その9 「あら、お客様どちらへ?」 「いえね、あっしは少し、夜風に当たってきますぁ」 「夜は魔物が徘徊しております故、お気を付けくださいませ」 「お嬢さんの優しさが胸にしみますぜ、へっへっへ」
引き続き、男湯にて。
突如、詩人の背後に現れた自称・精霊(※オッサン口調)
しかし、その姿を確認する間もなく目潰しを喰らった詩人さんは、ただただ痛みにのた打ち回り、もはやそれどころではなかった。
「目がぁ……ああぁッ……目がぁぁああああ……ッ!」
「おっとっとぉ、浴場は大変すべりやすくなってますんで、むやみに暴れ回っちゃぁダメですぜ、ダンナぁ」
「人の目に石けん水を入れといて言うことかーぁッ!」
しじんは ころげまわっている!
しかし しじんは なにもみえない!
ややあって。
「おい、精霊さんよ……こりゃぁ、どういう事だ?」
詩人は後ろ手に縛られ、転がされていた。
「へっへっへ、すいやせんねぇ、ダンナ。しばしの間、あっしの精霊魔法で動きを封じさせていただきやすぜ」
「いや、魔法じゃないよね。うん、思いっきり物理的だよね? なんていうか、こう、食い込んでるよね、荒縄が手首に。てか、風邪引くわッ!」
どうやら屋外に連れ出されていたようだ。
湯気の漂う気配はするが、濡れたままの素肌に冷たい夜風が吹き付ける。
ていうか、露天風呂まであったのか。実は結構いい宿なのでは?
しかし詩人の目には手ぬぐいが巻かれているので…………やはり、何も見えない!
「ダンナ、いま、ものすごくマニアックな格好になってやすぜ?」
「うるせぇよ! 寒みぃし恥ずかしいよ! ていうか、マジでコレ、なんなんだよぉおおおッ!」
やった!
しじんさんは まぢ泣きだ!
「うおぉぉぉぉん、俺が何したって言うんだよぉぉぉ、冒険活劇じゃなかったのかよぉぉぉ、ぜんぜん冒険してねぇしよぉぉぉ!」
「おやおやダンナ、男泣きですかい?」
理不尽極まりなかった。そりゃぁ涙も出てくるってもんだ。
しじんは おもった!
……ちきしょう、精霊って言ってたよな、コイツ。てことは、イオを魔法勇者にしたのはコイツなのか? いや、それよりも……、
「あのふざけた利用規約を書いたのはオマエかぁーッ?」
「まぁアレですぜ、ダンナ。そいつぁ、“大いなる精霊の意志”ってヤツですぜ」
「答えになって無いしッ!」
「所詮あっしは下っ端の身分でやすからね、へっへっへ」
「知らんがな!」
口調に小物臭は漂わせているが、どこか異様な威圧感が。
と。
「ところでダンナ、さっき逃げようとしやしたね?」
「してないしてない、してませんッ!」
思わず全力で否定の詩人さんだ。
確かに、風呂から出た後は独りで宿を出て行こうと思っていたけれど。
「ウソおっしゃいな」
「だとしても、この仕打ちはないよねッ?」
拘束+目隠しで風呂場に放置って。
「すいやせんねぇ、でも、こうでもしないと、ダンナは話を聞いてくれやせんでしょう?」
詩人は呻いた。
「アンタ一体、何が目的だ?」
「ダンナにゃぁ、魔法勇者の世話役になってもらいてぇんですよ」
「それはイオのことか?」
魔法勇者イオン。詩人が街はずれで出会った獣耳フード姿の生意気な幼女だ。
女湯に入ったが、今頃どうしているだろう? ちゃんと肩まで浸かっているだろうか?
「ええ、そうですぜ。魔法勇者として、あのコはまだまだ未熟。ダンナもお読みになったでしょう?」
そう言えば。
あのふざけた文面の利用規約とやらには確か――“魔法勇者が未成年の場合、大人の同意を得なければ、勇者の力を保有出来ない”――みたいなことが、書いてあった気がする。何故そうなのかはまだ不明だが。
精霊が続ける。
「まぁ要するに、誰かがそばに付いていてやらねぇと。この先、魔法勇者の旅は、きっと険しいものですからね。どうせ暇でしょう、ダンナ?」
が、
「やなこった」
キッパリ、と詩人さん。
「おやダンナ、まさかの即拒否ですかい?」
「俺は面白可笑しく生きていきたいんだ。戦いなんて危ねぇこと、やってられるか!」
「さっき冒険したいって言ってやしたよねぇ、ダンナ?」
「ンなもん知るかッ! それならアンタらがイオのそばにいてやればいいだろうが!」
「それはそうなんですけどねぇ、我々精霊共はあくまで監視役ですぜ。世界の均衡を破るような物理的干渉は出来ねぇんですよ」
「だから俺のこの状況は思いっきり物理的だよねッ?」
しつこい様だが、拘束され目隠し状態のまま風呂場に放置の詩人さんだ!
それでも詩人は叫ばずにはいられなかった。
「だいたい、どうしてイオなんだよッ? 子供に勇者をやらせる必要がどこにあるッ?」
と、
「ならば、ダンナがやりますかい? 勇者ってヤツを」
「そっ、それは…………」
しじんは ことばにつまった!
「人にはそれぞれの使命があるんですぁ。軽々しく口を挟むんじゃねぇってモンですぜ、ダンナぁ」
「………………」
しじんは なにもいえない!
「どうやら見込み違いをしちまったようですねぇ、やれやれ」
「………………」
しじんは ジッとこらえている!
「しかしダンナ、ひとつだけお願いしてもいいですかい?」
つづく!