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13話 ~地下街アガルタ~

「……はっ! ここは……」


 一瞬の浮遊感の後アリスが瞼を持ち上げると、そこには見たことのない小さな町が広がっていた。


 一瞬で草原からこのような場所へと転移したことから察するに、彼の能力は空間に関するものなのだろう。


 頭上を見上げても枝葉が見えるわけでも空が見通せるわけでもないため、どこかの地下であることが推察できる。


 頭上には岩の天井があり、そこに設置された無数のランプによって照らされているのは石造りの家々であった。


 その多くはそれほど大きい建物ではないのだが、その中で一際巨大な建造物が二つあった。


 一つは石造りの巨大なドーム。ユグドラシルの最上部にある闘技場に天蓋を付けたらこのような形になるのだろう。


 そしてもう一つは煉瓦を積み重ねて作ったような塔であった。


 今アリスがいる場所は高台になっているようだが、それよりもはるかに高く、もう少しで岩の天井に届くくらいの高度を誇っている。


「あのドームは修練場、文字通り団員同士が手合わせして修練を積む場所だ。そしてあれは図書の塔、魔導書や戦闘書、【黄昏アーベント】が収集した情報を記した本などが貯蔵されている」

 眼下に広がる小さな町を眺めていたアリスの隣に立ったのはイグニスであった。そんな彼はドーム状の建物と煉瓦の塔を順に指さしながら説明した。


 小さいとはいえ地下に町を築き上げるなどどうやったのだろうか。しかも壁や天井の形状があまりにも直線的であるため、自然に形成されたものではないということは分かる。


「ここが俺たち【黄昏】の拠点 アガルタだ。真上にエデンがあるため物資の流通も滞りなく行われている」

「ここがエデンの地下!?」


 アリスはイグニスによって伝えられた事実に、思わず声を上げてしまった。


 これほどの町がいつも暮らしているエデンの真下に広がっていたなど全く知らなかった。


 だがよくよく眺めてみれば壁となっている二辺は直線、一辺が曲線になっているため、エデンの円形構造の端の方に形成されたようにも思える。


「まぁここに来れるのは団員だけだ、存在を知らないのも無理はないよ。さて、立ち話をしないために移動したんだ」


 背後から聞こえたリネアの声によって振り返ったアリスは、もう何度目とも知れぬ驚愕の表情を浮かべた。


 そこには眼下に広がっていた家々の数倍はある大豪邸が屹立していたのだ。


「ここは幹部クラスが暮らしている館。イグニスとヘルシャもここに住んでいるんだ。団員からは【ヴァルハラの館】なんて呼ばれてるけど、そんな大層なものじゃないよ」

「いや、大層でしょ……」


 アリスは眼前に聳え立つ大豪邸を前に、呆れたようなため息を吐いた。その横をヘルシャとイグニスが通り抜けて館の扉を押し開けた。


「たっだいま~!」


 二人の姿が館の奥に消えていった後、リネアがアリスの前に立って笑った。



「ようこそ、俺たちの家へ」




 そうしてアリスが通されたのはシャンデリアがに照らされる豪奢な部屋であった。


 その中心には大理石の円卓が静かに鎮座しており、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。


「どこでもいいよ、今お茶を出すから待っててくれ。リオ、頼めるか」

「かしこまりました、団長」

「……!?」


 聞こえてきた声の主の姿が突然背後に現れたため、息を呑んだ。


 彼女はクラシックなメイド服を纏った黒い毛並みを持つの猫人で、耳、髪、瞳と、全てが美しい漆黒であった。


 落ち着き払った表情でリネアの命を受けたリオは、アリスたちが入ってきた大扉から出ていった。


「リオ……? あの顔どこかで……」


 アリスはメイド服を翻した彼女の涼し気な横顔に既視感を覚えていた。


「さて、じゃあ今回の事の顛末を聞こうか」


   ◆◆◆


 初めにリネアが座り、その左右の椅子にイグニスとヘルシャが腰掛ける。


 円卓が大きすぎるため真正面に座ると遠いので、アリスはリネアの視界に入る左前くらいの椅子に腰掛けた。


 そして邪精霊の大群が発生したということが伝わって来訪者が緊急招集されていたこと、そのレイドに参加してキョウヤたちとぶつかったこと、彼らの目的がアリスだったことを説明した。


