その5 「いやむしろ、おやこに、みえたのではっ、おじんさんっ?」 「また混ぜちゃったよッ! 詩人さんだよ、おじさんでもないよッ!」 「うるさいですよ?」 「それでも俺はやってないよッ!」
「ふぇぇええんっ! はやくっ、いますぐっ、おろしてくださぁいっ! ……あ、いやっ、やっぱり、おろしちゃダメです~っ!」
捕らえられたイオが泣き叫ぶ。
怪物はそのまま何処かに飛び去ろうとしているようだが、手負いの様子ではやはり上手くいかず、さらにイオがじたばたと暴れているので、その高度はわずか数メートルほどしか上がらない。
だがしかし、
「たかいですっ、まぢヤバいですっ、こわいですぅぅぅ~~~っ!」
やった!
ようじょに こうかはてきめんだ!
と、
「しょーがねぇなぁ」
「ふぇぇ……っ?」
跳躍。
鳥獣よりも高く、舞い上がっていたのは、詩人だ。
「危ないから、ちょっとジッとしてろな?」
振り下ろされた剣が怪物の顔面だけを切り裂き、それは不快な断末魔とともに散りと化す。落下するはずのイオの身体は、すでに詩人の腕の中だった。
「ふぃー……。ったく、無茶するんじゃねぇよ。」
イオを片腕で抱きかかえたまま、無事着地した詩人。
「…………」
「お、どぉした? もう怖くねぇからよ、安心しろな?」
片腕に抱かれ身震いするイオ。その頭を、詩人はもう片方の手で、獣耳フードの上からぽんぽんっと撫でてやった。
が、
「んぎゃああああっ! はなしてっ、はなしてくださぁいっ!」
イオは とつぜん なきさけんだ!
「えええええーッ?」
驚愕する、詩人さん。
「これはもう、ゆうかい、ですっ! このままイオは、ゆうかいされてしまう、ですかっ?」
「ちょっと待ってぃッ、落ち着けっての。ていうか、俺が助けてやったのにーぃッ?」
今度は詩人の両腕の中で暴れ出し、逃れようと必死のイオだ。
「これはもはや、ふじょぼーこー、ですっ! じゅうざいです! じゅうざいにんは、うちくびごくもん、おやきょうだいそのほか、いちぞくぜんいんみなごろしのけい、なのですよっ!」
「なにそれ怖ぁあああッ! てゆーか、デジャヴッ?」
ややあって。
どうにかイオはおとなしくなった。またもや金貨数枚と引き換えに、だ。
こいつぁ、いかん。はやく、なんとかしないと……。色んな意味でそう感じた詩人だったが、いや、それよりも。
嗚呼、すっかり夜に支配され、辺りは闇で包まれている。
詩人は、街に戻り宿を探すことにした。何故だかイオもついて来た。色々と疲れていたので追い返す気力もなかった。
やがて二人は、小さな宿屋に着いた。結局、素泊まりで安上がりの旅人御用達の宿だ。
もはや豪華な夕餉など忘却の彼方だ。とにかく早く休んで、肉体的いやむしろ精神的ダメージを回復させなければ。
従業員に案内され、二人は入室した。ベッドがふたつあるだけの簡素な一室だった。
兄妹にでも見えたのだろうか、とくに怪しまれはしなかった。というか、これって立派な誘拐に見えなくもないのでは? ……そういう野暮なツッコミをする思考にさえ今このときは至らなかった。
詩人は寝具に、ごろんと転がって、ぼんやりと視線を泳がせた。
屋内でも、ケモノ耳フードを被ったままの少女イオ。床にぺたんと尻餅ついて、こちらもキョロキョロとしている様子。
「ほぇ~~~、みなれぬてんじょう、ですっ。ヒトんちのにおいが、するです~っ」
そりゃそうだろうよ、ここは宿屋なんだから。と、詩人はイオに目をやった。
全身が真っ白なその後ろ姿は、それこそ、なにか小さい獣のようだった。
しじんは おもった!
……一体、こいつぁ何者なんだ?
「なぁイオさんよぉ」
「なんですっ、しじんさん?」
「確か、お前さん使命がどーのとか言ってたよなぁ? 何なんだよ、そりゃぁ?」
「はいですっ!」
と、元気よくお返事のできる子、イオ。
「あるとき、イオのもとに、せいれいさんがあらわれて、おつげがあったのですっ!」
「精霊のお告げ、だと……ぅ?」
「せいれいさんは、おっしゃったのですっ。えー……っと、なんとかに、なれ! と。……それになって、せかいを……、なんていうか、こう……、いいかんじに? しろ? みたいな? ……たぶん、そんなかんじ、だったですっ!」
「え、なにそれ? すっごいあやふや。全然わかんねぇよ」
「ここに、ひかえが、あるですよっ?」
「はぁ? 控えって……、え、なにこの書類……?」
「むふ~ぅ、なにかの、どういを、もとめられました、ですっ」
「同意、とな? ふむ、なになに……、
『 ※中略。――規約に同意して、“魔法勇者”になることを、ここに誓います。 イオン 』
……えッ、なにこれッ?」
「そうですっ! イオは、まほうゆうしゃになったですっ!」
「お前……、これ、同意しちゃったのか……?」
「はいですっ! せいれいさんは、おっしゃったですっ……『このしょるいにサインして、まほうゆうしゃに、なってよ!』 ですっ!」
「それ、たぶん騙されてンぢゃねッ!?」
つづく!