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その19 「武器屋は儲かるンじゃなかったのかよ!」 「甘いわね。世の中、手広くやったもん勝ちなのよ」 「向いの店の商品を倍近い値段で売るというのか?」 「ゆくゆくは預り所と銀行を開くのよ!」

 鋭く重い一撃だった。

 男の蹴りが腹に入ったのだ。詩人は床を転がり呻きを漏らした。拘束されているので芋虫のように身悶えるしかなかった。

「答えろ」

 男の声は無情だった。

「あの小娘をどこへ隠した?」

「…………」

 ――知るかバカ! おぉぅ、痛ぇなチキショウ……!

 しかし、声にはならなかった。鈍い痛みに必死に耐えていた。脂汗が吹き出した。


 あの小娘――それは間違いなく、イオのことだろう。

 魔法勇者のイオン。詩人がこの旅で出会った少女だ。確かに、この街へは一緒にやって来た。だが、到着するなり、詩人はイオとはすぐに別れた。そもそもの目的が違うからだ。イオは重大な使命を背負っている。詩人にはそこまで面倒を見る責任はない。だからイオと別れたのだった。

 詩人は血を吐き捨てて呻いた。

「どこへもなにも、普通に別れただけだぜ……」

「ふん、若造め。とぼけるなと言っただろうが」

 屈強な手が詩人の頭髪を掴んだ。そのまま持ち上げられ、上半身が浮いた。もう一方の手が詩人の横っ面を引っ叩いた。乾いた音が響いた。詩人は再び転がった。

「あれは、お前の手に負える代物ではない」

 詩人は軽い脳震盪を起こしていた。水を掛けられ、どうにか意識は戻った。

「大人しく我々に差し出すのだ。そうすれば、すぐに楽にしてやる」

 男は尋常ではなかった。

 息も絶え絶え、詩人はぽつりと呟いた。

「アンタ、魔王の手先か……?」

 それなら詩人にも納得がいく。(イオの奴は、もういないとか言っていたが)魔王の手下が先回りして勇者を狙っていた、そんな筋書きなら、いくらでも読める。

「ふっ」

 男が鼻で笑った。

「なにが、可笑しい……?」

「面白い発想だと思ってね。あれのほうが、よっぽど魔族に近いというのに」

「まぞく、だと……?」


「あれは、大魔道士の末裔だ」


「なに……ッ?」

「その一族は生まれながらにして絶大な魔力を秘めていた。我が主はそのチカラを求めた。だが、奴らは協力を拒み続けた」

「アンタら、まさか……?」

「そうだ。殲滅したのだよ。手に入らぬのなら根絶やしにせよ、それが我らの使命だった。しかし生き残りがいたとはな。だが幸いなことにまだ子供だ。我が主は是非にもと欲しがっている。今のうちに飼いならせば、相当な兵器になるだろう」

「…………」

 そうか、だから……、だからあの精霊は、イオのことを――。

「あれを子供だと思って甘く見ないほうがいい。お前も目にしたであろう? あの魔法使いのチカラを」

「ふ……、ふふふっ!」

 突然、笑い出す詩人。

「なにが可笑しいのだ?」

 男が怪訝な目を向ける。

「ふっはははッ! てめぇらのほうがよっぽど性質悪ぃぜ!」 

 可笑しくて堪らなかった。やはり、この世界は間違って――いや、狂っている。

「そりゃもう、魔王とかモンスターとか、比べもんにならないくらいにな! 根絶やしだぁ? てめぇら何様だってんだ、バっカじゃねーのっ?」 

 全身の痛みに血と汗と涙が溢れた。それでも詩人は声を張り上げた。

「黙れ!」

 男は一喝するが、

「イヤだね、ばーか」

 今も、部下たちが血眼になって街中を捜し回っているという。たったひとりの少女を、だ。

 これが笑わずにいられようか。

「くっははははッ! てゆっか、ビビってンじゃねぇよッ! ただの女のコ相手だろ? いい歳した大の男がよぉッ! くはははは! この、ヒトの皮を被った悪魔野郎がッ……ぐぉ……ッ!」

 突然、男は馬乗りになって詩人の顔を殴り始めた。後ろ手に縛られているので当然、逃れることは出来ない。詩人は右に左に激しく頭を揺さぶられた。

「お前が何も知らないと言い張るなら、それはそれで良い。お前をエサにして小娘を釣ればいいだけのことだ。それまでは生かしておいてやる。その後で、生きたまま海へ沈めてやろう――」

 薄れゆく意識の中で、詩人は悪魔の声を聴いた。



 どれほど経っただろうか。

 辛うじて詩人は目を覚ました。

 まだ生きている、いや、まだ生かされているという事実。

 身体はぴくりとも動かない。ぼんやりと考えるしかなかった。

 それは。

 意外なところでさらりと明かされたイオの過去。泣き虫のくせにやたらと正義感の強い少女だった。今ならそれにも頷ける。詩人は胸中に呟いた。

 ――ゴメンな、イオ。

 と、

「へんじがない ただのしかばねのようね……」

「いや……、まだ、生・き・て・るっ、ての……!」

「ツッコミに元気がないわよ?」

 声で、武器屋の娘だということが分かった。いつの間にかそばに来ていた。あの男の姿はなかった。

「無様ね……ヒドイ顔」

 うるせーよ、と詩人は言いたかったが、それは声にならなかった。


 つづく!

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