第1話 起動
初回なので連投してみました。
定期更新(可能なら毎週月曜日)目指して頑張ってみます。
さて思い出してみよう。
一つ、魔法の存在する世界。
一つ、魔法の才能を有する。
一つ、病気知らずの丈夫な体。
一つ、優れた筋力。
一つ、財力。
こんな感じの要望だったと思う。
(あれ?身体が動かない??)
確かに、少女を救うべく車道に飛び出した状況ではない。更には、女神様と対話をしていた真っ白い空間ですらない。ただひたすらに暗いのだ。
転移や転生は疑う余地はなく、暗い部屋に閉じ込められていたようだ。
何かの手違いで、また女神様が手を加えてくれる事に期待した。しかし、そんな事は一切なく、感覚的には10日くらいは思考の海を彷徨っていたのではないだろうか。
ある日、光と共に一人の少女がやって来た。
「おや?先客さんかな。とりあえずお邪魔しますね」
お察しの通り、前の世界で救えなかった少女だった。
状況がよくわからなかったが、周りが騒がしい事からかくれんぼ的な状況で隠れているようだ。暫くして静かになると、少女は去って行ってしまった。
更に10日くらい経っただろうか。再び少女の姿と、その父親であろうか白髪頭に立派なお鬚の男性がやって来た。
「ほら伯父様、ここに凄い精巧な人形があったのよ!」
「ふむ、本当だな。言われてみなければ人形だとは気付かない出来だ」
(人形だと……!?)
会話を聞いて愕然とした。確かに暗闇の中で、全く動けないままに体感20日程度飲まず食わずだった。であるにも関わらず、思考が途切れる事はなかったのだから。
その日遂に、普通に明かりのある一室に移動することとなった。更に、どうやら学者らしい集団に毎日のように全身を調べられた。
大昔に、禁忌の法により作られた人格を持つ魔核が見つかったらしい。この屋敷の先々代の当主が、色々と高級な素材を使い作った人形にその魔核を付けてみたようだ。
結果としては、動かないし話す事も出来ないうえに精巧過ぎて飾る事も出来ず宝物庫の肥やしになっていたとの事だった。先代からは、余りにも人間っぽいので呪われる事を恐れて処分出来なかったらしい。
現当主に至っては、自慢に見せつける為の表の宝物庫の存在しか知らず処分に困る高価なゴミ置き場である裏の宝物庫自体聞いたことも無かったらしい。
さて、状況を整理してみよう。まずはこの見つけてくれた少女、エリス・フォード・アシュレイという名前だが黒髪黒目どう見ても日本人顔である。女神様が上書きをすると言っていたことから、周囲の金髪や赤目や青目の人に混じっていても違和感が無いらしい。
それはさておき、この屋敷では文武両道かつ家事等も全てを叩きこまれる。執事やメイドが居ない訳ではなく、自分も出来て初めて他の人を叱る事が出来るのだという方針からだった。
アシュレイ家では、毎週金曜日の夕方から食事前までに宝物庫の掃除というものがある。それを当のエリスは、こっそりと抜け出し裏宝物庫に隠れ作業終了時に何食わぬ顔で合流していたようだ。
騒がしかったのは、エリスを探していた訳ではなく掃除をしていたのである。エリスの父である現当主、バッツ・フォード・アシュレイはエリスを叱ろうとした。しかし、既に当主の兄であるルクス・フォード・アスラを味方にし次回の宝物庫清掃の時に人形を見に行こうという流れになっていた。
そこで現在の健診もとい、調査ラッシュに至るのだが未だに喋れないし動けない。普通の生活が可能になるまで、気長に待つ事にするのであった。
ある日エリスは自分の部屋に、というか俺の元に顔を赤くしながら迫って来た。研究員の報告により、知能を持つ魔核が視覚情報を得ている可能性があるというのを見つけたからだ。現時点で俺は、動かぬ人形でありここは彼女の個人部屋となれば当然着替えイベントも発生する。その日以降は、着替えの際に目隠しをされるようになった。
(それにしても、本当に動けるようになるんだろうか……)
この世界にやって来て、約一ヶ月にもなる頃だった。魔核を研究していたという師を持つ、優秀な魔術師であり魔法使いの女性が訪れた。どうやらエリスが、友人から情報を集め直接交渉をし知人として招いてきたらしい。
「これがエリス嬢が言う人形ですか。何やら想像していた物より、更に数段素材の質が上のようですねぇ」
それから数時間、色々と触られたり金属のヘラの様な物で舌を押されたりして調査された。その魔術師である女性から、エリスに一言起動の為のアドバイスが贈られた。
「どうやら身体に破損等は見受けられません。ただの魔力切れの様なものですね」
「魔力切れですか?」
「そうです。ですがただ魔力を流すだけではなく、無属性の魔力を純粋に人間が動く姿を強くイメージしながら魔核がある心臓の位置に流さなくてはなりません」
「純粋に動くイメージ……」
「はい。研究員達は、研究対象として動いてくれとしか考えないので失敗していたのでしょう。私もこの人形を見てからは、そういった感情の方が大きく動かすことは出来ないようです」
「う~ん、何か難しそうですね」
「まぁ焦る事はありませんよ。失敗しても爆発する訳ではありませんし、深く考えず魔力を流す方が成功し易いでしょう」
「ありがとうございます。何度か試してみます」
「では頑張ってくださいね。動いたらまた連絡をお願いします」
そう言って、魔術師は帰って行った。
その日の夜、エリスが就寝前に俺の前に来て俺に抱き着いた。
「動けるようになったら、一緒に遊びに行こうね」
そう言われて、ドキっとしたのだが結局動けないままだった。しかし、その後人形である俺はどこか懐かしい思考停止を体験するのだった。ここ30日間、一度も無かった睡眠である。
翌朝俺は、遂に動けるようになっていた。あの抱擁は、前は身体後ろは手と両サイドから魔力を流す動きだったらしい。そんな事を考えていると、エリスが起き上がり両腕を上に伸ばしていた。
「おはようございますエリス。今日も良い天気ですよ」
「っ!?」
「昨日の魔力のおかげで動けるようになったみたいですね。ありがとうございました」
「どっ、どういたしまして?」
そう言うと彼女は、ダッシュで部屋を飛び出して行ってしまった。
「あの娘、大丈夫かな……」
何やら『動いたぁ~!』と叫びながら走って行ってしまったので、誰か来るまでは部屋の椅子で座って待つ事にするのであった。