その1 プロローグ。
「このせかいは、へいわだと、おもうですか?」
「はぁ? 魔王がいて、モンスターがうじゃうじゃいるんだぜ? んなもん、どこが平和だって言うんだよ」
「いまの、このせかいは、――まちがっている、ですっ!」
*
「さぁ……て、と。……これから、どぉすっかなぁ……」
街はずれ、男がひとり、途方に暮れていた。
くしゃくしゃになった煙草を取り出し、火を点ける。
「げ……っ」
呻きが漏れた。それが最後の一本だった。
男は街の中に目をやるが、人影は乏しい。時刻はすでに夕暮れだ。どの商人たちも店仕舞いを始めている。
「まいったね、こりゃ」
そう呟いたが、どこか余裕が、今のこの男にはあった。男は仕事をひとつ終えたばかりだった。しかし、それは男の本業ではない。
男はその日暮らしだった。趣味の芸事で小銭を稼ぎ、凌いではいたが、もはや限界だった。今日は日雇い傭兵として、しぶしぶ働いた。
傭兵、と言えば格好は良いが、単に荷運びの護衛であった。それもわずか半日ほどの旅だ。そうやって、この街へとやって来た。
「それにしても……」
と、先刻別れた雇い主のことを思い出す。
他人のことを言える身ではないが、ずいぶん不思議なヤツだったと思う。ずるずると、縦長の木箱を引きずった、見慣れぬ黒服の優男だった。今さら詮索するつもりもないが、何故あんなものを、歩いて運んでいたのだろう? まるで子供ひとりくらいは入りそうな、大きな木箱。そんなもん、馬車で運べばいいだろうに。
「まさか、同業者? んなら、もちっと丁重に扱えよなぁ? 商売道具なら、ね」
もちろん、男は定職には就いていない。なにせその日暮らしの放浪者だ。同業者、というより、同芸者、といった意味合いだろうか。ちなみに、この男、そもそも真面目に働くつもりがないようだ。
くわえ煙草のまま、宙に煙を吐き出せば、何故だか妙に目に染みる。
「まぁ、別に、いいンだけどさ……」
そう、そんなこと今はもうどうでもよい。受け取った報酬のうち、男は数枚を取り出し、手の中で遊ばせた。
「ぬふっ☆」
両手で金貨じゃ~らじゃ~ら~♪ である。
そう、金貨だ。銅でもなければ、銀でもない、金なのだ。一枚いちまいが、ずっしり重い。そりゃ多少、気持ち悪い笑みもこぼれるってなもんだ。
「ぬっふっふっふ……ッ!」
さて、どうしてくれようか?
おとこは おもった!
……いや~ぁ、ついてたよなぁ、ぬふふふっ。たかが半日の散歩程度で、ボロ儲けだぜ。こりゃぁ本気で、傭兵にでも就職したほうがいいのかねぇ。なんたって物騒だしよぉ。もう油断すっと、どっからでもモンスターが襲って来るからな。……って、いやいやいやいや、んなことよりも、まずは、飯だな。晩ご飯。夕食。夕餉。そう、なんつーの、こう……、ゆうはん。に、しないとな~ぁ、うん。今夜の夕飯は、ひさびさのご馳走にありつけそうだしな。よっしゃ、宿探そう! なるべく豪華な宿にすっか。いつもの素泊まり雑魚寝みたいなのじゃなくて。んで、美味い酒、浴びるほど呑もう! いやむしろ、浴びよう、シャワーだ、酒シャワー! 浴・び・る・ぜ~ッ! 止めてみなッ! ぬわーっはっはっはっはッ!
「ははははははー…………って、……んッ?」
我を忘れて間抜けな声を上げていた男だが、背後に、妙な視線を感じた。
振り返ると、何者かが、こちらを、じーーーっと、見つめていた。
と、
「…………………………………………………………………………………………………………うわぁ」
なんとも言えない声が洩れたよッ!
そして、
「へっ、へいたいさんに、れんらく、ですっ!」
「ちょいちょいちょいちょーい!」
男は、(自分にとって都合の悪くなりそうな、という意味で)危険な発言に焦り、逃げ出そうとするそいつの服を掴んで引き止める、が、
「んぎゃああああっ! はなしてっ、はなしてくださぁいっ!」
「ちょっと待って! 落ち着けって。ていうか、俺が何したってのッ?」
「へんなおじさんがっ、おかねいっぱいもって、ぶきみにわらって、いました! これはもう、りっぱなはんざい、ですっ、じけんのにおいが、ぷんぷんする、ですっ!」
「誤解だッ! 話を聞けってのッ、俺はまだ、何もしてないッ!」
「まだ、ということは、いつかするの、ですねっ、へんなおじさんっ?」
「いや、しないからッ! 何もしないってッ、何も恐くないからッ!」
「これはもう、ゆうかい、ですっ! ゆうかいはんの、じょうとうく、ですっ、ゆうかいはんのへんなおじさん!」
「誘拐なんてしねぇよッ! ていうか、おじさんっての、やめてくんないかなぁッ、俺まだ二十代前半だぜッ?」
「ゆうかいは、じゅうざいです! じゅうざいにんは、うちくびごくもん、しちゅうひきまわしのけい、ですよ、へんなおじさんっ!」
「話を聞けっての、ってゆっか、なにそれ怖ぁあああッ!」
つづく!