「なるほどな……。アリス・フォティア、何か狙われる心当たりは?」

「何もありません……。そもそも彼らは、いえ、あなたたちも……いったい何者なんですか?」


 【黄昏アーベント】と呼ばれる謎の組織とそれに敵対するキョウヤたち三人。


 地下にこれほどの街を作り上げてしまう【黄昏】は相当な勢力のはずだ。


「あぁ、順を追って説明しよう。まず【黄昏】というのはアルカディアの現状を壊さないための組織だ。それに敵対するのが、先程対峙したクロヌ・ヴィゴーレたち【黎明(アウフガング)】。彼らは永遠の平穏を享受しているアルカディアを崩壊させるために暗躍しているんだ」

「待ってください……。元々アルカディアは王を決めるための……!」


 そこまで口にして、アリスは【天空の妖精亭】でソウマから聞いたことを思い出した。


「【神前決闘】についてはソウマから聞いているようだね。そう、あの戦いは神が【聖戦ラグナロク】の手駒を選定するためのもので、終わってしまった元の世界を取り戻すことなんて叶わないんだ」

「……あなたは【再来者】、【聖戦】から帰還した者だと聞きました。何故帰って来れたんですか……?」


 アリスはソウマの知り合いというのがリネアであったと予測し、問いかける。


 元の世界を取り戻すことが出来ないことはソウマに聞いていたことだ、もう驚くことはない。


 しかし永劫に負け続ける戦争である【聖戦】から帰還することなど不可能なのではないのか。


「あぁ、普通ならもう戻ってこれないよ。あの戦争では思考を全て奪われ、戦うだけの駒になるからな」

「なら何故……」

「戦い続ける中で少しずつ、何百年かかったか分からないが思考を取り戻したんだ。そして同じく思考を取り戻したクロヌ・ヴィゴーレと、【黎明】の団長 アグハ・エテルノと協力して【聖戦】から帰還した」


 リネアの、いやリネアたちの壮絶な過去を知ったアリスは絶句した。


 何百年もの間、思考を奪われて戦い続けるなど地獄ではないか。


「でも思考を取り戻したからって簡単に戻ってこられるようなものなんですか?」

「いいや、俺とアグハの能力が無ければ不可能だったろうな」

「あなたの能力は空間を移動したり消し飛ばしたり、空間に関するもの……ですよね?」

「あぁ、俺の能力は次元を司るものだ。だがそれだけでは【聖戦】の戦場を移動するだけしかできなかった」


 リネアの言からアリスは頭を働かせて推測した。


 彼の能力では移動できないということは、【聖戦】が行われているのはこのアルカディアではない。


 つまり来訪者それぞれの世界があるように、【聖戦】が行われている世界があるのだろう。


 アリスが思考している中、イグニスは腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかり、ヘルシャは円卓に突っ伏してよだれを垂らしながら眠っていた。


「【黎明】の団長の能力って……」

「あいつの能力は時間の操作。停止・逆行・加速と言ったように時間を司っている」

「っ……!?」

「あぁ、そうは言っても限りはあるよ。それに操作を行った直後、アグハは能力を使えないからな」


 絶句したアリスにリネアが説明する。


 しかし限りがあるとしても時間を操るなど強大な能力すぎる。


「あいつの能力と俺の能力を合わせて空間と時間、つまり時空を超えてアルカディアに戻ってきたんだ」


 アリスとってあまりにも壮大な話で面食らったが、そもそも元の世界からアルカディアという世界に召喚されている時点でもう何もかもがありえないのだ。信じるほかないだろう。


「話の規模が大きすぎて現実味がありませんが……理解はできました。けれど、それなら何故あなた達は対立しているのですか?」

「……帰還という共通目標があったから共にいただけで、俺たちは根本から考えが違っていたんだ。俺は戦いのない平穏を、アグハは自分たちを騙して駒にした神への復讐を願っている。クロヌは闘争を求めているが、負けが決まっている戦いには嫌気が差して【聖戦】から帰還した。だからより戦えるアグハの方に付いてる」

