その17 邂逅(かいこう)4
さて。
鬱陶しいのが大人しくなったところで。
「その、騒がしくして、なんていうか、こう……、悪かった」
ぺこり、と銀髪の少年は頭を下げた。
お? なんだ、可愛いトコもあるじゃんか。
詩人から笑みが少しこぼれた。
「気にすンなって。なんか楽しかったしな」
「急に人前に出たせいか、少々気が動転してしまったというか」
「なんか苦労してそうだしなぁ、お前さんも」
少年は三日三晩、平原をさまよっていたらしい。そりゃボロ切れまとう羽目にもなるってなもんか。
この街で別れた少女しかり、昨今は苦労する子供が多いのか。いや、苦労してンのは大人になったって同じだ。詩人はそう思う。すべてはこの時代が悪いのだ、と。
「……そう、間違ってンのは世界のほうだ。俺は何も悪くない……」
詩人はうつむいたまま、わなわなと震え出した。
「え、急にどしたのだ……?」
少年の怪訝な視線を他所に、詩人の独り言はぶつぶつと盛り上がっていく。
「……俺がいつまでも住所不定無職なのも、こんな武器屋でバイトしてるのも、この冒険がいつまで経っても全然進まねぇのも! すべてこの世界が悪いンだ……!」
「おおぅ、大人だからこそ厄介なまでの厨二思考ッ?」
「ならばいっそ! こんな世界、ぶち壊れちゃえばいいんだ……ぜんぶ、ぜーんぶ! ……ふ、ふふふふはははは……ッ!」
しじんさんの からだを
なにか ドスぐろいものが つつみこむ!
「ちょぉーい! その邪悪なオーラを発するのを止めーいッ!」
しょうねんの さけびが こだまする!
*
ややあって。
「いや、悪ぃな。……俺の中のミッシング・ボーイが、いつまでもシャウトするんだ、自由になりたくないか~いッ? ってな」
詩人は何故かドヤ顔を決めている。
「ごめんなさい、ぼくには何のことだか、さっぱり分かりません」
しょうねんは じゃっかん ひいている!
うん、もう十分、自由なのではなかろうか、このヒト。
「……てか、そういうのはむしろ、余の専売特許なのに……」
「え、なんだって?」
「いいえ、なんでもありません」
「あれ? お前さん、なんか雰囲気、変わった?」
「やだなぁ、ぼくはずっとこんな感じですよ、あははは」
「いや、あきらかに無理してないか?」
しかし!
しょうねんの めは わらっていない!
「では、ぼくはこれで」
少年が店を出ようとするが、
「お、もう行くのか? ついでに、なんか、買ってくかい?」
詩人さん。
「いえ、そんなにお金があるわけじゃ……それに必要なものは、もう持ってるし」
少年は細身の剣を背負っていた。
「それ、ちょっとだけ見せてくれないか?」
少年から渡された剣を鞘から抜いて、詩人はしばらく眺めた。刀身は持ち主の髪と同じ銀色だ。
「ただのレイピアでしょ?」
「いや……いい剣だな、コレ……」ふと、詩人は試しに言ってみる。「なぁ、金貨十枚でどうだ? 銅でも銀でもなく金貨だぜ?」
しかし、
「これだけはぜったい売らない」
きっぱり、と少年だ。
「だよな。言ってみただけだ、悪ぃな。とにかく大事にしなよ」
「もちろん。言われなくても」
詩人は剣を少年に返した。
「なぁ、お前さん、そいつを背負って、これからどこへ行くンだい?」
言いつつ、詩人は煙草に火を点けた。
「あの……ぼく、もう行きたいんだけど?」
悪い目つきが、さらにきつくなる少年だった。
「まぁいいじゃねぇか、もうちょっと付き合えよ。尺まだ足らねぇんだわ」
「尺ってなにッ?」
少年は拍子抜けして素直に答える。
「はぁ。まぁいいけど。……海の向こう、世界の果てだよ」
「そこへは、何しに?」
「破壊」
にやり、と笑う。貴様に合わせて答えてやったぞ、とでも言いた気な少年だ。
「ほぉ。そりゃまた物騒な」にやり、と詩人も同じように返し、「……で、何を?」
「今のこの間違った世界を」
少年。
「なるほどね」
ふぃ~っと、詩人の吐き出した煙が厨二……もとい、宙に舞い上がる。
「そしたらさ、お前さんと同じようなヤツが居るンだよ、この街のどこかに。たぶん酒場か、港あたりかな」
「ぼくと……おなじ?」
不思議そうな顔をした少年に、詩人は、
「そいつもさ、目指してンだとよ、世界の最果てを。もしよかったら、そいつも連れてってくんねぇかな。……ああ、お前さんと同い歳くらいで白い恰好した、なんかバカみたいに元気なヤツだから、すぐに分かると思うぜ」
「まぁ……考えとくさ」
「あんまり生き急ぐなよ? まぁ、なんつーの、こう……がんばれよ?」
「ふふっ」
「……なに笑ってンだ?」
「まさか、武器屋のオヤジに応援されるとはねっ……あはははっ!」
「ちょ……! 待てこら! 俺はまだ二十代前半だ、取り消せ! あと、俺はただのバイトだ!」
「就職おめでとーッ!」
「しねぇよッ?」
そりゃぁ、住所不定無職だけども!
そうして銀髪の少年は店から去っていった。
最後に残った笑顔は年相応に屈託のないものだった。
つづく!
……あれ?
なんか、忘れてねッ?