尽くして発動させた【魔滅の灰炎】は、周囲の森ごとハイエルフの軍勢を焼き尽くした。
しかし術者を失った灰炎は収まることなく広がり続け、魔力を有するものを全て燃やし尽くしていった。
エルフしかいないこの世界は空気中にさえ魔力が漂っており、その全てに燃え移って世界を終焉させる結果となった。