「【黎明】は何を目的に動いて……」


「……アルカディアの完全破壊だ」


「っ……! そんなことをしていったい何に……!」


 アリスは【黎明】の目的を聞くや、円卓を叩いて立ち上がった。


「駒の選定システムそのものを崩壊させるつもりなんだろうな」

「この世界で生きている来訪者たちだって消えてしまうかもしれないのに!」

「それをさせないために【黄昏(おれたち)】がいるんだ」


 リネアが小さく笑いかけ、イグニスは腕を組んだまま瞼を閉じ、ヘルシャはビクッとなって目を覚ました。


「喉乾いた……。てかリオ遅すぎでしょ!」

「ただいま戻りました」


 目を覚ましてすぐにヘルシャが叫ぶと、ほとんど同じタイミングでトレーに人数分のカップを乗せたリオが扉を開けて入ってきた。


「おっそ~い! 何サボってたのさ~!」

「茶葉が切れていたから外に買いに行っていたのよ」

「飲ませろ~!」

「やかましい……!」


 ヘルシャは椅子を蹴って、トレーを右手で持っているリオに飛びかかった。


 彼女はトレーを右手に乗せたまま、上空から迫ってくるヘルシャに向かって攻撃を放った。


 刹那に放たれたのは両脚の二連撃と、空いている左拳。


 動作によって翻るメイド服の裾が美しさを演出する。


 飛びかかったヘルシャは真上に吹き飛ばされ、しかし叩きつけられることなく天井に張り付いていた。


「やっぱやるな~リオは!」


 天井にしがみついているヘルシャは嬉々とした表情でリオを褒め称える。


 しかし彼女は聞こえていないかのようにカップをヘルシャ以外の席に置いていく。


 そしてヘルシャの分かと思われたカップにリオは平然と口をつけた。


「あ~! ウチの~!」

「誰も貴女のだなんて言っていないでしょう?」


 天井を蹴って降り注いでくるヘルシャをカップ片手に軽々と躱し、また一口含むと円卓にそれを置いた。


「リネア様のご迷惑よ、出ていきなさい」


 天井から地面に落下した直後、再びリオに突っ込んでいったヘルシャに、リオの回し蹴りが完璧なタイミングで叩き込まれる。


 直前で防御したようだが、あまりの威力にヘルシャの小さな身体は開け放たれたままの扉から外に吹き飛ばされた。


(こんな光景、つい最近見たような……)


 ロングスカートの裾を翻して放たれる美しい回し蹴りを見て、アリスはふと思い出した。


「あっ……!」

「どうかしましたか、アリス・フォティア」


 ヘルシャを吹き飛ばしたリオは、声を上げたアリスに向き直って問うた。


「あなたに似た猫人の給仕とつい最近知り合ってね。その娘も凄い回し蹴りだったから思い出しちゃったわ」


 その発言にリオはほんの少しだけ眉をひそめて黙ってしまった。その代わりに言葉を継いだのはリネアであった。


「それは【天空の妖精亭】のマオじゃないか?」

「!! はい、そうですが……」

「やっぱりか。彼女はリオの妹だよ」


「あぁ、だから……って、アルカディアに家族とか姉妹で召還されることなんてあるんですか!? 終焉した世界から選ばれるのは一人だけなんじゃ……」

「そうだね。けれど分岐した世界 パラレルワールドからでも来訪者は召還される。つまり一つの終焉ではマオが、別の終焉ではリオが選ばれたってことだ。まぁそうそうあることではないんだけどね」

「アルカディアで元の世界の、それも家族と再会できるなんて……!」

「そんな簡単なことではないわ……。私の世界のマオは目の前で死んだ。別の世界を歩んできたのだから彼女は別のマオなのよ……」


 努めて平静に、しかし動揺を隠せていないリオは拳を握りしめていた。


 パラレルワールドの妹だったとしても、他人ではないのだ。そう簡単に割り切れないのが当然だろう。その証拠にリオとマオは現在共にいないのだから。


「リオ、もう下がっていいよ」

「……はい」


 リネアの優しい言葉に小さく頷いたリオは、開け放たれたままの扉から出ていった。


「リオ~!」

「もういないぞ」

「なんだと~! 蹴っ飛ばすだけ蹴っ飛ばしといてなんてやつだ~!」

「貴女が飛びかかったからでしょ……」


 ヘルシャの発言に呆れたため息をついたアリスは、落ち着いて椅子に座り直した。


「アリス、君はソウマとどういう関係なんだ?」

「キヅキ ソウマ? どんな関係と言われても……。三日前に対戦が決まって、いつまで待っても来なかったから文句を言いに行って……」

「なんだ、ソウマの彼女かと思ったのにな~!」

「だ、誰があんな人と!」


 ヘルシャの発言に、アリスは顔を真っ赤にして反論する。


「なるほどな。けどソウマに関心を示す来訪者なんて珍しい。これからも仲良くしてやってくれると嬉しい」

「仲良くって……」


 アリスは不愛想な表情をしながら目線を落とした。


 あんなデリカシーもプライドもないような男とどう仲良くすればいいのか。


「イグニス、ヘルシャ。彼女にこの町の案内を頼めるか?」

「分かりました」

「いいゾ!」


 リネアに頼まれた二人はそれぞれ返答して扉の前へと移動すると、アリスの方に視線を遣った。それに応えるように彼女は立ち上がって二人に続いた。


「アリス、いつでもここにきていいからな」

「はい、ありがとうございます」


 扉を潜ったアリスは振り返って小さくお辞儀をしながら小さな笑みを浮かべた。

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